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第五十一話 来訪者

生存報告がてら、とりいそぎ公開。∠( ˙-˙ )/




 やや寒気が緩む時期とはいえど、この北の地においてはまだまだ春までは長い。まして今は夜、篝火程度では暖を取るにも役にはたたず、皆窓を閉じられた室内で過ごしている。

 数少ない領内での夜会であれば、強い酒をあおりつつ賑やかに過ごす立食パーティーの形式を取ることが多いのであるが、今宵は隣国からの使者達が来ており、喧噪はあるものの流れる音楽が聞こえる程には落ち着いている。

 建屋の寒気対策としてはパイプを床に通してあり、そこを源泉が通っている、貴賓室のみではあるがいわゆるフロアヒーティングだ。

 各居室はもちろん暖炉だが、排煙ルートを考えて作ってあり、極力部屋全体を暖める様に配慮してある。

 この地で生まれ育ったヴォルクは暑さが苦手であり、人いきれの息苦しさにも耐えかねてテラスに出ると、温められたブランデーを手にしながら夜空と山影を眺めていた。

 その視線の先には黒い山肌、窺い見ることはできないものの火竜の里がある。

 今頃は従弟達も食事を終え、団らんの時を過ごしているだろうかと思いながらゆっくりと、だが多めに温かい液体を飲み下す。

 食道から胃へと、刺激を与えつつ熱が落ちると、彼は大きく息を吐いた...それが白く流れていく。

 ひょっとすると、実弟と婚約者も来ているかもしれないな...などととりとめもないことを考えていると、小さな足音と衣擦れの音が背後から聞こえてくる...害意はないようだ、振り返ると騎士服を着た長身の女性がいて、こちらに近寄ってくる。

 ここの気候に慣れない女性にはきついだろうと自分が羽織っていたマントを渡そうとすると、彼女は軽く会釈をして微笑んで後ろを向いた。かけてくれということらしい。身体に触れない様に注意して、最後はすとんと落とす様に羽織らせた。



「こんな場所でどうなさったのです? ヴォルク殿。 皇女殿下がさみしがっておいでですよ。」


「アキテーヌ殿? ご冗談を。 私などいなくとも、あのように引く手あまたではございませんか。」



 アキテーヌと呼ばれた女性は、マントの前身頃を握り、抱きしめる様に合わせながら少し首をすくめた。

 そしてヴォルクが指し示した方向に自分が護衛として随行してきた貴人女性が談笑している姿を認め、小さく短く息を吐く。

 ため息に似た彼女の息もまた白く流れていくが、しばらく外にいたヴォルクよりもその濃さは深いようだ。

 すると彼女はマントの中から一本の指を立て、おとがいの下へと当てる。

 表面上は綺麗な指に見えるが、手のひら側にはタコができており訓練を怠っていないことが見て取れる。

 その身体越しに、もう一人女性騎士が近寄ってくるのが見えた。



「ふむ...やれやれ...しょうがないお方ですね?では、一つ賭けをいたしましょう?」


「賭け...ですか? あいにくと博打の才能はないのでいやな予感しかしないのですが。」



 どんな難題をふっかけられるのかと眉根を寄せ、ヴォルクは思案する。

 母に鍛えられているとは言え、婚約者がいるわけでもなく、目の前の女性が何を考えているのかは窺えない。

 彼女は立てていた指を曲げると、その艶やかなくちびるに当て、楽しそうに笑いはじめた。

 今の返事に面白い要素などあったか?と思い返していると、彼女の笑いが止まった。

 だが、その口角は楽しそうに上がったまま。



「くすくす...女にとっては博打に興味のない男は評価が高いのですよ? ではこうしましょう、あの噴水の横のちょっとしたスペース。あそこで一合だけ打ち合いましょう。わたくしが一撃でも入れられたら勝ちという事で、皇女殿下にお会いいただきます。」


「...自慢ではありませんが、従兄弟ラッセルほどではないにせよ、自分はそれなりに使えますよ? 良いのですか?」



 体幹と重心から、目の前の女性が手練れであることはわかっていたが、女性騎士相手に刃を合わせるのもどうかと思い、言い訳になればと出た言葉。だが、予想に反しアキテーヌは嬉しそうに破顔して周りを見渡しつつ手のひらを打ち合わせて応える。



