昔の君に
「さて、一日が経ったわね。まさか、本当に来ないつもりなのかしら」
フェアズが一人、吊るし上げられているアルカ達を見上げ、呟いた。
目を閉じていた二人はうっすらと開き、フェアズを見る。
彼女を認識した瞬間、アルカはガシャガシャと暴れ出した。
「早くこれを解け！！」
「あらあら、元気ねぇ〜。暴れてもいいけど、無駄に体力がなくなるだけじゃないかしら」
口に手を当て笑うフェアズにアルカは、顔を赤くし再度喚き散らした。
「早くこれを解けよ！！ こんなことをしても意味はないってわかっただろうが！！」
「安心してちょうだい。貴方達は巻き込まれた側、痛みを感じることなく葬ってあげるわ」
当たり前というような口調で、残酷なことを言うフェアズにアルカは顔を青くし、何も言えなくなる。
彼の様子を見て赤い唇を横へ引き延ばし、右手を横へ伸ばした。
何もない空間から一つの鞭を作り出し、掴む。
妖艶な笑みを浮かべながら、喚いているアルカを見上げた。
「さて、時間切れね。貴方達は、お金に負けたということかしら？ 可哀想ねぇ。力もない、信じていた仲間には裏切られ、関係ないのに殺される。ほんと、哀れねぇ」
フェアズの言葉にアルカは怒りや恐怖で体を小刻みに震わせた。
リヒトも、何も言えずに体を震わせ、目には涙を浮かべていた。
「本当に、可哀想。自分は特に悪いことをしていないのに、命を奪われなければならないなんて。でも、弱いのが悪いのよ。弱者だから、強者に負けてしまうの。弱いから、抗えないの。全ては自分が悪いのよ、諦めなさい」
何度も”可哀想”と言っているフェアズに、リヒトは何か違和感を感じ眉を顰めた。
「…………あの人、何を…………」
「リヒト？」
リヒトが呟くのと同時に、フェアズはコツ、コツと歩みを進め、バチンッと地面を鞭で叩く。
乾いた音が辺りに響き、アルカとリヒトは肩をビクッと上げた。
「ふふっ、その顔、最高ねぇ。たまらないわぁ」
地面を蹴り二人の前まで跳び、アルカ達の前で止まる。
手を伸ばし、頬に手を添えると顔を近づかせた。
「昨日、鏡谷知里は助けに来ない。そう口にしていたけれど、本当は少しだけ、信じていたんじゃないかしら。あの方なら助けに来てくれるとね」
フェアズの言葉に、二人は何も言えない。
ただただ、彼女を見つめるのみ。
「今、気分はどうかしら。仲間と思っていた人に裏切られてしまって、悲しいかしら？」
「…………なんで、そんなことを聞くんだよ」
「楽しいからよ？ 弱い子が、強い人にひれ伏し。何も出来ず、抗えない現状に貴方は何を思うのか。それを聞きたいの」
アルカの頬に添えていた手を離し、フェアズはくすくすと笑う。
「ふふっ。まぁ、これ以上怖がらせても意味はないわよねぇ。もう、楽にさせてあげるわ」
言いながら鞭を握り直し、振り上げる。
アルカとリヒトは顔面蒼白で、震える体で振り上げられた鞭を見つめることしか出来ない。
逃げたくても、体は固定されている。
魔法を放ちたくても集中できず、思考が回らない。
「さようなら」
言葉と共に、勢いよく鞭を振り下げられた。
「…………？」
咄嗟に目を閉じ衝撃に備えるが、いつまで経っても衝撃は来ない。
もしかして、知里が助けに来てくれた？
そう思い二人は目を開けるが、そこには予想外の人物がフェアズの手首を掴み止めていた。
「ここまでだよ、フェアズ」
「アマリア、なんで…………」
青年姿のアマリアが、フェアズの手首を掴み止めていた。
彼の表情は、無、そのもの。
何を考えフェアズを止めているのか読み取れない。
後ろから手首を掴まれているフェアズは、歯を食いしばり、肩越しにアマリアを睨む。
「フェアズ、さすがにやりすぎは良くない。昨日のは脅しか何かで片づけられるけど、本当に殺してしまえば違反となる」
目を細め、アマリアは言葉を続けた。
「違反になってしまえばどうなるか、わからないとは言わせないよ」
「うるさいわね。そもそも、何故貴方が今ここに居るのよ。私はここから居なくなってと言ったはずよ。貴方にはもう関係ないの、早くここから居なくなって！」
掴まれている手首を振りほどき、アマリアから離れた。
怒りで顔を歪め、拳に力を込める。
強く握り過ぎて、ポタポタと血が流れた。
「どうして、貴方はいつも私の邪魔ばかりするの。管理者になってから、いつも私がやることなすこと、全て邪魔して来たわよね。自分は自由に行動しているくせに、私は駄目なのはなんでかしら？？」
挑発するように言うフェアズに、アマリアは表情一つ変えない。
「僕の行動は、管理者のルールに基づいて行っているから問題ないだけ。君のは違反ギリギリ。世界を管理する者が、ルール違反をするのはいけないと思うよ」
「違反なんてしていないわよ、私達に楯突こうものなら殺せばいい。だって、私達はこの世界を管理している管理者だもの！ ここに生きる者達の命は、私達管理者のモノよ！」
そこまで聞いて、アマリアは呆れたように肩をすくめた。
「何を言っても無駄みたいだね。なんで君は、そうなってしまったのかな。人間だった頃は本当に優しくて、素敵な女性だったのに」
アルカ達に怒りの矛先が向かないように、アマリアは間に入った。
フェアズは人間だった頃の話をされ、顔を真っ赤にし甲高い声で叫び散らした。
「黙れ！！ 人間だった頃の話はしないでちょうだい！ 優しいからなに、優しいからといって何があるの！？ この世界は力がすべて。力がある者はない者を自由に扱えるの！ 力があれば、何でも出来るのよ！！」
「それは違うよ、フェアズ。力があっても、心は変えてはいけない。力があるからといって、人の命を簡単に奪ってはダメ。今の君は、後ろにいる二人にとって村人になっているよ。理不尽に僕達の命を奪った村人。君は、そんな汚い人間のような行いをし続けるのかい？」
アマリアの言葉に、アルカとリヒトは目を開き彼を見る。
視線には気づいているが、あえて無視し、アマリアはフェアズを見続けた。
「まだ間に合うよ、フェアズ。昔の、優しい君に、戻ってはくれないかい？ 人を殺すのは、辛く苦しいよ。君にはきっと、耐えられない。だから、お願いだ。戻ってくれ。村の人達にハブられ、孤立していた僕に手を伸ばしてくれた、昔の優しい君に――…………」
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