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メタルミュー  作者: ウィザード・T
第一章 あの人を支えると言う事
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婿入りから十二年

「行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 午前七時十分。

 夫は家を出る。

 最寄り駅までは十分足らずだがそこから電車で十二駅(実際は特急があるので四駅だけど)、通勤に一時間弱かかるから息子の学校よりはどうしても早くなる。その度に私と息子に見送られ、そして家に帰って来るのは早くても十一時間後。

 それから一時間近くこの家は祐介と私の二人だけの家になり、祐介が出て行くとだいたい六から七時間もの間私一人になる。名義は夫なのに。


 私はさっきも言ったように、アルバイトはしていない。文字通りの専業主婦だ。

 それこそ掃除洗濯があるが、それらとて毎日と言う訳でもない。中年の夫と汚し盛りの息子だからそれ相応の苦労はあるが、それ相応でしかない。

 それこそ適当に洗剤を入れ、適当にスイッチを回し、適当にハンガーをかけて干すだけ。それより重要なのは買い物だ、今日は魚が安いが今朝も魚だった事を思うとそれはあまり面白くない。まあそれでも明日の夜にでも回せばいいと思った、だって一番大事なのは家計なのだから。

 そんなありきたりな事を思いながら洋服タンスを開けると、夫のワードローブが目に付く。仕事着のスーツ以外では、それこそルームウェアとでも言うべき代物とプライベート用の外出着、と言ってもしょせん五ケタに届かない服ばかり。

 遠慮とか言うには、あまりにもしょぼい。センスがいいとか言われる事もあるけど、全部私が見立てた服。

 

(なんか買えばいいのにって言って、買って来たのがゲームなのは……)


 たまに小遣いとは別にお金を渡した所で、完全に祐介向けの物しか買って来ない。ゲームでなければシューズ、さもなくばランニングウェア。ゲームについてはまだ自分もやるからで話が付くけど、ランニング用のアイテムは家事以外の運動をしない夫にはほとんど無用の長物のはず。そうでなければ私用で、自分の物は二の次三の次どころか五の次六の次。

 

 そんな生活を十年以上続けているのに、私の夫である平田譲は文句ひとつ言わない。


 米糠三合あったら行くなとかおじいさんが言っていた婿養子になってくれる聞いた時は私は驚かなかったが私の父母は驚き、藤木譲から平田譲になった彼は平田家のためにもずいぶんとまめまめしく動いていた。

 平田譲になってほどなくしてさっきのことわざを言ってくれた母の父が亡くなった際には喪主である私の叔父のサポートを積極的にしていたし、その後のお墓参りにも何度も通っていた。その度に自然豊かな田舎にも行けるから祐介も喜んでいたし、向こうの親族に対しての夫の気配りも相まって夫の人気は高まって行った。

 これで職場ではむしろ誰ともかかわらずにいると言われると驚かれもする程度には、夫はこの私だけでなく皆に真摯な人間だった。

 だが今一番真摯なのは、祐介だった。ならば私も応えない訳にはいかない。


 あの子の机の上には、テストが乱雑に並んでいる。教科書はきちんと並んでいるが二日前のテストは片付ける事なく机の上に置かれ、しまわれる様子もない。

 点数の方は五十点、四十五点、六十点。一応勉強のつもりが間違った場所について祐介の字で訂正はしてあるがそれっきり。片付けてやろうかと思ったが、あの子が自分でやる事が大事だと思って放置している。

 と言うか、教科書とノートだけ持って行ってテストを残す辺り真面目なのかいい加減なのか器用なのかぐうたらなのかちっともわからない。

(息子は私と違って明るくて社交的だから簡単なはずだけどね……)

 夫は昔から学業成績の良い方ではない。それをここまでの地位に持ち上げたのはお前だ、そう父母から言われる事もある。

 でも祐介の人気は、どちらかというと同性への人気だ。もちろんそれが悪いとは言わないし自分でもぜいたくなのはわかっているけど、それでも夫みたいな事はそうそう起きないだろう。

 幸い、夫もその点についてもそれなりに熱心だったし私も協力的ではあったが、なぜか祐介はここでは勉強せず居間でよくやっている。何のための勉強机かと思わない訳ではないが、とりあえず子どもが勉強してくれればそれでいい。



 それに祐介自身、夫にもよく教えている。もちろん勉強ではない。



「ねえねえ、クラッシュレンジャー知ってる?」

「知らないなあ」

「ほらほら、ブラッククラッシュのブラックアタックだよ!見て見て!」



 例えば、戦隊物。


 私が子どもの頃からずーっとやっている代物。


 その番組も息子は好きで、一年生の頃は夫と一緒に毎週見ていた。そしてその度に息子は夫にああだこうだと説明していた。そして番組が終わってからもあれだよこれだよとずっと喋りまくり、夫も真摯に対応していた。私は元女の子だったせいかあまり興味もなかったが、決して全く触れていなかった訳でもない。面白いか面白くないか、その時何をやっていたかなど覚えていない。そんな物のはずだ。

 現に四年生になった今祐介があれほどはまっていたグッズはすっかり物置の住人になり、今度息子に了解を得てフリーマーケット辺りで売り捌いてみようと思っている。得られなければ先延ばしにしてもいいだろう。何せ、その話を聞く夫は真摯なだけでなく実に嬉しそうだからだ。夫の思い出さえも消す事になるかもしれないと思うと少しばかりやりにくい。夫自身の思い入れは見た所一般的な子を持つ親相応のレベルのはずだが、そうでないかどうか話してみないと断定などできない。



「ママ、ボクは正直びっくりしてるんだ。パパがあんなにバカだったなんて」

「ちょっとどういう事!」

「だってキャッチモンの名前一つも知らないんだもん」

 ある日、祐介が青い顔をして私に言って来た事がある。熱でもあるかと思ったがそれにしても祐介の言葉は大真面目だった。

 そしてその次のフレーズで、私は納得した。


 キャッチザモンスター、通称キャッチモンが生まれたのは今から約三十年前、具体的に言えば二十七年前。

 ちょうどその時小学生だった私たちにダイレクトアタックして来た存在。


 私も買った。ゲームなんかしないのにこれだけは買い、クリアもした。グララットってのもキャッチモンの一種類で、その時はキャッチモンの名前を覚える歌も流行っていた。私は故あって、今まで多くのキャッチモンシリーズをやって来た。結婚してからはさすがにやめたけど、それこそ十年、いや十五年以上。秘かに続けて来た。

 それからさらに十五年が経って今は祐介のために新作を買ってあげたけど、自分の知っているそれじゃなくなっている。面白いと思う以上に不思議で、ますます世界が広がっている気がした。もっとも私が触れたのは五分で、今は息子が毎日動かしている。

 夫は私と同じく息子のそれを見ているだけだ——————————グララットさえも知らなかったのに。


 私が、教えたのに。

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