「ええ、是非お願いします。 そこにある棒がちょうど良さそうなので拝借しますね。」


「(ツタ支えの棒...槍術か、少々やっかいな相手かもしれないな)」



 ヴォルクのマントを部下と思われる女性に渡し、調子と間合いを確かめるかの様に棒を振り回すアキテーヌを見て、ヴォルクは相手の流儀を想定した。

 無論、槍を相手にした訓練も積んではいるものの、剣士として槍術はやりにくい相手だ。

 アキテーヌが部下を見てうなずくと、彼女もまた小さくうなずき懐からコインを一枚取り出した。

 金貨などではなく鉄貨...防御か礫の様に攻撃にでもつかうのか? とヴォルクは考える。



「では、部下が弾くコインが落ちたら開始という事でお願いします。」



 いつの間にかアキテーヌは構えをとっている。

 ヴォルクはすっと剣を抜いた、柄の冷たさが伝わってきてどう構えたものかと少し迷った。



「身体から気が抜けていますよ? 本気で来てください...さもないと。」


「(早いな)承知した。」



 下段から跳ね上げる様に、ヴォルクの鼻先へと先端が突きつけられていた。

 自分の見切りより、さらに近い距離で止められている...ほんの少しだが、指先の動きで槍先をコントロールしたのだろうか。

 相手を認めたヴォルクの思考が戦闘時に切り替わる。

 身体へ闘気を巡らせ、反する様に余計な緊張を抜き、右足を少し引いて構えた。

 視線はどこということはせず、アキテーヌの全身を捉えつつその瞳を中心においた。

 目の前の青年のたたずまい、そして静かに立ち上る気配から、もとから油断はしていないもののアキテーヌは集中を高めた。



「(殺し合いなら負けるかな・・・・・・すごいプレッシャーね、怖いけど楽しくなってきちゃった。)」


「双方よろしいか? 弾きますよ?」



 二人が静かにうなずき、キンッと小さな音と共に、コインが弾かれる。

 どちらもコインを見ることはせず、音だけに集中し互いに一撃のための呼吸が合った。



「相打ちですかね...残念。」



 アキテーヌは勢いよく踏み込むのではなく、ヒザを抜いて沈めた身の勢いのベクトルを前方に変え、突いた。

 棒は引かなかった、ただ一合を最速で突き込むだけに余計な動きは不要、攻撃の威力を乗せることは必要ない、狙いは眉間だ。

 その速度はヴォルクの想定を超えていた、剣を当てるだけでは間に合わず、同時に首をひねることを強いられ、身体の軸がずれる。

 実戦ならば追撃でジリ貧になっていた可能性は高い、大きく深吐いた息が白く流れていく...身体の緊張を解いた。



「こちらの負けだ、弾ききれず耳にかすらせた。すごいな、ラッセルは別格だから仕方ないにしても、他の同年代に槍術で当てられたのは子供の頃そばにいたお転婆娘以来だ。」


「あら? それはうれしいですね。 後にも先にも私だけとは。」



 収めようとしていた剣の動きが止まる。

 この事を知っている者は別に少ないわけではないが、他国から来た目の前にいる女性が知るわけもない。

 と、なれば導かれる答えはひとつ。



「は...? あ、え? いや待てまさか...お前エルか!? エルなのか!?」



 自分の記憶に残る幼女の面影は...ない、それはもう綺麗さっぱりない。

 いつもどろんこになっていたお転婆娘、親戚のとこに移住するの、と涙目で訴えて別れた女の子が目の前の強く美しい女性になっているなどとヴォルクの頭の中にはこれっぽっちの可能性も考えていなかった。



「気づくのが遅すぎますよ? フォル?」


「いやそう言ったってお前綺麗になってて面影ないし口調も違うし、そもそも赤毛だったし今そばかすもないじゃないか!」


「綺麗って...相変わらずあなたはさらっとそういう事言うのね、うれしいけど。最後にあったのは8歳でしょう?髪は成長したらダークブロンドに変わっちゃったの、よくある話よ。そばかすは侍女達の努力の賜物ね。」



 アキテーヌはヴォルクの言葉に頬を染め、寒さで赤くなっていた耳はさらにその濃さを増した。

 槍代わりの棒を身体の前で横にし、しばしもじもじと身悶えていたが、部下の生温いジト目に気づくと、慌てて言葉を続けてヴォルクにビシッと指をつきつけた。



「それよりもっ!賭けはわたくしの勝ちっ! 逢ってもらうわよ、アリエノール皇女とね!」


「二言はないさ。だが、話が弾むとは思わない事だ。」


「知ってるわ、あなたの一族が朴念仁だって事くらい。まぁ大丈夫よ。ここで待っててもらえるかしら?」



 何をそんなに慌てているのかと感じつつ、ヴォルクはドタドタと室内に戻っていくアキテーヌの後ろ姿を見つめていた。

 その部下も焦った様にヴォルクにマントを返し、ぺこりと頭を下げた後、身を翻してアキテーヌの後を追う。



「棒を持ったままじゃねぇか...慌て者なのは変わってないみたいだな。」



 視線の先では、追いついた部下にアキテーヌが棒を奪い取られ怒られていた。






 ◇




「...で、どういう事なんだこれは? エル? 説明してくれ。」



 目の前の女性にジト目を向けつつ、ヴォルクが問いかける。

 もうわかっている、わかってはいるのだがやはり一言言ってやらないと気が済まない。



「わかってるくせにそういう事聞くのね? わたくし自身がアリエノール。彼女が影武者兼護衛侍女のアキテーヌよ、おどろいた?」



 彼女は室内へ戻ると、歓談していた女性と連れだって一度退出した。

 自分たちに割り当てられた部屋へ戻ると騎士服を一度脱ぎ、さらしを外して窮屈な思いをさせていた胸を解放する。


 "気に入ってもらえるかな"


