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「お前は異世界と言うものを知っているか?」
とある午後。
ルーン王国の首都に聳そびえ立つ学問の砦、魔術師ギルドの一室。
その部屋の主は不意に問う。
「……異世界人は数人見たことあるからの」
それに応える声は若く幼い。
「なるほど。話が早い」
カタリと耳につく音。
パペットゴーレムが二人の前に茶を差し出す。
「この世界の文化は局所的に異常進歩が見られる。
農村では水車で麦を潰しているというのに、海には竜すら一撃で屠る砲を抱いた鉄の船が魚以上の速度で海を走っている。
見渡せば土壁やレンガの家が立ち並ぶのに、かつての統一王国には空に届かんとする建物があったという」
人の事は言えないが、彼女の話は回りくどい。
「君の言う13系統魔術。その最後の原理魔術の概念についても同じだと推測する。
宗教家が聞けば一大事だな」
ティアロットが扱う魔術は現在提唱されている一般的な魔術である《コモンマジック》とは魔術式が多少異なる。
彼女の魔術基礎理論は魔術は12の系統に分類され、その上に天地絶対の理を刻む原理魔術が存在すると言うものだ。
例えばコモンマジックで言う《マジックミサイル》はティアロットにとっては『具現魔術《魔弾》』ということになる。
効果は似通っているが、その過程は2+4と2×3であり、どちらも解は6。
その計算労力は大差ない。
これは小規模魔術ならではであるが、6は6なのだ。
だが、その発展系に当たる物理魔法に対してはティアロットは術式を推測するしか出来ない。
逆に、ティアロットが唐突に思いつく魔術式がどうして効力を発揮しないかを解明できる魔術師は皆無であろう。
「神聖術、精霊術のように全く違う分類の魔術と捉えることも出来るかもしれないが、私としては異を唱えたい。
統一帝国による支配はもっとも多岐にわたる言語すらも統一したのだ。
魔術のような難解な技術を別々に研究する意味がないからな」
それに、とカップを持ち上げ。
「そっちは専門でないが、お前の魔術は無駄が多い気がする」
それはティアロット自身感じていること。
今のコモンマジックは実用的なものを最も適した術式でくみ上げている。
「ティアロット。《神殿》という言葉で何を類推する?」
「神を祭る場所。祭儀の場。神聖なる場所というところかの」
ふむと頷いてカップを置く。
「かの国の中央には神殿があったと記された手記がある。
城や『賢者の塔』をさしおき、神殿が中心にあったという。
魔術の国と言われているにも関わらずだ」
基本的に『魔』術と言う通り、魔術は神の奇跡と対極に見られている。
信仰心にあふれた魔術師もいないわけではないが、そういう者はたいてい奇跡を導く司祭の道を志すだろう。
「……力の場。ありえぬゆえ神として祀られた場所?」
ぽそり、呟く言葉に魔術師は笑み。
「そう、お前の魔術は有り余る力がある故に効率などを全く無視し、結果だけを導こうとする。
そんな魔術に見える」
言われてしっくり来る。
確かに一般に広く知られたコモンマジックと同程度の魔術行使であるならば、13系統魔術の術式でも消費はそう変わらない。
けれども、これが物理魔法で言う『神滅ぼし』レベルになると、1024という結果に対してひたすら2を乗算し続ける行為がティアのそれである。
「全てを加味して類推するに、13系統魔法の最終目標はやはり原理魔術の完成ではないのかと思う。
確かに積算のほうが計算は早い。オリフィック・フウザーのように乗算できれば威力はさらに跳ね上がる。
しかし至る解がわからないならば1ずつ加算するしかないだろう」
「じゃが、原理魔法は無意味な魔法じゃぞ」
原理魔法。世界のあらゆる理──物は下に落ちる。空は上方にあり、地は下方にある。など、物理法則そのものを操る魔術。
一見とんでもなく聞こえるが、もし『物は上へ落ちる』と書きかえた場合、それは過去に遡り、全ての『ものは下に落ちる」という事象を上書きする。
