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No Title  作者: 神衣舞
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 はっきり言ってティアにできることはそうない。

 研究と言う部分では明確にルフェルナの方が知識も技術も秀でており、今もティアの話から類推を進めている。

 できることと言えば思い出すことなのだろうが、結局それも問いに反応を示すと言う形でしか成せていない。

 そういうわけで、彼女は図書室にいた。

 ここは一般観覧室。比較的重要性の低い文献や、賢者のレポートなどが治められている。

 場所は教えてもらってはいないが、導師以上でなければ入れない資料室もあると言うし、ギルドマスターと各部門長などで構成される委員会で承認されなければ入れない禁書書庫もあるという。

 まぁ、世間話的に聞いたことなのでどこまで正しいか不明ではあるが。

 ルフェルナ導師の助手と言う形で一般書庫に入ったティアは魔術文献を流し読みしていた。

 もちろん先ほどの話題が気にかかったからだ。

 あの話の通りならば自分の使う魔術は効率が悪いことになる。

 比較的『実践』の多いティアロットにとっては見過ごしがたい事実である。


 コモンマジックとして普及しているものは、多少差異があっても、気にするほどでない。

 もっと高度な魔術でこそ、差が出ることになる。

 幸い魔術師ギルドでは日々新魔術の研究などを行っているため、術式が記されたものには事欠かなかった。

 別に失敗でもいいのだ、やり方やセンスを見たいだけなのだから。

 さすがにいつものセンスの服はシックな魔術師の服の中で悪目立ちするので購入したローブに身を包んでいるものの、近くを通る人々は訝しげに彼女を眺めていく。

 当然だと割り切って無視すること2時間あまり、そろそろ昼食の時間だと言う頃、一人の女性がティアの向かいの席に腰掛ける。

 無駄に広い書庫の中、空いているテーブルは山ほどある。相席をする必要など微塵もないはずだ。

 つと視線をあげ、相手を確認して───絶句。



 周囲のざわめきは無理もない。

 メイド服の女性がどうしてこんなところに居るのか?


「何用じゃ?」


 無視できる状態ではない。

 鋭く警戒は緩めず、問う。


「お昼をお誘いに来ました。いかがですか?」

「わしはぬしと食事なぞする謂れはないわ」

「仕方ありませんね。では、スティアロウ様、いかがですか?」


 警戒は最高レベルまで上がる。いつでもソロモンを仕えるように心構え、睨む。


「では、参りましょう。良い店がありますので」


 淡々と述べるその顔立ちは表情に乏しく、そして凛々しさを思わせる端正なもの。

 物腰はそれでいて丁寧。教科書のような言葉遣い、姿勢。


「申し送れました。私はアーネと申します」

「……」


 それはアロスから伝え聞いた、街で不可思議な事を繰り返すメイド集団のリーダーの名前。

 物音一つなく立ち上がったアーネは、視線でティアロットを促す。

 渋々ながらもそれに従い、席を立ったとき、司書らしき女性が立ちはだかる。


「あなた、許可証はお持ち?」


 言いつつも警戒がにじみ出ていた。

 無理もない、入場者をチェックする彼女がこんな目立つ姿の女性を見逃したのだ。


「はい、ここに」


 すっと差し出すのはカード。魔術師ギルドの会員であることを刻んでいる。


「……失礼しました。できるだけ場に合った服でお越しください」


 最後の抵抗か、司書は言い捨ててカウンターに帰っていく。しかしそれは偽者だ。


(具現魔術? 否、創造魔術かの?)


