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前世は井戸の底

前世は井戸の底

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2024/08/10


「ああら、なんてみっともないのかしら?」


「酷い有様ね」


「でも、貴女にはよくお似合いよ」


「本当に」


キャッキャウフフとはしゃぎながら、着飾った少女の一団が去って行く。



残されたのは、大量の水をかけられて、髪もドレスも台無しになったわたし一人。


地面に這いつくばるように呆然としていたわたしは、あることに気付いた。


『あれ? なんか、しっくりくる』


べっとりした泥の感触も、地面を手で這う感じも。

子爵家の令嬢として、淑女教育を受けて来たわたしのどこに、そんな要素が育つ隙があったのだろうか?



わたしはとある子爵家の一人娘。


他に代わってくれる人もいないから、今まで懸命に淑女教育を受けてきた。

だけど、どれだけ真面目にやっても、教師からは叱責しか飛んでこない日々。


頑張っても、誰も褒めてくれない。

結果が出せなくて、怒られるばかり。

お手本を見てもわからなくて困っているのに、教師にはわたしの困惑なんて関係ないみたい。


こう教えたら、こう出来るはず。

それなのに、どうして出来ないのですか?

どうしてそんなに不出来なのですか?


こっちが聞きたいくらい。

どうして、出来るように教えられないの?


『どうして……』と、こちらから訊こうとすれば『口答えをする暇はありません!』ですって。


人と違っていては駄目だと言われたって、人は一人一人違うのに。

そんなことを言っても、また怒られるだけ。



ちっとも及第点をもらえないのに、両親は今日のお茶会デビューを勝手に決めてしまった。


「お前も、デビューの年齢になったのだから、なんとかなる」


って、なんともなってないんですけど?

マナーの教師は、わたしの不出来を報告してないの?



お友達を作る機会に恵まれなかったわたしは、お茶会に出されても浮いてしまう。


家庭教師の連絡網があるのだろうか?

不出来でヘンテコな令嬢がいる事は、他の家にも伝わっているみたい。


会場に着いたなり、初めて会った令嬢たちに笑われた。

そして、ドレスが変だの、歩き方が変だのと難癖をつけられた。

挙句の果てに、物陰に連れ込まれ、どこから持って来たのか、大きな花瓶の水をかけられてしまったのだ。


不出来と言われるわたしでも知っている。

お茶会デビューしたら、もう子供の悪戯では済まないのだ。

貴女たちは大丈夫なのかな?



なんて、他人の心配をしている場合ではない。

自分の、この有様では、お茶会どころではないのだ。

そもそも、どうやって帰ったものかしら?


なんだか考えるのが面倒になって来た。

水が落ちた地面は泥になって、ドレスの裾がそれを吸い上げる。

淡いピンクのドレスが、泥汚れでまだら模様。


……だけど、なんか落ち着く。

べとべとの地面を這うのも気持ち悪くない。

ちょっと転がってみたりして……わあ、楽しい!

ヒールのある靴で気取って歩くより百倍楽しい!




「君、大丈夫かい?」


泥だらけで転がるわたしに声をかける人がいる。

ほつれて乱れてしまった髪の隙間から覗けば、爽やかなイケメンだ。


「この花瓶、君が持って来たの?」


わたしは首を横に振った。

ちょっと泥が跳ねたけど、彼は気にしないみたいだ。


「なるほど。四人、いや六人くらいの女性の靴跡があるね。

横歩きしているのは、二人で花瓶を抱えてきたのかな?

それで、君に水をかけて嫌がらせをした、と」


今日初対面だった彼女たちの思惑はわからないが、事実としては合っているので、わたしは頷いた。


「我が家主催の茶会で、こんな事件が起こるとは。

警備の不行き届きだ。まことに申し訳ない。

まずは、君の姿を元に戻さないとね」


あ、結構です。

もう少し、泥遊びしたいので。

……と言うより早く、担架を持った騎士がやって来て、素早くわたしを毛布に包んで運び出す。


屋敷のずっと奥の方に着くと、ものすごく広いバスルームで温かいお湯をジャバジャバかけられ、泡をアワアワ立てられ、隅々まで綺麗に洗われて、更にはマッサージまでしてもらった。


泥遊びも楽しかったけど、全部他人にやってもらうお風呂は、とても気持ち良かった。



新しいドレスをご用意しました、と言われ、またあのコルセットのきつさを我慢しなければいけないのかと思ったけれど、全然違っていた。


「お嬢様は、コルセットをなさるには細すぎますので。

こちらのドレスは隣国から入って来たデザインですが、よくお似合いですよ」


靴もヒールが低いのに、すごく可愛い。

そして、歩きやすい。


「お靴も気に入っていただけましたか?

