第五話 辺境伯領
秋晴れの空の下。
旅は順調に続き、隣の辺境伯領都へ到着した。
門番は見知った顔の隊長だった。
聞けば、近日中に自分が来る事は知っていたが、逢ったのはたまたまとの事。
辺境伯家では今か今かと待ち構えているとの事で、思わず苦笑した。
(家を出た身に過保護すぎる。)
だが、これはそもそも両家の祖が兄弟であり、血縁を大事にするのが家風となっているためでもある。
厳しい北の地で双方が助け合い、領民も身内と大事にし、国内でも善政を敷く貴族であると評価が高い。
ゆえに、いざ戦となると、その恩に報い奉らんと、強固な結束力を持った、精強無比な兵団ができあがるのだ。
納める税は低くて良い、代わりに領民へは無理なく手に入れられる価格で商品を売ってくれなどと言われて、商人もそんな両家の御用達であると、誇りを持って務めている。
「先導は不要でありましょうが、先触れは出させていただきます。」
「ああ、頼むよ。」
隊長が部下へ指示を出すのを見届けると、彼は馬に跨がり、ゆっくりと辺境伯城へと歩を進ませた。
前方の見張り台から、鏡を使った合図が見える。
オ カ エ リ ナ サ イ
どうやら、あちらにも見知った者がいる様だ。
母の故郷でお帰りなさいと言ってもらえる。
どれだけ母がこの地を愛し、そして領民から愛されていたかわかろうと言うもの。
◇
「よく来たな。待っておったぞ。健勝そうで何よりだ。」
「お祖父様もお変わりなく。」
「はっはっは! 無駄に元気と言うヤツだな。」
そうかそうかと、辺境伯がうなずく。
バンバンと肩を叩かれた。
初老の域にある男ではあるが、戦陣と日頃の鍛錬で作り上げられた肉体は伊達ではない。
青年は骨まで響かんばかりの力に、顔をしかめた。
「すまんすまん、痛かったか? 他の孫たちは出かけていてな。夕刻までには帰ってこよう。」
「では、それまでに母のお墓に参ってきます。」
「そうか、今はあやつが好きだった秋桜が盛りであろうよ。」
辺境伯は、墓所の方向を向き、目を細めた。
◇
城から少し離れた丘に、一族の墓所がある。
祖父が話していたとおり、ピンク、黄、白、赤、黒と様々な色の秋桜が咲き誇っている。
元々この領は祖の兄弟が生まれた地であり、母もこの地にて眠る事を願った。
侯爵家には遺髪が収められているが、父も墓参りの名目でよく訪れている。
どちらの領でも、二人の仲睦まじさはよく知られていた。
お姫様を嫁がせるに申し分ないと、幼少期から言われていたものだ。
「母上。これからしばらく旅に出ます。」
ひざをつきそう告げながら、母が好きだった菓子を供える。
鳥がくわえ持ち去りやすくするため、少々小ぶりなもの。
墓所から帰る道すがら、前方から馬を走らせる兵が見えた。
軽装であるから、伝令か斥候兵だろうか。
彼を見つけた安堵と、知らせねばならない情報の重大さとで、複雑な表情となっている。
馬を止め、しばし待つ。
「緊急でございます! お嬢様たち一行が賊に襲われた模様! 至急お戻りください!」
「何? 安否は!?」
「わかりませぬ! 後詰めの伝令は辺境伯様に急ぎ知らせろと命を受け戻って来た次第!」
自分は広範囲サーチを使えない。
歯がみしながら馬の腹を蹴る。
「あれは! 信号魔弾か!」
伝令の指さす方向を見ると、赤い光球が山の方に浮いている。
馬首をそちらに向けつつ、叫んだ。
幸いにも旅装のままで、剣も革鎧も馬に積んである。
食料は怪しいが携行丸はあるし、水は革袋にまだたっぷりと入っている。
「お祖父様へ伝えろ! 私はこのまま救援に向かうと! あとはお祖父様の指示に従え!」
「承知! ご武運を!」
伝令は馬首を辺境伯城へ向ける。
二人はただひたすらに馬を駆った。
元気で豪快で優しいおじいちゃん。
作者の祖父はそんな漁師でした。
次話から、書きたかった話へ突入します。