 それは紛れもなく今作られたものに違いあるまい。だが、詠唱もなしに、どんな御技か。

 内心の動揺をまったく関せぬまま、無言のまま歩き出すメイドに対しティアロットはきわめて冷静に言い放つ。


「本を片付ける間くらい待たぬか」


 と───────



 街を歩くときにも悪目立ちする。

 メイドというだけならまだ都市部と言うこともあり納得できるところもあるだろうが、問答無用、完璧な美人である。

 男は例外なく振り返り、女性ですら呆けたように見送る。正直、ティアロットは居心地が悪い。

 そんな十数分の後、彼女やってきたのは小さな店だった。

 入るとセンスのよいシックな店内が見て取れる。


「いらっしゃいませ」


 渋い声。初老の男がカウンターで二人を迎える。

 まるで店の備品のように風景の中に溶け込み、静かに時を刻むように。


「これはアーネ様。お久しぶりです」

「お邪魔させていただきます」

「ええ、どうぞ。こちらの席へ」


 敵地だと悟り逡巡するがここまで来ては仕方ない。今更食事に毒など入れないだろう。


「好き嫌いはお変わりありませんか?」


 それは明らかに「狙った」発言。


「ぬしのほうが詳しかろう。任せるわい」

「そうですか」


 アーネは振り返り、うなずくと店主も頷きを返して調理に入った。


「では、率直に問いましょう。我が主の下、ファルスアレンを再考するつもりはありますか?」


 聞きなれない言葉。だがそれがかの国の名だと推測をつけるのは容易い。


「今のわしには興味なき話じゃ。

 大体この時勢にルーンとアイリンを隔てる国なぞ誰が認めるか」


 先の戦争にてルーンは独立こそ保ったが、実質アイリンの属国と言える。

 多額の戦費賠償、アリーズを舞台にした謀略の余波、木蘭たちの心なしがなければ、とうにアイリンに組み込まれていたかもしれない。


「あなたが統治するのであれば、かの常勝将軍もお認めになるのでは?」

「領地と国では話が違おう。

 それに、ぬしは言うたな? 主人の下と。まずはそが何者かを語るべきにないかえ?」

「残念ながら、それは私にはできません。禁則事項ギアスですので」


 事も無げに言い放ち、突然胸元のボタンをはずす。

 そうしてはだけた場所、両の鎖骨の延長が交わる場所に紅い宝石が光って見えた。体内に埋め込まれている。


「ぬし、ホムンクルスか?」

「いえ、フレッシュゴーレム、もしくは出来損ないの反魂術の結果と言うべきです」


 あっさり言い放ち、佇まいを直す。


「どちらにせよ、神殿の動かぬ今、こうするしか我々が13系統魔術を行使することはできませんので」


 無駄多き術式、それを補えるのは大量の魔力。

 複雑な式を織り込んだゴーレムの原動力に魔法金属を使う場合がある。

 つまりその宝石が核ということであり、無駄を補うだけの魔力を秘めた石ということになる。


「マナマテリアル。アイリンで大量に作らさせていただきました」

「それが目的かえ?」

「これも目的です」


 沈黙。睨むティアにアーネの表情は動かず。


「もはやその必要もなくなりました」


 手にするはスタッフ。それはティアにも見覚えのあるものだ。


「アロスがドッペルゲンガーについて聞いておったな。そういうことかえ」

「大変便利に使わせていただいています。なにしろ大量の魔力が必要ですので」



 しれっと言ってのけ、視線を横にやれば店主が持ってきたのはクラブサンド。それから…


「わしはコーヒーは苦手なのじゃがな」

「承知しております」


 ティアの前に出されたのは紅茶だった。

 苦笑交じりにメイドを睨み、一口含む。

 香りが一気に広がり、素直においしいと認める。


「では問いを変えよう。スティアロウとやらはぬしらを是というのかの?」


 そうして初めてアーネは笑みを見せる。それからそのままの表情で告げた。


「言いません。なにしろ我が主人を敵と看做しておりました」


 気が付けば、彼女のさらにサンドイッチはなく、代わりにバスケットが一つ。

 察するにそれに詰め替えたらしいが、いつの間にどうやってやったかは皆目見当もつかない。


「ゆえにあなたはこの時代に生きているのです。スティアロウ様。

 そして何度も繰り返すでしょう。

 あなたが是というあなたになるまで」

「気が長いことじゃ」

「純粋なのです」

「言うておれ。其を偏執というのじゃ」

「ご謙遜を。

 主人曰くあなた様の魂はかくも美しく、罪業にまみれている。とのことです」

「罪業のぉ」


 おもむろに立ち上がり、バスケットを手にする。


「では、今日の結果は主人にお伝えいたします。では、のちほど」


 言うなりメイドは数枚のコインを置き、立ち去る。手にはバスケット。

 それを見送って、ため息一つ。クラブサンドにかじりつく。


「美味いのぉ」


 老店主は僅かに笑みを見せた。



 店を出たティアロットは、ゆっくりと今や帰路となった魔術師ギルドへと歩を進める。


「あーーーーーーーーーーっ!」


