白雪の夜
暗闇の中、一対の琥珀色の瞳が鋭く光る。
研究施設の冷たい鉄扉が軋みを上げ、警報がけたたましく鳴り響いた。
「実験体エイゼ、収容区画から逸脱!至急、捕獲せよ!」
白衣の研究者たちが慌ただしく走り回り、武装した兵士たちが配置につく。しかし、その騒ぎを嘲笑うかのように、突風が廊下を駆け抜けた。
それは、巨大な影。
グリフォン——。
夜の闇に紛れ、研ぎ澄まされた爪と猛禽の翼を持つ獣が空を切り裂いた。
「化け物め……っ!」
兵士たちが銃を構え、次々と引き金を引く。銃声が響くたびに火花が散るが、エイゼはその全てを回避し、あるいは無視して前へ進む。
手には、小さな赤子が包まれていた。
——罪のない命。
エイゼの腕の中で静かに眠るその子は、彼女が背負わされた過去の象徴であり、それでも唯一、彼女が守らねばならない存在だった。
(私はもう命令には従わない。)
拘束された運命を断ち切るため、エイゼは大きく翼を広げ、夜空へと舞い上がった。
目的地は、遠く離れた村。
この子だけでも、自由に——。
だが、追手は執拗だった。幾度もの戦闘の果て、彼女の身体は限界を迎え、ついに地へと落ちる。
赤子を庇うように倒れたエイゼは、最後の力を振り絞り、近くの村人のもとへ赤子を託した。
「……この子を、生かして……。」
遠くで角灯の列が近づく。
女は村から目を逸らすように翼をひらき、雪原へ歩み出た。やがて膝が折れ、剣が落ち、光に囲まれる。抵抗する力は、もうない。
彼女は無言のまま連れ去られ、戸口の内側には白い包みだけが残った。――冬の果てから始まる命として。
そして——
18年の時が流れた。