壊された鎖
瓦礫と硝煙の残る廃墟の中、闇を裂くように一人の男が現れた。
白衣を纏い、目元に刻まれた深い皺。その瞳は人間ではない何かを見ているようだった。
彼の名は――リンドウ。
冥土の創成期からすべてを見届けてきた科学者であり、アビス、エイゼ、そしてハクヤまでも数々の生体兵器の“製作者”である。
「……ようやく、ここまで辿り着いたか。検体ナンバー003、そして……006。」
静かに告げられたその声に、アビスとエイゼの体がこわばった。
「……リンドウ……! なぜ、お前が……!」
アビスが叫ぶ。しかし彼の身体は、限界を超えていた。
喉元に拘束具――“検体ナンバー003”の刻印が刻まれた首輪が、神経と筋肉を束縛し続けていた。
「懐かしいな、アビス。いや……今はその名も不要か。キマイラ計画の最高成功体、003。まさか自我を保って反逆するとは。」
リンドウは薄笑いを浮かべ、掌に握っていた遠隔制御装置を軽く掲げる。
「やめろ!!」
ハクヤが剣を構えたが、数体の無人兵装と生体兵器が彼の前に立ちはだかる。
「……見せてやるよ。“躾”とは何かをな。」
リンドウがスイッチを押す。
アビスの体が激しく痙攣する。
「ぐっ……ああああッ!!」
神経へ直接送り込まれる電気信号。脳が悲鳴を上げ、全身の自由が奪われていく。
地面に膝をついたアビスは、顔を歪め、血の涙を流すような苦悶の表情を浮かべていた。
「やめろ!!」
エイゼが走り出した。彼女の瞳に宿る怒りと悲しみが、冷たい鎧を引き裂く。
彼女はアビスの背後に回り込むと、拘束具に両手をかけた。
「エイゼ……離れて……これは……!」
「放っておけるか!」
彼女は変化させた鉤爪で、怒りのこもった力で、首輪を握りしめる。
「お前が……お前自身として、生きろ!!」
その瞬間、金属が軋む音と共に、拘束具が破断を始めた。
「やめろ!それは強化鋼だ!人体ごと……!」
リンドウが叫ぶが、遅かった。
ガキィン――ッ!!
首輪が、エイゼの力で真っ二つに裂かれた。
破片が宙に散り、アビスの体から力が抜ける。だがそれは、束縛から解き放たれた証でもあった。
「……あ……。」
アビスは震える手で、自分の喉に触れた。
「自由……だ……。」
その呟きに、エイゼは静かに頷いた。
「ようやく……本当の『あなた』に戻れたな。……アビス。」
そこへ、リンドウが再び装置を掲げ――だが、ふと手を止める。
彼はゆっくりと一歩、後退した。
「……面白い。」
「……何が面白いって言うんだ。」
ハクヤが怒気を込めて睨みつけるが、リンドウは苦笑した。
「人間の感情とは、こうも予測不可能なのか。お前たちは本来、全員が廃棄対象だった。“失敗作”のはずだったんだ。003も、006も。」
リンドウは遠くの闇を見つめるように、視線を外す。
「だが……その“不完全さ”こそが、美しい。」
リンドウの背後で、遠隔制御の生体兵器が一体、また一体と自壊を始める。まるで命令が途絶えたかのように。
「なんだと……?」
ガルツが驚いた声を上げる。
リンドウは小さく肩をすくめた。
「今回の実験データは十分に得られた。003の独立行動、006の異常進化、そしてグリフォンの継承者……。」
風が吹く。白衣がなびく。
「私はしばらく姿を消す。次に会う時は、神を模す者……いや、観測者として、また別の立場で会おう。」
「……待て、逃げる気か!」
ザハークが身構えるが、リンドウはすでに煙幕弾を投げていた。
次の瞬間――視界が煙に包まれる。
「リンドウ!!」
ハクヤが叫び、煙を裂いて駆けるが、男の姿はどこにもなかった。
残されたのは、アビスの足元に転がった、破壊された首輪の残骸と、焼け落ちた遠隔装置の破片。
エイゼがアビスに手を差し伸べる。
「……立てるか?」
アビスはその手を見つめ、苦笑した。
「キミがいてくれれば、どこへでも。」
ハクヤはそれを見て、小さく頷いた。
「仲間になるってんなら、責任取ってもらうからな。」
「当然だよ、ハクヤくん。」
アビスは微笑みながら静かに立ち上がる。
それは、かつて冥土の狩人だった男が、初めて“人”として歩き出した瞬間だった。




