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No Title  作者: 神衣舞
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5

「なるほどな」


 吐き出した紫煙に言葉が混じる。


「私の予想は正しかったわけだ。だが、腑に落ちないこともある」


 森の中の小屋。奥の椅子にはギルドからは隠遁した賢者がただ話を聞いている。

 ルフェルナの師であり、ファルスアレン調査の第一人者である。


「神殿がいかなる技術で造られたか。それについては今は推測、捨てておく。

 問題は、莫大な魔力を生み出す神殿に封じられなお力を振るう存在についてだ」


 ちらり視線を師に向けるが、目を閉じ黙して語らぬままだ。


「封じられている存在の力は間違いなくザッガリアと同等、それ以上だぞ」


 この大陸に存在する『神器』と称される武具。

 その全てを以て闇に帰した悪夢の王。


「なのにそれに関する記述はかけらもない、不可解にもほどがあるな」


 魔族に関してはティアもいくばくか調べた。

 何しろ自分の身にかかっている呪いは魔族によるものだと思われているのだから。

 そこで気付いた事実もある。

 力の強い魔族が歴史の表舞台に立つことは少ないのである。


「魔族とはいえ、安寧に暮らすことを選んだものもおる。

 人と同じじゃ。野心があるものがあれば、隠遁するものもおる」

「では、なぜその『穏健派』を封じた?」


 それはティアに対する問い。


「わしにはわからぬわ」


「戦艦を釣り船にしてはならないのかね?」


 老人の言葉に二人は揃ってその姿に視線を合わせる。


「大多数に対しては迷惑でないけど、軍部やそのあたりで漁をする人たちには迷惑だろう。

 つまりそういう人が封じたという可能性がある」


 それと、と継ぎながら視線はティアへ。


「軍船を摂取したいからこそ、その軍船に手を出す輩も考えられる。

 世の中考えも及ばない行為がある以上、どれが正解とはいいにくいけれども」

「まぁ、一番有力視できそうなのは、世間に知れる前に事が終わったということじゃないかな」

「師、それは一番危険な憶測ではないか?今から復活しかねないと警告されたのだぞ?」

「そうだね。

 だが、何をするにせよ君次第だよ、ティアロット君。

 私たちは封じられている場所も、その方法も、そして何が封じられているのかも知らないんだから」


 そんなことは当然わかっていたが、あのメイドはさっさとどこかへ行ってしまったし、あのアーネという人物を謀るのは難しかろう。


「もう一つ知りたいことはある」


 紫煙を吐き、ルフェルナ。


「原理魔法は、完成しているのか、だ」


 その意味を二人はすぐに悟っていた。


「つまり、原理魔法こそが目的というのかい?」

「まさに神に至る力ですから。

 神殿と共に蘇れば準備は万端ということになります」

「すべて推論に過ぎぬ」


 ため息をつくようにティア。


「すまぬ。こうなっても確かなことは思い出せぬ。曖昧なままじゃ」


 腰を上げ、小屋の外に出ながら


「少々散歩してくる。すまぬな」


 その小さな後姿を誰も引き留めはしない。

 そうして見送った後に、ルフェルナは師に問う。


「もし、我々があの子を殺せば、解決するのでしょうか?」

「もしそうだとしたら、やるのかい?」


 柔らかい声が問い返し、沈黙を以て思考時間を要求。


「私は世界平和よりも自分の好きなものが最優先です」

「つまり、かの魔族もそういう考えの持ち主ではないかな?」


 珍しく失笑を見せた女魔術師はこれからの方策を紫煙に見始めた。



 切り株の上にちょこんと腰掛け、少女は吐息を漏らす。

 いまいち実感が持てない『今』への疑念と。

 あまりにも遠すぎる『過去』への渇望。

 自分は偽者、かりそめと定義しているからこその曖昧さ。

 同時に抱く『ティアロット』という自分への冒涜。

 いかに存在を否定しようと、ここにある以上、人の精神は自己の保存を最優先とする。


「理論を重ねれば重ねるほど、人は人にあるまじき……か」


 思い胸中を吐き出そうとしても、出る吐息に熱はない。

 それでももはや戻る道はなく、先に崖があると知っても、目隠しのまま歩は進む。


「誰もわし自身を救えぬ。

 愚かなるこの自殺願望を忘れるは、それもまた自己の自殺と同意。

 なれば進むより他なかろう」


 その言葉こそ誤魔化しだと蔑む言葉は、もはや耳に届く必要は無かった。


「大した教示だねぇ」


 その位置に来て、あえて自分を示すように杖が大地をやんわり叩く。


「老……?」

「今私の知り合いから連絡があってねぇ」


 見るからにそこらの老人にしか見えない彼はアーティファクト課で師と仰がれ、引退してからは長年の研究課題であった魔力装置、つまりスティアロウの故郷の研究を一人行っている。


