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焔翼のグリフォン  作者: いねの
第一部 旅立ちと決意 第1章 冥土を背に
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語られる過去

 夜の闇が静かに広がり、焚き火の炎がゆらめく。森の奥深く、敵の追跡を逃れるための隠れ家として選んだ廃屋。

戦いの疲れを癒すように、ハクヤたちは焚き火を囲んでいた。


「……静かだなぁ。」


ガルツがぼそりと呟く。


レイラが火を見つめながら微笑む。


「今はね。でも、ボクたちの戦いはまだ終わっていないよ。」


「その前に、一度ちゃんと話しておくべきことがある。」


ハクヤがゆっくりと口を開く。


「俺たちが、何者で……どうしてここにいるのか。」


焚き火の光が揺れる中、皆の視線が交差する。

それぞれの過去。

それぞれの痛み。

——そして、これから歩む道。


ガルツの過去


「……俺は元一般兵だった。」


静かに、ガルツが語り始めた。


「冥土の戦争に加担し、数え切れねぇほどの戦場を渡り歩いた。与えられた命令に従い、ただ敵を撃つ。それが俺の全てだった。」


彼はポケットから一発の弾丸を取り出し、じっと見つめる。


「でもある時、気づいたんだ……俺が撃っていたのは、本当に敵だったのか?」


「……。」


「冥土の命令に従うことが正義だと思ってた。けど、俺が殺したのは無実の人間たちだったかもしれない。そう考えたら、もう耐えられなくなった。」


ガルツは静かに弾丸を焚き火に投げ入れた。


「それで、逃げ出した。冥土のやり方に疑問を持った連中と共に。だが、逃げた奴はことごとく粛清されたよ。……俺だけが、生き残った。」


苦々しい笑みを浮かべるガルツ。


「だから、冥土を潰す。俺の生き残った理由は、きっとそれなんだろうよ。」


レイラの過去


「……僕は元医療部隊のヒーラーだった。」


レイラが静かに口を開く。


「冥土の医療部隊に所属していてら負傷した兵士を癒し、戦場へ送り出すのがボクの役目だった。でも、ある日気づいたんだ。」


彼女……いや、彼は胸に手を当てる。


「ボクが救った兵士は、また戦場へ戻る。そして……次に帰ってくるときは、もう手遅れになっていることが多かった。」


「……。」


「ボクは……何も救えていなかった。ただ、“使い捨て”の時間を延ばしていただけだった。」


レイラの青い瞳が揺れる。


「それに気づいたとき……ボクは、冥土を捨てることを決めた。あとそれに、ボクはちゃんとした男だからね?」


「……え?」


思わずハクヤは声が出てしまった。

仲間たちも目を見開いて彼を見つめていた。


「もう!失礼だなぁ…ボクの性別はちゃんとした男!冥土の『身体強化実験』のせいでこんな見た目になっちゃったの!」


レイラはうるうるとした涙目で頬を膨らませながら仲間たちに説明していた。


「はあああああぁ!?」


ハクヤの叫びが夜の森に響いた。


ザハークの過去


「……俺は、元兵士の人狼だ。」


ザハークがゆっくりと語る。


「……もともとは冥土の上級兵士、階級はAランクだった。だが、冥土の実験により、普通の人間ではなくなった。」


彼の指が焚き火の光に照らされる。獣の爪のように鋭くなった指先が、過去の苦しみを物語っていた。


「……今でも覚えている……『実験成功』と告げられた日、俺はもう二度と、元の姿に戻れないことを知った。」


静かな怒りが、彼の声に滲む。


「……冥土を潰す。俺のこの呪われた体が、その証明だ。」


ハクヤの過去


「俺は……。」


ハクヤが目を伏せる。


「俺は、冥土の信者の家庭で育てられた。俺には『特別な力』があるとか言われて、言われるがままに冥土を信じ、冥土のために尽くしていた。そして、存在理由を知るために冥土に入団した。だが俺はその時まで何も知らなかった。」


拳を握りしめるハクヤ。


「でも、エイゼに出会って……変わったんだ。」


彼は、焚き火の光の向こうにいるエイゼを見つめる。


「俺の中に……何かがある気がした。」


——その時、ふと、映像が脳裏をよぎった。

雪が舞う空。

冷たい風。

巨大な銅色の翼の上で、赤子だった自分が眠っている。


「……?」


「ハクヤ?」


レイラが心配そうに顔を覗き込む。


「……俺は……。」


——あの時、俺は誰に抱かれていた?

