7
「ティアロット、星屑の嘆き、君にその名前をあげよう」
世界は鳴動していた。
まもなくこの『世界』は終わる。
そして生まれる『世界』は果てしなく空虚であろう。
それでいい。
ファルスアレンが数百年もの長き歳月をかけて研鑚を続けてきた技術、その果ては幻想でなくてはならない。
この舞台はこの終幕こそ相応しい。
そして終わる事が目的なのだから、その先に何が必要だというのか。
「今更名前などに意味はないわ。
全ては終わる。
あなたも私も、このファルスアレンという幻想も、全て終わりよ」
「君は僕を封じられると思うのかい?」
「思わないわ」
少女は年にそぐわぬ笑みを浮かべた。
それは大人びた、というよりも、長い時を過ごし、死を間際にした笑み。
「私はあなたがどうなろうと知らない。
この舞台を終わらせるだけ」
「僕の事を理解してくれて嬉しいよティアロット」
青年は優しく微笑み、そして鳴動する『世界』を見上げる。
『世界』の果ては長き年隔てた城壁。その先はもはや見通すことはできない。
「でも、ティアロット。
まだ僕を君は理解していない。
そして僕も君を理解していない。
どうして君がこの答えを選んだのか、僕にはわからない」
大地の激震は中空に舞う二人に意味はない。
しかし終わり行く『世界』の悲鳴は二人を打ち震えさせるに十分な咆哮を挙げつづけている。
「……私は『世界』が気に入らなかった。
それだけよ」
「だから君のために『世界』を用意した。
楽しかったじゃないか。
思いのままの『世界』は」
「けれども私の『世界』じゃないわ。
それはあなたの『世界』よ。
ここはファルスアレン。
あなたの長い夢の世界。
たまたま私が夢を終わらせるきっかけになったに過ぎない。
これはあなたへの反逆ではない。
夢は終わるもの。
摂理であり、そう……『原理』よ」
青年の笑みは続き、少女は崩れ行く王城を見た。
「ならば、よりよい世界を、終わらない世界を作ればよかった。
そのための『原理魔法』じゃないか」
「けれども私はそれを望まない。
私は私の力で立つ道を目指しただけ。
シナリオのままに踊るなら、何も変わらないの。
そしてそれは全て私の願望。
そして私はあなたに望まない。
……そうね、これが私の初めての『自由』だったのかもしれないわ」
「ティアロット、僕の愛しい恋人。
君の自由は君という存在をあらゆる世界から消し去る行為なのかい?」
青年の問い。
思いは消えず、そして今更打ち払うことなどしない。
「例えそうだとしても、私は後悔していない。
その一歩のために、私は数多の過ちを繰り返してきたとしても」
「過ちとはなんだい?」
「あなたに頼った事よ」
「それは僕が望んだことだとしたら?」
「わからない。
でも、私があなたを愛したことは確かよ」
そうして、初めて少女は青年を見る。
「僕はさまざまな愛の形を見てきた。
そうするうちに僕は愛とは何かに興味を持った。
しかし僕が求めれば反発することはできない。
だからずっと、僕は愛の形が分からなかった」
青年は歌うように語る。
「けれども、ティアロット。
美しき小鳥。
君は僕が見つけた宝石。
君だけが僕の予想を裏切った。
……違うね。
君は僕のルールに気付いた。
だから僕は君に恋した。
初めて」
「偶然よ」
「それでもだ」
大地がひび割れ、『大地』の意味も壊れ始める。
「どんなに好き合う二人としても、その二人が出会うには世界は広すぎる。
そしてそれがこの身ならなおさらだ」
町が崩れ、大地が崩れ、意味が崩れ……
「だから僕は君を知りたいと思った。
そのための永遠。
そう、だから僕は原理魔法というものの完成を急いだ」
空が崩れ、人の意義も壊れるはずの空間で、二人は互いを見る。
「ティアロット、聡明なる子猫。
でも、君は僕のことをまだよく知らない。
そう、例えば僕が出来ることを」
ぱん、と音がはじけた。
無数の光が、闇が、火が、水が……
「魔術……?」
「十三系統魔法の祖は僕だ。その僕が魔術を使えない理由は存在しない」
「……じゃあ!?」
息が詰まる。
けれども青年は穏やかに、微笑む。
「そうだ、無垢なる瞳。
僕は全てを知っていた。
君が何を知り、どうしてここに来たかさえも。
だからティアロット。
僕は君をもっともっと知りたい」
「……け、けれども!貴方にもう────」
声を詰まらせる。
その姿に笑み。
「そうだ。
その言葉は僕のルールに抵触する。
僕へ『可能性』の『挑戦』をすれば、僕は必ず勝利する。
ティアロット、君は最後の最後まで美しく気高くあろうとする」
少女は落ち着きをなくし、そして大きく吐息。
「私は待つわ。この『世界』の終わりを」
「けれども僕は許さない。
ティアロット。
僕は魔法を扱える。つまり考えなかったのかい?」
僕が、君が定義しなかったこの世界の『新しい姿』を決められると言うことを……!
「っ!?」
「ティアロット、愛しているよ。
だから僕は永遠を君に与えよう。
この『世界』を君という殻にしよう。
この『世界』が終わらぬ限り、君は永遠に僕とともにある。
忘れないでティアロット。
最愛の恋人。
君はこの『世界』にひびを入れていたことを。
どんなに堅い宝石も、その硬さ故に傷を致命とすることを」
虚ろな世界、色も形も全て失うはずの世界で、魔王と少女だけが残る。
残るはずのない世界の中でそれでも形を失わずに……!
「君の全てを知るために、僕は君を定義する。
真っ白の君を僕は君と愛せるだろうか?」
少女は見る。
愛した相手の透明な笑みを。
己の全てを越えた、相手を。
「わずかな時間を君に贈ろう。
ティアロット。
僕は君に会いに行く。
決して、離しはしないよ……」
そうして、世界は意味を失った。
「もう、行くのか?」
「目的は果たしたからの」
朝。
支度を済ましたティアロットは頭にグリーンスライムを載せたまま後ろを振り返った。
「これからどうするの?」
「……墓守として生きようかの。
わしの愚行にて散り行く命もあったろう」
「偽善ね」
容赦のない一言にもティアロットは「厳しいのぉ」と苦笑を零すのみ。
「まぁ、気が向いたらいつでもいらっしゃい。優秀な助手は大歓迎よ」
そう言うとさっさと戻っていこうとする女魔術師に、少女は参ったなという笑顔。
「また、遊びにくるわ」
「土産の一つくらいもってきなさいよ」
「考慮しよう」
そうして、少女は空に舞う。
いつの間にか『帰る』という言葉を使えるようになった、その場所へと。
今は、まだ、時ではないのだろうか。
それとも、すでに。
「せんなきことじゃ」
ティアロットはティアロットを抱き舞う。
空は何時になく晴れ渡っている。
数百年の時を経たとしても。
・・・・・・・・・・・・・FIN