あまりヒールが高いものは、無理して履くと身体を痛めますので、お薦めできませんから」


あんまり嬉しくて、お礼の言葉が浮かばず、ただニッコリ笑ったら、メイドさん達が全員目を見開いた。


その反応にわたしが驚くと、慌てたようにメイド長さんが言ってくれた。


「ああ、申し訳ございません。

お嬢様の笑顔が、本当にお幸せそうで。

尊……いえ、こちらにも幸福をおすそ分けしていただいたような気がいたしまして」


再び微笑むと、なにやら、後ろの方の若いメイドさんがスケッチブックを持ち出したのが見えた。



湯上りでぼんやりしていると、爽やかイケメンがやって来る。


「落ち着いたかい?」


「はい、ありがとうございます」


慌てて立ち上がって礼をとると、靴とドレスのおかげか、いつもほどフラフラしない。


「君は柔らかな色合いの金髪だったのだな」


さっきは泥まみれで、髪の色も何もわからなかったに違いない。

褒められたわけでもないからと、黙って微笑み返した。


「! 失礼。その、茶会は終わってしまったが、私とお茶をしてくれるかい?」


「喜んで」


丁度お腹も空いてきたし、そう返事すると、長椅子の隣の席を示された。



ホカホカで小ぶりのマフィンが出てきて、それを食べ終える頃、やっと、彼がずっとわたしを見つめていたらしいことに気付いた。


「ああ、失礼した。

実は、泥の中で転げまわっていた君が、子供の頃に可愛がっていた子犬そっくりで少々微笑ましく思っていたのだが。

洗い上げてみたら、こんな可愛らしい人が現れたものだから、戸惑ってしまったんだ」


「わたしが可愛らしい?」


初めて言われた誉め言葉に驚いた。


「誰かに言われたことはないのかい?」


「いいえ」


実家では、同じ年齢の女の子に比べて小柄で、あまり女性らしい体型に成長していかないわたしを出来損ないと思っている。


『顔はそこまで悪くないんだ。

着飾って愛想を振りまけば、なんとか婿を捕まえられるだろう』


面と向かって言われたわけでは無いけれど、父がそう言うのを廊下で立ち聞きしてしまったこともある。


「一人娘を道具扱いか。

わかった。そういうことなら、どうとでもなるだろう」


問われるまま、ぽつぽつ語ると、最後に公爵令息は悪い笑顔で言った。

そして、わたしに向き直ると、一転優しい笑顔になる。

すごい。笑顔の仮面が何枚もあるみたい。


「いや、君に向けるのは心からの笑顔だ。

それは、ひとまず置いておくとして。

今夜はここに泊まって行きなさい。居心地は悪くないだろう」


騎士さんもメイドさんも優しい。

公爵家ご令息も優しい。


「とっても居心地がいいです」


「じゃあ、泊まるね?」


わたしはコクコク頷いた。



翌日の午後。

わたしは、公爵家ご令息と再びお茶をしていた。


「……それで、昨日水をかけられて、泥の上を這うことになった時思い出したんです。

わたし、前世は井戸の底に住むバケモノだったの」


「それは、なんとも可愛らしいバケモノだね」


「人が来ると、井戸の底から這い出して、脅かして追い払っていたの」


「そうやって住処の井戸を守っていたのかい?」


「はい。でも、ある時、大雨で枯れ井戸に水が溜まって。

気付かずに井戸に戻ったら、水面から境界を越えてしまったらしくて……」


「それで、こちらの世界に転生した、と」


「そうらしいです」


「元の世界の、雨を降らせた神に感謝だな。

私に、可愛い花嫁をありがとう、と」


「は、花嫁!?

わたしはしがない子爵家の娘で、公爵家のお嫁さんには……」


「君のご両親は、残念ながら君の可愛さを活かす能力が無いので、退場していただくことにした。

侯爵家に嫁いでいる伯母上が、君を養女にしてくれることになった」


「侯爵家……

でも、わたし、子爵家でもマナーから何から全部が駄目だと怒られてばかりだったのに」


「君に合わない教師だったのかもしれないよ?

私が、きちんと生徒に合わせて指導できる、有能な教師を手配するから大丈夫。

それでも無理な時は」


「無理な時は?」


「雑務は有能な文官に任せて、君は私に愛されるだけでいいから」


「?」


当たり前のように、公爵家ご令息はわたしを膝の上に抱えて離してくれない。

拘束は解けないが、優しい抱き方で、時々撫でてくれるから安心する。

だから、最初はまだ、子犬を思い出しているのかと思っていたのに、なんとお嫁さんに望まれていたのだった。



嫌なことは何もなかったから、お断りしないままでいたら、そういうことで話が進んでいく。

その後、わたしは生まれた家に二度と帰らなかった。

薄情かもしれないけれど、自分でもびっくりするほど、寂しさを感じない。



婚約者になったご令息とは、毎日お茶をする。


「あ、そうだ。

あの、お茶会の嫌がらせのことなんですけど」


「ああ、犯人グループはちゃんと特定して、各家にきつく注意した。

二度と彼女たちが君を煩わせることは無い」


「そうなんですね。ありがとうございます。

でも、それよりも泥の中で転がっていたのが、バケモノ時代の記憶のせいか、ちょっと楽しかったのです」


「うん、確かに、私が発見した時、君は楽しそうに転がっていた。

あまりに嬉しそうで、目が離せなかったよ」


「はい。

だから、時々はあんなふうに遊びたいなって……駄目ですよね」


「……それについては前向きに検討しよう。

良ければ、私も一緒に」


「一緒に?」


「何かこう、大義名分をつけて。

悪いことしてないのに、悪いことしているような感じで……」


悪だくみ顔の彼もイケメンだな、と思って見ていたら目が合った。


「先のお楽しみだ」


照れ隠しみたいに、柔らかく微笑む彼も素敵。



その後、公爵家では美容のための全身泥パックを売り出した。

巷の噂では『カップルで楽しむ泥パック指導』なるマニュアルが裏で流れているとか。

真偽のほどは定かでないが、泥パックがものすごーく売れていることだけは事実である。




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― 新着の感想 ―
[一言] ヒーロー視点のその前とその後がないと何がどうなったか分からん!ヒロイン視点はほのぼのしてるけど絶対に何かあったよな?!
[良い点] タイトルが前世は井戸の底だったので、ホラー?さだこなの? と思って恐恐読んだら、ほのぼのでした。前世が化け物でも好きになってくれる公爵子息最高です! 泥パックは知ってるけどカップル泥パック…
2024/08/17 02:41 退会済み
管理
[良い点] いどまじんがここに… [一言] 楽しかったです!
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