005 復讐、そして
虐殺は続く。逃げまどう兵士の一人が、ようやく俺の存在に気づいた。
「あ、あそこに誰かいるぞ!」
「魔王軍の残党か!?」
「おのれ、不意討ちとは卑怯な!」
俺の顔を知らないのだろう、魔族と思っているらしい。しかし、勇者たちは別だ。
「あの野郎……なんでこんなところに」
「そ、それよりこの魔法はなんだ……? やつにこんな力はなかったはずだ」
俺の姿を認め、パワーアップした――いや、本来の力を取り戻したというべきか――魔力に驚愕を隠せない勇者たち。いいねえ、その間抜け面。
復讐劇の第一幕はここからが見せ場だ。壊滅状態に近い王国軍にトドメを刺すべく、俺は使い魔に総攻撃の命令を下した。四方八方から攻撃され、さらに俺の魔法も受け、兵士たちは焼かれ、斬られ、砕かれ、潰され、加速度的にその数を減らしてゆく。
そしてついに、残るは国王と勇者パーティの六人を残すのみとなった。そいつらとて、もはや戦う力は残っていないようだが。
「な、何故だ……何故無能の平民風情にこんなことが出来るのだ」
眼前の光景が信じられないといった面持ちの六人に、俺は件の仮説を説明してやった。
死霊魔導師戦で受けた闇の魔法が、体内に宿ったこと。
そのため勇者の魔力と相殺され、パワーダウンしていたであろうこと。
皮肉にも追放によって、本来の力を取り戻したと思われること……。
「てめえ! そんな力があると分かったなら、何で戻って来なかった!」
「そうじゃ! 勇者の波動で弱くなるなら、一般の魔法使いとして参戦すればよかっただけの話であろうが!」
「あまつさえ、逆恨みして仲間を襲うとは! そなたには人の心がないのか!?」
開いた口が塞がらん。あれだけやっておいて今さら仲間? なんと勝手な言い分だろうか。いや、上級国民様にとってはこれが当然なのだろう。彼らにとって俺たち平民は、都合のいいときだけ使えればいい道具にすぎない。
「貴様らにだけは言われたくねえよ。刺客まで送っておきながらどの口がほざくかね? そういえば、あの追っ手は誰の差し金だ? 天国……に行くのは無理だろうが、地獄で少しは手心を加えてほしかったら、正直に言ったほうがいいぜ」
「刺客だと!? 知らん、そんなものは知らん!」
国王はじめ、全員が同じ反応だった。確かにこいつらの誰かが俺を殺すとしたら、王宮のあの場で殺ればよかっただけの話だ。嘘ではなかろう。とすると黒幕は将軍あたりか、それとももう少し下の誰かか、あるいはあの騎士たちの独断か。
まあいい。いずれにせよ、こいつらが復讐の対象であることは変わらない。
「そうか。じゃあ、そろそろ終わりにするか」
さあ、いよいよクライマックスだ。
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まずはエルフ。森に暮らし、木々を愛する種族なら、人面樹に潰されるなら本望だろう。俺の心遣いに感謝してほしい。
次は僧正。俺への仕打ちから察するに神の愛への理解が不十分と思われるので、学び直していただくために頭が割れて脳ミソが飛び出すまで教典でぶん殴ってやった。魔法書を読み漁っていた修行時代から思っていたことだが、分厚い本って立派な凶器だよなあ。
三番手は聖騎士。死を覚悟の上で魔王の分身を自分ごと刺したマゾ野郎だ。あのときは死にきれなかったようなので、本人の意をくんで今度こそきっちり、しかもさっきは前から突いてたので後ろから串刺しにしてやった。物事はバランスが大事だからな! え? 背中の傷は騎士の恥? 俺は魔法使いだ、んなもん関係ないわ。
勇者。俺のことを「勇者をかばって死んだ」ことにしてくれた友情に報いるために、王子と国王をかばって死んだと記録に残してやると言ったら、涙を流して喜んでいた。歯を折られ爪も剥がされほぼ全身の骨がバラバラで男性のシンボルも潰されていたので、もしかしたら痛くて泣いていたのかも……いや失礼、それはないか。なんたって勇者様だもんねぇ? どこかの無能とは違うもんねぇ?
