006 エピローグ
その後マティアスは「魔族」の力を持つ「人間」、すなわち「魔人」を名乗り、使役する魔物の大群とともに王都を急襲。国王の死により統制を失った王国軍は戦いぶりに精彩を欠くまま壊滅、王都は陥落した。
彼はここで「魔人王マティアス一世」と呼称を改め、死霊魔導師の名前にちなんで「ドラグーン王国」の建国(むろん実際には王国の基盤を受けついだものだが、厳密な意味ではこの時点で王国は滅んだといえる)を宣言。王女をはじめ生存者の主だった者を隷属させ、王都を瓦礫の山に変えたのち各地を転戦。征服地域を広げてゆく。
そして各地で捕らえた、主に王女や貴族令嬢たちをことごとく手籠めにして――マティアス一世は平民時代に受けた扱いがコンプレックスになっていたのか、身分ある美少女を屈服させることを好んだ――多くの子を産ませた。
無論その子らは隷属魔法によって絶対服従を強要され、反乱を起こしたりはできない。ドラグーンを急速に大国に変えた原動力、それはまさに闇の魔力による絶望という支配にほかならなかった。
マティアス一世は征服欲のままに戦争と支配を重ね、やがて老衰のため世を去る。
奇妙なことは、既に魔法の研究によって、自らも死霊魔導師として永らえることが可能であったにも関わらず、それをしなかったことである。人間であった頃信仰していた宗教の影響とも、単に生きること自体に飽きただけとも言われ、史家や文学者の間でも意見の一致を見ない。孤独感から厭世的になっていたと主張する人もある。
また、マティアス一世は後継者を指名しなかった。
「余が死んだら隷属は解ける。なら後継者を指名しても無駄なことよ。誰が素直に聞くというのだ? 争うがよい。勝った者が王だ」
常々そう嘯いていたという。
当然、王の死によって隷属を解かれた王子たちは泥沼の後継者争いを展開。魔人王が半生をかけて獲得した領地は、千々に乱れ失われた。その何割かは、長年に渡り他国や異民族の支配に甘んじる屈辱の歴史を刻むこととなる。
王がこの事態を予測しなかったわけがない。いかなる意図で混乱を招く言動をしていたのか? 諸説あるが、彼は広大な征服地はあくまで自分だけのものと考えており、初めから内乱で王国が分裂するのを望んでいたという見解が有力視されている。
その仮説が当たっているかはともかく、絶えざる戦禍と抑圧、そして重税に苦しんだのは、言うまでもなく力を持たぬ無辜の民であった。そのためマティアス一世を「強欲かつ傲慢な暴君」と酷評する声も少なくない。今日においては「まるでマティアスのようだ」とは相手を非難する常套句であり、それどころか新生児にこの名をつけるのを禁じる国さえ存在するほどである。
かつては自分も平民として虐げられていたのに、支配者の側に立った途端、民を踏みつけ一顧だにせぬようになった魔人王マティアス一世。彼は死霊魔導師を撃退こそしたが、その心は確かに闇に染まっていた。
魔王がマティアス一世に代わっただけである。
考えようによっては、彼は死霊魔導師に敗北したのかもしれない。
ドラグーン王国はマティアス一世の死からおよそ四百年後、魔王カレン・オルダスによっておよそ六割まで領地を回復するも、ここでは全土の復活には至らなかった。彼女は占領価値がコストに合わない僻地には見向きもしなかったのだ。
この辺りは、とにかく目に見えたもの全てを征服したいと考えたマティアス一世と、征服欲はあっても割に合わないことは嫌った魔王カレンの性格の差が出ている。男性と女性の違いもあろうか。
ドラグーン全土が再統一されるのは魔王カレンからさらに約二百年、かの英傑、魔法皇帝グラトスの登場を待たねばならない。
グラトス皇帝によってドラグーンが帝国と名を変えて復活したのは、マティアス一世の死から六百十九年後のことであった。
お読みいただきありがとうございます。
カレンさん、たぶんコーエーの三国志やったら人口の少ない都市はスルーして、敵を全滅させてから空白地に武将を移動させてクリアするタイプですね……。