「君の記憶を呼び起こす方法があるそうだ。試すつもりはあるかね?」


 問われてまず驚きに目を見開き、それから瞳は動揺に揺れる。


「まぁ、こちらに来るまでに1日かかるらしいから、今日一日、のんびり考えなさい」

「老……」

「なんだね?」


 告げることは告げたと立ち去ろうとする老人を思わず呼び止めて、次の言葉に困る。


「残念だけど、私には君の背中を押す言葉を持っていないし、差し伸べる手も無い。

 見ての通りの老体でね、まぁ、単純に考えれば君の方が年上なんだけれど」


 常に表情は笑み。

 細められた目の焦点は何処にあるか定かでなく、しかし突いている杖の必要性を何処と無く感じない。


「ティアロット君。君は最初に見たときより、よっぽど人間らしい顔をしている。私が知らない

 一年半の間によほど良い出会いをしたらしいね」


 声は柔らかく、消して聞き取りづらいことは無い。


「それと同時に君は頑としてその賢者の眼差しを失ってはいない。

 その堅牢なる意志で再びこの地を訪れ、そして今岐路にいる」


 ざわりと風が葉をなでる。陽光が揺れる中、老人の言葉は続く。


「ファルスアレンの最後の王族にして、時を越えた君は、かの超王国が消滅した一因だろうね。

 その真実はあまりにも辛いかもしれない」


 そよぐ風が少女の銀の髪を躍らせる。


「ティアロット君。私には君に何の指針もあげられない。

 そのどちらも正しく、間違いでもある問題だからね。

 完璧な正解は無く、未来の君だけがその答えを述べる権利を持つのだから」


 しわだらけの手は優しくその頭を撫でる。

 他の者がやったであれば顔の一つもしかめるかもしれないが、自然とそれには逆らえない。

 そうして改めて立ち去る背中を見送り、ティアロットは空を見上げる。

 アーネと名乗る者の言葉が脳裏を過ぎり、ミスカという少女の声が決断をはやし立てる。

 そして、今の言葉があった。

 老人の言う賢者の、深い思慮の色が揺れている。



 そうして一夜が明ける。



「では、一応説明させてもらいます」


 30歳半ばの研究員はコホンと咳払い。

 何でもいいが、どうも魔術師という職業は解説が好きだ。


「この装置は本来犯罪捜査のために開発され、頑固な人でも頭の中を直接除けばいいじゃないか。

 というコンセプトで開発されています。

 ですが、人間の頭というものは常に様々なことを考えると同時に五感や、魔術師なら超感覚などを常に働かせています。

 その総てを読み込んではとてもじゃないですが、我々に単純に理解できるように表現するのは困難です」


 偉そうに語る魔術師の言葉を真摯に聞いているものは実にはいない。


「そこで、対象を眠らせ、五感のほとんどをカットすることで……」

「つまりは、眠らせて必要な情報だけ誘導するということじゃな?」


 いい加減長くなりそうなことを悟り、ティアロットが突っ込むと、不機嫌そうに「まぁ、そういうことです」と頷く。


「しかし、わしのこれは呪いらしいぞぃ? なんとなるのかえ?」

「まぁ、やってみないとわかりませんが、有効性はあると考えます。

 夢というものは夢界に蓄積された莫大な記録に魂を接続することで、記憶の整合性を確認するという行為の副産物です。

 予知能力者というのはこの時に多大な情報を仕入れ、効率よく演算し、未来予測が出来る人間のことをさすと考えられます。

 夢界の存在についてはナイトメアなどの研究で明らかになっています。

 彼らは効率よくそのデータにアクセスすることで、リアリティに富む悪夢を生み出せるのです」

「何故直接その夢界とやらに繋がない?」


 ルフェルナの問いに、魔術師は満足げに答えを返す。


「ではあなたは図書館をあてどなく探しますか?」


 最初に回りくどい言い方をするのも魔術師の傾向だろう。


「夢界での最も効率の良い探索手段は『魂』こそが知っています。

 人が知りたいことは魂の欲求です、ならば魂の道しるべに従うのが妥当でしょう。

 無駄に手間隙かける必要はありません」


 自信満々に魔術師は言い放ち、続ける。


「お嬢さんの問いですが、あなたの呪いは記憶への喚起を阻害していると考えられます。

 ですが、夢によるアクセスは全く別経路。

 何しろ参照しようとしている場所が違うのですから、当然ですね。

 そしてそれにより『過去の記憶に触れる』事に成功すれば、あなたのその呪いは壊れる可能性が高い」


 そういいながら、魔術師は突然G-スラことグリーンスライムをむんずと掴む。


「む?」

「これ、借りますね」

「借りる? 何をするつもりじゃ?」


 G-スラもにゅるにゅると体を変化させて逃れようとするが、なかなか巧みに捕まえ続ける。