記憶の中のその存在は、確かに暖かかった。


「……。」


ハクヤは言葉を飲み込んだ。


エイゼの過去


最後に、エイゼが静かに口を開いた。


「私は……『生物兵器』として育てられた。」


その言葉に、場の空気が張り詰める。


「毎日、独房の中で拘束されていた。そして、感情を殺し、ひたすら戦った。人を殺すのが当たり前で、そうすることでしか、生きられなかった。」


ハクヤたちは、ただ静かに聞いていた。


「……でも、そんな私の中にも、たった一つだけ……失いたくないものがあった。」


エイゼの琥珀色の瞳が、ハクヤを映す。


「……お前だ。」


ハクヤは息を呑む。


「だから、私は逃げた。そして……お前を守るために、何度でも戦う。」


——静寂。


 そして、ガルツが低く笑った。


「……俺たち、全員冥土の被害者ってわけか。」


レイラも微笑む。


「……皮肉だね。でも、こうして出会えた。」


ザハークは静かに頷く。


「……ならば、やるべきことは決まっている。」


「……ああ。」


ハクヤが剣の柄を握る。


「冥土をぶっ潰す。」


焚き火の炎が、闇の中で激しく揺らめいた——。


 夜が更け、焚き火の灯りが小さく揺れていた。仲間たちは順に眠りにつき、森の静寂の中に微かな寝息だけが響いている。


 エイゼは焚き火のそばに座り、じっと炎を見つめていた。戦いと逃亡を繰り返した疲れが体を蝕んでいるはずなのに、彼女の瞳は鋭く冴えていた。


「……なぁエイゼ、眠らないのか?」


不意に声をかけられ、エイゼは顔を上げる。

そこにはハクヤがいた。

彼もまた、寝床には戻らず、静かにこちらを見ていた。


「……眠れない。」


エイゼは短く答える。


「……そうか。」


ハクヤは少し考えた後、焚き火の向かい側に腰を下ろした。

炎を挟んで向かい合う二人。

ハクヤは無造作に薪をくべると、しばらく黙って炎を眺めた。


「……俺も、眠れねぇんだよな。」


エイゼは微かに眉をひそめる。


「何か考え事か?」


ハクヤは炎に照らされた琥珀色の瞳を細めた。


「お前の話を聞いたせいかもしれない。」


「……?」


「お前が俺を守ろうとしたって話……正直、まだ実感が湧かないんだ。」


ハクヤは拳を握る。


「俺の中には、確かにお前の姿はない。でも……時々、わけのわからねぇ記憶がよぎる。」


「……どんな記憶だ?」


ハクヤは目を伏せ、静かに答えた。


「雪が降っていた。俺は……グリフォンの背に乗せられていた。」


エイゼの表情がかすかに揺れる。


「あれは、お前なのか……?」


エイゼは答えない。ただ、ゆっくりと立ち上がり、焚き火を迂回してハクヤの側に歩み寄った。

そして、そっと彼の隣に座る。


「……私は、お前を抱いていた。確かに。」


「……。」


「寒かったか?」


ハクヤは少し目を見開いた。


「……いや、あったかかった。」


エイゼは静かに目を閉じる。


「それなら、よかった。」


夜風がそっと二人の間を吹き抜ける。

ハクヤはエイゼの横顔を見つめる。

強く、冷徹で、戦闘的な存在。

だが今、彼の隣にいるのは、疲れ果てた一人の女性だった。


「……俺にはまだ、お前が母親だなんて思えない。」


たしかに、エイゼの見た目は20代のように若い。

そんな彼女が母親なんて——。


エイゼは微かに笑う。


「私も、そんな風に振る舞えない。」


ハクヤは唇を引き結び、視線を前に戻した。

夜風が吹き抜け、遠くで獣の鳴き声が響く。


「お前が俺を産んだのは、本当なんだよな?」


「産んだというより、生み落とされたに近い。」


彼女の琥珀色の瞳が、淡々と夜闇を映している。


「冥土の実験で、私は無理やり『母』にさせられた。意思なんて、何もなかった。ただ、兵器としての命令に従わされただけ。」


静かな声だった。だが、その奥に沈む感情は、深く暗い。