 すっとんきょうな声。何事かと周囲もざわめき、その方向へと視線が集まる。

 つられるようにして見やれば、またもやメイド服の娘が、こともあろうにティアを指差している。


「見つけましたよっ!」


 とりあえず、疲れた。


「アイリンにおったときなぞ周りにいらぬちょっかいばかりかけて、ここに来て如何な方針変更かえ」

「はっ、はわっ!?そんなこと言われてもそういう約束なんですから、仕方ないじゃないですかっ!」



 仕方なしに事件を起こされた方はたまったものではない。


「それに私はもうアーネ様の下についていません。

 スティアロウ様。

 あなたがこの地に戻られたとき、お伝えするように承ったことがあるんですっ。

 だからここまで来たんですよぉ」

「アロスの元におった娘であろう?ぬしも関係者かえ」

「はいっ。

 フウザー様に体をいただきましたので、契約核も失ってますから。

 アロス様に仕えているつもですけど、その前にかつての主人からの最後の仕事を果たすためにはるばる来たんですよ」


 目立って仕方のない姿、言動。

 それを気にしつつ、視線で続きを促す。


「伝言です。

 スティアロウ様のためにこの口伝を代々伝えます。

 助力が必要なとき、メフィアルの血族は必ずあなたの為に動きましょう」

「メフィアル……」


 ずきりと心臓を貫かれたような痛み。体の中の魔力の流れが力任せに書き混ぜられたような、魂の痛み。


「この身はフウザー様にいただきましたが、魂を呼び出したのは別の方です。

 最優先に仕掛けられた制約は私には破れません。

 ですからその外にある内容だけをお話しいたします」


 覚悟を決めるように、一拍置いて、ミスカは言う。


「最悪はメイア様が神殿に封じました。

 神殿の全ての魔力を逆流させることにより、永遠に封じられることでしょう。

 けれども、かの存在は決して滅びません」


 そしてまた一拍。


「スティアロウ様。

 あなたの目覚めにかの者は目覚め始め、私やアーネさまを呼び覚ましました。

 アーネ様は莫大な魔力を以て神殿の機能の復活、しいてはかの者の復活を命ぜられております。

 そしてそれはもはや時間の問題でしょう。

 効率的に魔力を採取する手段を得てしまったのだから」


 神殿。莫大な魔力を秘めていると推測される魔力炉。

 そしてその中に封じられながら、死人を呼び起こす存在。


「もはやメイア様も、その力もありません。

 神殿が機能を取り戻せば世界に大きな影響が出ることも予想されます」


 少女は目を閉じ、そして見開き言う。


「メフィアルの血族も、私の口伝も失われてしまったようですけれども、子供達に協力を仰ぎます。

 ご自身の過ちをその手で断ち切ってください」


 それは純粋な思い。それは遠く、もはや欠片も存在しないはずだった言葉。

 今と言う時間に放り出された少女へ送られた言葉。


「……わこうたわ」


 吐息と共に湧き出る思いをまとめ、問う。


「わしはどうすればよい?」

「アーネ様を倒すほかないと思います。

 例えガーディアンスタッフがなくなっても前の方法で魔力を集めるだけですし」

「…… 難儀じゃの」


 一部の隙もない美女は先ほどの会談にて僅かたりとも攻め込む隙を作らせてはもらえなかった。

 歩くときも、座っているときも、全ては一撃にてティアをどうにでも出来る距離にいるのだから。


「神殿におるのかえ?」

「はい。場所はスティアロウ様が一番良くご存知かと」


 苦笑。あいにく思い出せていない。しかし、なんとなく想像はついていた。


「では、私は救援をお願いしてきますから」

「うむ……ぬし、名は?」


 問われてやや悲しそうな笑み。それでも少女はしっかりと言う。


「ミスカ・ローレル……」


 やや言いよどみ、そして言う。


「ミスカ・ローレル・ミルヴィアネスと申します」


 それではと立ち去る背を見送り、しばし立ち尽くしたティアは当初の目的どおりその足を魔術師ギルドへ向けた。



 それから3時間後。

 ミルヴィアネスの姓を名乗った少女は自分の子孫に当たるその家を目指し道を急いでいた。

 不穏な気配に、馬がいななき、大きく前足を振り上げ暴れる。

 それが却って幸運だった。

 途端にメイド服が赤に染まる。

 何とか受身を取り体勢を立て直したミスカが見たのは、胴体を焼ききられた馬の死体。

 そしてその先に新たな光の刃を生み出した処刑鎌を構えたメイド。

 ミスカは操魔魔法の使い手であるが、核を失ったその体で13系統魔法を体現することはできない。

 それに対して、魔道具を手にした少女は付与魔術師であり、戦闘のエキスパート。


「通してくれませんか?」


 かつての同僚に語りかけてもその表情に動きはない。

 完全なる殺人機械。

 魔術を扱うゴーレム。

 死神の鎌は抱く主人と共に颶風と化した。

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