「呪いという物は根底を崩されるとどんなに強力なものでも払われますからね。

 そのときに今のあなたが消えてしまう可能性があるのです。

 今のあなたは炙り出しの上に書かれた文字のようなもの。

 再び熱を受ければ重なり合った文字は読めなくなることでしょう。

 その場合、より長い記憶、つまりしっかりした記憶のほうが優先され、今の記憶は強制的に排除される可能性が高いのです。

 これは事故による記憶障害者や、解離性同一障害者の記憶の不整合性から見て推測されます」

「それと、その緑饅頭がどう関係がある?」


 魔術師はそのまま用意したと思われるケースにG-スラを詰めてしまうと、しっかり密封。


「記憶を保存するという研究は昔から行われてきました。

 その研究結果として電気を良く流すものに記憶は残りやすいという結果があります。

 そこのゲル状物体は適当なのですよ」

「……つまり、ティアロットとしての記憶をそやつにつめこむということかえ?」

「ええ。あとはファミリアの応用でテレパシー能力能力でも付加すれば記憶を後で参照することが出来るでしょう」


 ケースの中で暴れまわっているG-スラを眺め、少し苦笑。


「さて、説明と準備は整いました。どうしますか?」


 魔術師の問いに迷いはない。

 もう一日も考えたことだ。ティアロットはゆるり一歩前に踏み出した。



 長い夢を見た。それは一瞬の夢。

 怒涛のように目覚めたそれは、当然のようにあるべき場所に収まる。


「姫、いい加減お戻りください」


 懐かしい声がする。


「私は大丈夫だから、ティアはティアのするべきことをするんだよ?」


 そう、とても懐かしくて─────


「───────!」


 胸の中が焼け焦げるような思いが─────!

 そして、同時に何かが消えていく。

 僅かな間でも、自分だった存在。見開けば自分が居る。


『これもまた夢かの?』


『そうであろうか。

 ……私たちは同にして他。二重人格とはまた違う存在だから』


『それが本来のわしの話言葉かえ?』


『ええ。でも、自分を隠すためにその言葉を使った。

 ティアロットも私の名前。

 王城を抜け出した私の名前』


『何のために?』


『自分の為に。

 愚かな自己顕示欲のために』


『後悔しておるのか?』


『ええ。私はあまりにも多くの人を死に追いやった。

 こんなところでのうのうと生きることをみんな許さない』


『されど、わしにはそれを望んでくれた者がおる。

 わしはこれより形骸化した記憶となるじゃろう。

 否、もはやスラめに記憶を移した後じゃ。

 このわしは消え去るのみ。故に今ここにこのわしの最後の願いを言おう』


『なに?』


『わしを受け入れてくれたものを否定するような真似だけはやめてくれぃ。

 ただ、それだけじゃ』


『……わたしは』


『わしじゃよスティアロウ。

 わしの喜び、悲しみ、すべてくれてやるわ。

 その代償はしかと贖うがよい』


『……わかったわ。

 けれども、その前にやらなくてはならないことがある』


『わこうておる。あやつじゃな』


『ええ。

 あれを許すわけにはいかない。

 何の贖いにもならないけれども、私が絶対になすべきこと』


『然り』


『……ねぇ、ティアロット』


『何じゃ?』


『あなたは後悔しない? この消え去るだけの自分を』


『愚問じゃ』


 声が聞こえる。


『わしは目的を果たしたぞ?そしてスティアロウ。

 ぬしはわしであろう?』


『……あなたの思いは決してなくさない。

 ひとかけらたりとも。

 だからティアロット、私にあなたの名前を頂戴』


『ぬしに名はあろう?』


『この時代の私はティアロットだから』


『好きにするがよい』


『ありがとう。さようなら』


『うむ』


 そして邂逅は終わりを告げ、視界が開かれる。



「どう呼ぶべきかね?」


 ぴょこんと頭に飛び乗るG-スラが蓄積した情報から、目の前の女魔術師の情報をよこしてくれる。

 記憶は眠りに入る前で途絶え、今に繋がる。

 けれども、真実か幻想か、ないはずのティアロットは自分の中にある。

 案外最新の研究もあてにならないと苦笑。


「どちらともよい。結局わしはわしじゃ」


 口を突いて出た言葉に満足。

 それから渡される情報を整理しながら、周囲の人間や現状を確認。


「まずは話すべきじゃろうな。

 滅びし王国、ファルスアレンのことを」


 ティアロットは、スティアロウは、ゆっくりと語るべきことに思い馳せる。

 そして為すべきことを心に描きながら。

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