「だから、私には母親としてのお前に対する感情が、わからない。でも……。」


エイゼは言葉を詰まらせた。

ハクヤは、彼女の横顔を見つめた。


「お前が、俺のことを守ろうとしてくれたのは……もう、わかる気がする。」


エイゼはふと、ハクヤの手をそっと握った。

ハクヤは驚いたようにエイゼを見つめるが、彼女は目を閉じたままだった。


「お前が生きていてよかった。」

「ああ……。」


 二人の手が、ゆっくりと絡まる。

その夜、二人の距離はまた少しだけ縮まった——。


 翌朝、森の中に柔らかな陽光が差し込んでいた。小鳥のさえずりが静寂を破り、焚き火の名残がほのかに燻る。


 ハクヤは目を覚まし、隣にいたはずのエイゼを探す。しかし、彼女の姿はすでになかった。


「……もう起きてやがるのか。」


そう呟きながら立ち上がると、近くの川のほとりに白い支給服の背中を見つけた。

エイゼは膝をつき、冷たい水で顔を洗っていた。その表情は、まだ疲れを引きずっているようにも見える。


「おい、あんま無理すんなよ。」


ハクヤが歩み寄ると、エイゼは振り返り、静かに眉を寄せた。


「……寝坊か?」


「うるせぇ、少しは休めって話だ。」


ハクヤは川辺の岩に腰を下ろし、エイゼを見た。


「エイゼ。」


「……なんだ?」


「お前は……俺のこと、どう思ってる?」


その問いに、エイゼは少しだけ目を見開いた。

長い沈黙の後、彼女はぽつりと呟く。


「……守るべき存在。」


「……。」


「私が……あの時、選んだ命だ。」


ハクヤは少し目を伏せる。


「それだけか?」


「……今は、それしか言えない。」


エイゼは立ち上がり、白いフードを深く被った。


「行くぞ。仲間が待っている。」


ハクヤは小さく息をつき、彼女の後を追った。

まだ、わからないことばかりだ。


 だが——この絆は、少しずつ確かになっていく。

旅を続けるうちに、ハクヤはエイゼとの距離が少しずつ変わっていることを感じていた。


最初は剣を交え、敵対していたはずの関係。

だが今は、彼女と肩を並べて歩き、時折言葉を交わすようになった。


 そして、ハクヤ自身の中にも変化があった。


「エイゼ。」


夜の野営地で、焚き火を囲んでいるときだった。


「……なんだ?」


エイゼは静かに顔を上げる。


「ちょっと、いいか?」


「勝手にしろ。」


ハクヤは言葉を探すように少しだけ視線を逸らし、躊躇いながらエイゼの隣に座った。


 しばらく無言が続く。焚き火のはぜる音だけが響いていた。


やがて、ハクヤはぽつりと呟く。


「……昔のこと、あんまり覚えてねぇんだ。でも、最近、妙に思い出す。」


「何を。」


「雪が降る中……あったかい背中に乗ってた記憶。心地よくて、安心できた。」


エイゼは目を細めた。


「私の背中、か。」


「……ああ。」


ハクヤは僅かに眉を寄せ、拳を握る。


「俺は……ずっと一人で生きてきたつもりだった。でも、違ったんだな。」


「……。」


「お前が、俺を守ってくれたんだろ?」


エイゼは焚き火の炎を見つめながら、静かに答える。


「ああ。」


その一言が、ハクヤの心に深く響いた。

気づけば、彼はそっとエイゼの肩に頭を預けていた。


「……なにをしている。」


「別に。」


エイゼは一瞬戸惑ったように肩をこわばらせたが、すぐに力を抜いた。


「もう……好きにしろ。」


ハクヤは目を閉じる。

言葉にするのは照れくさい。だが、確かにエイゼは自分の母親だった。

その温もりは、どこか懐かしく、安らげるものだった。

 エイゼもまた、ふと自分の手をハクヤの頭に乗せた。

ぎこちなく、しかし確かに母親としての仕草だった。


 夜の闇に包まれながら、二人の距離は確かに縮まっていた。

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