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ラッキーアイテム・主人公

「ミハイルぅ。オレたち友達だよな」

「……なんの用?」


 突然部屋を訪ねてきたポールに、ミシェルはジト目になった。

 開口一番このセリフ。絶対ロクなものではない。


「言っとくけど、お前らはオレに借りがあるんだからな! オレのおかげでミハイルは彼女ができたし、色々調べてやっただろ!」

「エリスの件は違うよね」


 ポールが二人の仲をお膳立てしたわけではなく、利用する気満々でミシェルを連れて行って勝手に撃沈しただけだ。


「オレが連れて行かなきゃ、エリスちゃんと出会うことはなかったんだから、オレのおかげだろ!」

「さっさと本題に入れ」


 ポールはいきり立ったが、ルーカスに睨まれて瞬時に縮こまった。


「……罰則くらったから手伝ってくれ」

「何の罰?」

「……酒の持ち込み」

「何やってるんだよ」

「言っとくけど冤罪だから! やったの同室の先輩だから!」


 入学したばかりのポールは荷物が少ない。

 部屋には個人のデスクとクローゼットが用意されているが、使っていない引き出しがいくつもあった。

 だが今日の部屋点検で、何も入れていないはずの引き出しから酒瓶が見つかった。


 その酒瓶はラベルを剥がして、ヘアトニックに見えるよう偽装されていた。

しかし長年の勤務で勘が鋭くなっている寮監は騙されることなく、匂いをチェックして中身が酒だと見抜いた。

 見ていないようで、しっかり目を光らせていたらしい。


「“見覚えがない。オレのじゃない”って言ったさ。だって本当のことなんだから」


 慌てて否定したが、ルームメイトの上級生は「ポールの所持品だ」と証言した。

 持ち込んだのは先輩だと気づき、寮監に訴えたがそれがまずかった。

 否認したかと思えば、ルームメイトに罪をなすりつける。騎士を目指す者としてあまりに見苦しい、と罪状に比べて重い罰が下された。


 普通科は勉学優先なので、罰則と言えば反省文や詩の書き取り。

 騎士科は、騎士として身を立てる者を育成しているのでトイレ掃除などの実務的な罰になる。

 ポールの言う鶏舎掃除は、その中でもかなり重い罰だ。

 この学院では、採卵用の鶏を飼育している。

 日の出とともに給餌と集卵をして、鶏舎を清掃する。

 朝は少しでも寝ていたい若者にとって、早起きは苦行。朝から家畜の匂いが体に染みつくのは気が滅入るし、卵を割らないようにするのは神経を使う。清掃の手を抜けば鶏が病気になってしまうので、雑にこなせない。

 憂鬱四重奏。

 辛いしかない。


「手伝ってくれれば、あの朝の儀式しなくて済むぜ」


 じりじりとラッパが鳴り響くのを待つ必要も無ければ、シーツたたみのタイムアタックも、テンカウントで終わるはずが途中で小数点刻みになる腕立て伏せも免除になる。

 なぜなら鶏舎での仕事は、三時間弱で終わる作業ではないからだ。


「もっとキツいじゃないか」

「なー、助けてくれよ。人数多ければ早く終わるからさぁ」

「オスカーとアンドレイは?」

「アイツらはほら、オレに借りがないから」


 断られたようだ。

 罰則なので、友達だからと言って手伝う義理はない。それが明らかな苦行であるなら尚更だ。


「……わかった。手を貸そう」

「スコーティア!?」


 声を上げたポールだけでなく、ミシェルも目を丸くした。


「報酬の先払いだ。俺から物をもらうのは怖いんだろう。なら今回手伝うことで、前払いしてやるよ」

「うっ。わ、わかった。助かる」


 ルーカスと二人きりなのは避けたいのか、縋るような目で見つめられてミシェルも折れた。


「仕方ない。僕も協力するよ」



 日の出と共に起きるのはキツい。

 鶏舎の前で顔を合わせた三人は、揃って死んだ魚のような目をしていた。

 黙々と作業しているうちに、徐々に頭が覚醒する。


「……ルーカス様が、自主的に誰かを助けるとは思いませんでした」

「正直に言って、手詰まり状態だ。主人公ポールと行動を共にすることで、何かおこぼれがあるかもしれん。まあ駄目で元々の神頼みだな」

「あれ? この世界の神はルーカス様では?」

「ここぞとばかりに揚げ足とるな」


 ミシェルが揶揄うと、ルーカスは軽く睨みつけてきた。喋りながらも二人とも手は動かしたままだ。

 肩を並べてモソモソと集めた卵を拭いていると「セドリック君!?」と驚いたような声が響いた。


「ああ、ごめん。人違いだ。そんなはずが無いのにね」


 軍手をはめた手で頭をかきながら、声をかけてきた男性が詫びた。

 服装からして食堂で働く人間だ。若いので、卵を取りに来た下っ端だろう。


「構いませんよ。確かに似てますからね」


 猫かぶりスイッチをオンしたルーカスが笑顔で応じた。

 セドリックもルーカスも珍しい髪色をしている。

 公爵家特有というわけではないが、ここまで深みのある緋色の髪はなかなかいない。

 しゃがみ込んでいたので、後ろ姿を見て誤認したのだろう。


「厨房の方ですよね。先輩とお知り合いなんですか?」


 学院での食事は完全な流れ作業だ。

 食堂の入り口にトレーとカトラリーが置かれた一角があるので、一人一セット持つ。

 人の流れに沿って進めば、厨房とつながっているカウンターの前にたどり着く。そこに並べられている、主食も主菜も副菜も一緒くたになった皿を自分で持っていく。

 食べ終えたら返却口に。トレーはトレー、皿は皿と重ねてお終い。


 おかわりは無く、逆に食べ残しも認められていない。

 席は自由なので、いつからか“食べ足りない生徒”が集う席ができあがった。

 食べきれないと判断した者は、フォークをつける前にその席に行けば量を減らしてもらえる。量や好き嫌いだけでなく、アレルギー故に食べられない者も混ざっているので、学校側は何も言わない。


 つまり普通に生活していれば、厨房で働く人間と生徒が接触することはない。


「知り合いってほど親しいわけじゃないけどね。親睦会は毎年やってるけど、厨房の手伝いに来てくれたのは彼が初めてだったから印象深くてね」


「――――え?」


「“臨時だけど役員だから”って言ってたけど、今までそんなことしてくれる生徒いなかったよ。自主的な行動なのか、会長である殿下の方針なのかはわからないけど、愛想が良くてテキパキ動いてくれるいい子だったね」


 思わぬ情報に、ミシェルは頭が追いつかなかった。


「……彼は実際にどんな手伝いをしたんですか?」


 いち早く我に返ったルーカスが質問した。


「飲み物を担当してくれたよ。ピッチャーに移したり、コーヒー淹れたり。配膳までやってくれたなぁ」


 コーヒーが凶器ではないと推理したが、まさかそこに彼が関わっていたとは思わなかった。

 この事実をどう考えたらいいのだろう。

 単なる偶然か、それとも彼の死を紐解くヒントなのか――

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