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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第一部 第2章 灯の寮
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灯下の地図

 ハクヤ一行は、昼食の片づけを終えると、長テーブルに古い地図がぱたりと広がった。非常灯の白が紙の皺に細い影を落とし、端のマグからはまだ温い湯気が立っている。


「僕たちのいる拠点は……たぶん、このへんだよ。」


アビスが鉛筆の先で小さな丸を描いた。紙の右上――北東寄りだ。丸のすぐ脇に、もうひとつ控えめな点。


「ここが拠点近くの『ユラシノ村』。養蚕が名産の村。……それと、大体の物はここで調達できると思う。糸や布、油や塩、簡単な道具も。人が用心深いぶん、静かに取引できると思うんだ。」


地図の中心には太い黒字で『ゼルガルド』その首都には冥土本部。その北側、岩場の記号のそばに灰獣の里、道が交わるところに交易の中心地『ヴィルダン』。


「ヴィルダンの南端……『フロウエル』。」


とハクヤが指をすべらせて止めた。


「俺の生まれた村だ。」


抑えた声にわずかな震え。エイゼは短く頷く。


東の余白には東の国『ヒナモト』。西側は砂目の模様で砂漠の国『ザハラ』、さらに外縁に西の国『オルドナ』。


「国境線が薄いな。」


エイゼが眉間に寄せる。


「巡回ルートを読ませないために、わざと消してあるんだな……。」


南は濃い緑で塗られ、熱帯の国『ミティカ』の文字が浮く。

そして南西の角。色が擦れた紙の地肌に、かろうじて残る細い文字――『セファレル』。


レイラが身を乗り出す。


「この、セファレルって……?」


アビスは一拍置いてから、言葉を選ぶように答えた。


「たしか、希少な部族の地名だね。冥土とはほとんど関わりがないはずだよ。それに、滅多に人前に出ないし、出るときも顔や肌を布で隠す。……だから、情報はほとんど残ってない。」


「なるべく、情報量の少ない部族などに接触は組まない。そして、境界は越えない。」


エイゼが確認する。


「うん、必要になればユラシノみたいな村を仲介にするよ。」


アビスは『セファレル』の上を点線で囲み、端に情報極少、要敬意と小さく書き添えた。


ガルツが地図の中央を指でとんとん叩く。


「現実路線なら、補給はユラシノだな。足を伸ばすにしてもフロウエル経由が目立たねぇはずだ。」


「……前に立ち寄った、灰獣の里は気配が荒い。近づくなら風下から、だろうな。」


とザハーク。


「目的は交易路の把握。まずは観察からだ。」


エイゼの判断は早い。


「そして、動線はこうだ。」


エイゼが白板のメモをはがし、地図の端に貼る。

『一日目、拠点からユラシノ村。第一補給、静かな取引。午後にフロウエル偵察、夕方ヴィルダン外壁の取引路観察。

二日目、追加の物資調達。布・塩・油・乾燥食・針金。医薬品情報収集。ユラシノで絹糸・布の確保。

三日目、帰路で見張り塔のパターン採取、外周に隠し貯蔵の設置を考案。』


「行くのは三人。ハクヤ、ザハーク、レイラ。

アビスと私は拠点で電力の維持と見張りを続ける。」


「俺は機械室の冷却をいじっとくぞ。過負荷で飛ぶと面倒だからなぁ。」


ガルツが肩をすくめる。


「特にボウズ二人、無茶すんなよ。」


ハクヤは『フロウエル』の文字をそっと親指で撫でた。


「……エイゼ。」


「わかってる。」


エイゼが穏やかに返す。


「滞在は短く、人目を避け、なるべく名前じゃなく合図でやりとりをしろ。そして、戻る場所はこの拠点だ。」


「ああ、わかってる。」


ハクヤは出発点の丸を二重にした。アビスはユラシノから拠点へ戻る裏道に細い点線を足す。


「……アビスくん、材料、見かけたら拾ってくるね。」


レイラが手帳に書き足す。


「白い布、細い針金、透明のビーズ――スズランの髪飾り用。ユラシノで絹糸が手に入れば最高かも。」


地図をたたむと、廊下に夜の風が入ってくる。人工芝を撫で、手押しポンプの金具が遠くでかすかに鳴った。


「……よし、出るか!」


張り切って立ち上がったハクヤが、剣帯を確かめながら戸口へ向かう。


「待て、ハクヤ。」


エイゼが呼び止めた。倉庫のカゴから古布を一枚取り出す。


「これを目深に被れ。絶対に顔を見せるな。北の街は信者が多い。」


「……了解。」


ハクヤは布端をつまみ、頭からすっぽり被る。額から鼻筋にかかるように落ちた布が視界を狭める。


エイゼは近づき、うなじに二回ノックしてから布に触れた。


「前を少し上げる。……視界を確保。頬は影に入れろ。ここは折り返して、風で捲れないように。」


指先が器用に布の端を織り込み、頬骨のラインに沿って留め結びをつくる。喉元の余りは胸の革紐に軽く通し、走っても外れないようにした。


「どうだ?」


「……まあ、息はしやすい。見た目は?」


「どこから見ても旅の影だ。――さぁ、行ってこい。」


エイゼが布の端を軽く整える。ハクヤは小さく頷き、布の内側で口元だけ笑った。

出発の気配が、静かに寮の空気を引き締める。


戻る灯りはここにある。だから、一歩は遠くへ。

出発は、いつも静かに始まる。

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