つまりこの大地に人は立たず、全ての地にあるものは天空へと消えていくだろう。
それは新たな世界を始めるのとなんら変わりなく、行使した意味すら失われる。
世界の根底にあるからこそ原理であり、行使した時点から変化すると言うような都合の良いものではない。
世界をごまかし望む現象を一時的に招く術こそ12系統の魔術の領域である。
「確かに『創世神』となる魔術ではあるが、人としての観点から見れば明らかに無意味な魔術じゃな」
「だが、新しく世界を創ることはできるな」
「観賞用の、じゃがの」
世界には原理が存在する。
そして原理の元で発生した存在は別の原理で構成された世界へ親和できない。
精霊界が一番わかりやすい例かもしれないが、火の精霊が水の精霊界へと浸入すれば自信の消滅になるだろう。
「世界を司る12系統。
その全てを解析して生まれる原理魔法は移住可能な異世界を作る魔法でないかと私は推測した」
その親和性を確保する手段は、自分の世界の原理全てを解き明かした上で、自分の存在原理に抵触しない程度の世界を生み出すこと。
異界から訪れる者たちがこの世界でも生きていられるのは、親和の許容範囲内からだからといえる。
もしかすれば数百、数千倍の異界の者がこの世界に流れ着いて消滅しているかもしれない。
「もし世界が作れるならば、魔力にあふれる世界も、不死の妙薬が存在する世界も作りたい放題だからな。
価値がないわけではない」
ティアはふむと唸って考える。
確かに12系統魔術の真の意味がそれならば、原理魔術の追求という不可解な謎も一応の解を得る。
「その研究過程に生まれた魔術をある程度効率化したのがお前の魔術ではないかと推測すらできるわけだが」
口にせず、どうかねと目が問う。
ティアの否定がないのを見て、さて、と前置く。
「君の話から神殿は巨大な魔力回路でなかったかと、私は推測した。
そういう場所を人はまず神聖視するからな。その後魔術師が実用性を見出したとしても不思議ではない」
脳内をちりちりとした何かが走り抜ける感覚に、やや渋面。
「君の言う高位術式が発動しないのは純粋な魔力不足というわけだ。
術式を解読しなおして、再構築すれば儀式魔術として数人掛かり発動させれるかもしれないな」
「逆に言えば、それだけの無駄な魔術を行使できるだけ、力が有り余っていたと言うことかの」
例えば《操魔・付与複合魔術『死界』》ならば基本術式として『付与:死体操作』『操魔:魔術式複写』『付与:魔術式転写』の3つの術式が必要であり、
なおかつ『付与:死人基本動作』の構築に1名。魔術式の安定に10人ほど必要だと計算できるという。
これに伴う結果は、死人兵が攻撃を加えた相手に自分の体内にある死体操作の術式を転写。
これにより、被害者が死んだ場合、死人兵として戦列に加わるという戦術魔術となる。
だが、これだけ人数を用いても、魔力を根こそぎ奪われ術者は死に至るだろう。
「じゃが、そのようなものは何処にも残っておらぬの」
「記述がほとんど残っていない理由がある。
一つは1つの街が国であり、入国に大きな制限があったのではないかということ。
関係者でもよほど高位の者しかその存在を知らなかったのではないかと言うこと。
そしてその存在を故意に隠匿したものが居るのではないかと言うこと」
記憶を封じられた少女は神妙な顔でただ考える。
「お前がスティアロウであるならば、立場は第三王女。筆頭候補だな」
ティアが聞いた限り、第三王女スティアロウは奇人である。
小さな体。老婆のような声。常にフードを目深にかぶり、城の奥に潜む魔女。
第一王女サニアライトと第二王女ルニトニアについては最大の賛美を以ってその容姿を綴っているのに対して大きな隔たりが見て取れる。
「私は最初凄まじい醜女だと推測したんだがな」
とは、かつて資料を見せてもらったときの話。
「魔女スティアロウ。何か思い出したことはあるか?」
挑戦的な言葉に苦笑で応じ、紅茶を飲み干す。
「なれば容易かろうて」
もう一人の魔女は皮肉げに笑いタバコを取り出した。