あと、当然ながら勇者が命を捨てて守った二人が、その後助かるかどうかは別問題である。なので、ことによると犬死にということになろうが……そこまでは俺の知ったことではない。
最後は王子&国王。目の前で父親、あるいは息子が殺されるのを見るのは辛かろう。だから格別の温情をかけ、目玉を潰してから同時に殺ることにした。俺ってもしかして聖人君子なのではなかろうか? 軍の補給部隊の荷馬車から、人が入れるくらいでかい寸胴鍋を持ってきてぶちこんでやった。肉が軟らかくなるまで弱火でコトコト煮るのがコツだ。
全てが終わる頃には日が暮れていた。あの夜見上げた空と同じように、満天の星が瞬いていた。その輝きは、心なしかあの時よりも明るく感じられた。
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「さて、これからどうしたものかな」
俺は補給部隊の荷から奪った酒を飲み、食料に舌鼓を打ちながら、今後のことを漠然と考えていた。
(この力、使わない手はない。行けるところまで行ってやる。手に入るものは全部手に入れてやる。金も、女も、王国もだ。とすると戦略はどうする? まず落とせそうなところから行くか、それとも王が不在で統制を失っているうちに王都に攻め込むか)
あれこれ考えを巡らせていたその時。突然、俺の中にある闇の魔力が暴走を始めた! そして激痛にのたうち回る俺の頭の中に、聞き覚えのある声が響く。
(人間よ。とうとう心まで闇に染まったな。その体、使わせてもらうぞ)
「こ、この声……まさか、死霊魔導師か!?」
(そうだ。我はうぬに敗れたが、思念を魔力に乗せてうぬの体に宿らせたのだ。いずれ、うぬの体を乗っ取るためにな。そもそもうぬに破壊された我の体も、元は人間の魔法使いのそれを奪ったものだった。我はそうやって、体を乗り換えて悠久の時を超えてきたのだ)
「そうか……だから魔族にしては人間に似てたのか……」
(力に酔い、心が闇に染まった今、うぬはもはや我の掌中にあるも同じよ)
死霊魔導師の勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。声は全然違うが、勇者の笑い方にそっくりだった……。
闇の魔力が全身に染み渡ってゆく。
(俺はここで死ぬのか?)
頭が割れるように痛い。今さっき食べた飯が胃液とともに口から溢れた。
(王国に利用され、今度はこいつに利用されるのか?)
全身に脂汗がにじむ。
(俺は何のために生まれて、さんざん苦しんで今まで生きてきたんだ!? 他人に食い物にされて捨てられるためにか!?)
死霊魔導師の思念が、頭の中に入ってくる。
(そんなこと……)
「認、め、られる……かぁぁぁぁっ!!」
俺は最後の力を振り絞り、己の全魔力を解放した。
俺の魔力と死霊魔導師の魔力がぶつかり合う。
初めは劣勢だった俺だが、やがて押し返しはじめる。
(あ、ありえんことだ! 人間ごときが、こんな魔力を持てるわけがない!)
「ある意味、あんたのお陰だよ。あんたの闇の魔法の影響を伸び悩みと勘違いして、それこそ血のにじむような努力をしたからな!」
(おのれ! 我は王国を滅ぼすまでは死ねぬのだ!)
「いや、あんたアンデッドだろ。もう死んでるじゃねーか」
自然に軽口が飛び出すまで余裕があるのが自分でも驚きだった。それもそのはず、今や俺の魔力は完全に相手を圧倒していた。
万能感がこみ上げる。なんという愉悦! 自分でも知らない間に、俺はここまで強くなっていたのか!
(わ、我が……二度も……敗れる……な……ど……)
そして、死霊魔導師の声は完全に途絶えた。
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死霊魔導師は消滅したが、闇の魔力はいまだ俺の中にある。それはそうだろう、俺の体を乗っ取って使うつもりだったのだから、失われては向こうだって困る。
つまり、俺はまだ闇の魔法が使えるというわけだ。人間の中でただひとり魔族の力を持つ者、それがこの俺なのだ。
「アンデッドの残留思念に言うのも妙な話だが……安心して死にな。王国を滅ぼすというあんたの悲願は、俺が代わって果たしてやるよ。あんたの魔法でな」