 心配と期待を入り交じらせながら、彼女は手早く着替えていく。

 日頃の訓練で引き締まった身体は体型補正としての矯正下着など必要ないが、やはり見栄はある。

 持ってきたドレスは騎士服をベースとして姫騎士の様にデザインされており、上から防具の様にコルセットを装着しても違和感がない。

 もっとも、今つけている薄いピンクのコルセットは彼女の細い腰を際立たせるために作成されたもので防御力はない。

 バックテールは長く取ってあるが、いざとなれば引きちぎれる様に考えて縫製してある。

 そして彼女は決戦の場へと歩を進めた。



「と、言うよりしてやられたってトコだな。」


「ヴォルク殿! 皇女殿下に対してその様な物言いは!」


「やめなさい、キティ。 わたくし自身が許しているわ。」


「はっ! 失礼いたしました。」



 こめかみに青筋を立てていたアリエノールあらためアキテーヌをたしなめると、真のアリエノールは淑女教育の賜物とも言えるアルカイックスマイルをヴォルクへと向けた。

 照れてもほめてもくれないのね...と不満に思っている彼女に、失礼とはわかっているもののヴォルクは何度目になるかわからないため息を吐いた。



「もういいや...寒いだろ? とりあえず別の部屋に行こう...じーさんも呼ぶわ。」


「あら、辺境伯は気づいてましてよ? その上でこちらのいたずらに乗っかってましたから。」


「あんのじじぃ...イグニス様にからかわれ続けたからって孫に矛先向けるのは筋が違うだろうに。」



 その言葉にアリエノールはしてやったりと楽しそうに笑う。

 その笑顔は先ほどまでのアルカイックスマイルより、よほど美しかった。

 が、右の口角が意地悪そうにさらに上がる。


 "さて、ちょっと仕返しをいたしましょうか。"


 スカートを持って広げると、軽く膝を折って身を沈め、目を伏せて彼女はヴォルクへ勝負を挑む。



「さあ、お互い大人になりましてよ? エスコートしてくださいませんと。ヴォルク様?」


「ちっ、お手をどうぞ、レディ?」


「はい、どうぞよろしくお願いいたします。」



 頬をかいた後、そっぽを向きつつ手を差し出したヴォルクの横に回り込むと、彼女はその腕を巻き込む様に抱きしめた。

 肩に頬を当ててからちらりと顔を見ると、彼の耳が赤く染まっている。



 "綺麗になりすぎだ、まったく...つか、当てんな!?"



 どうやら彼女は連勝記録を伸ばした様だ。






 ◇




「ご無沙汰しております、辺境伯。 この度はおめでとうございます。」



 これは孫であるラッセルがフレアと婚約した事への言葉。

 同じくもう一人の孫も婚約が内定しているが、これはまだ公にはなっていない。

 影から動きがあることの報告は受けているが、こちらから切り出すのも野暮というものだろうとの考えがある。



「アリエノール皇女殿下も息災な様子でなによりでございます。いやぁ、お母上に似てお綺麗になられましたな。 幼少の頃、先代大公閣下から預けられた時は全てを伏せる必要がございましたので、失礼の数々は平にご容赦を。」



 ブレイズはアリエノールの実母と会ったことがある、そのため護衛に扮していた彼女を即座に見破り、あえて何も告げなかった。

 幼少の二人はいつも一緒にいて、子犬がじゃれ合っているかの様に過ごしていたのを懐かしく思い返して、孫を見る目で彼女を見つめる。



「いえ、こちらの領の方々には混乱をさせて申し訳ございませんでした。 王都からの帰りにはまたお詫びとご挨拶をさせてくださいまし。」


「なに、この地の者にとっては笑い話ですよ。 明日の酒の肴になるだけです。それにしても、先代大公閣下が早くに亡くなられなければ、いらぬ苦労をせずともよかったのでしょうが。」


「わたくし自身はそのままこちらにいてもかまわなかったのです...自分の出自も知りませんでしたし、ただのお転婆娘としてずっと...」



 ブレイズにお爺さまと言いかけたのをこらえ、アリエノールは言葉を切った。

 政局など幼児にはどうしようもない、政略に使われようとも逃げることなど出来なかった。

 この地からいきなり故国へ連れ戻され、いきなり自分が尊き身だと言われても理解できるはずがない。

 そんな泣き暮らしている彼女を優しく包み込み慈しんでくれたのは。



「それでも、義父はわたくしを護ってくれました。従兄弟も、残された家臣達もそれこそ全力で。」


「ですが此度は...」



 少し、寂しそうにアリエノールは微笑む。

 実の父は愚かであった、当時王太子だったギュンター王と留学先で比較され、そのコンプレックスは逆恨みとなった。

 幸いにも両国の間には高き山脈があり、特定の街道を除けば行き来は難しい。そのため愚王もこの国へは攻め込もうとはしなかった。

 ところが、その堰をラッセル達の婚約が崩してしまった。

 人が火竜との縁を結べるなどとは考えてもみなかった。愚王は隣国の侯爵子息が、しかも廃嫡されるほどの無能が火竜を娶ることができるのならば高貴な身である自分が手に入れても良いではないかと考えた。

 もちろん竜が調停者であり、意にそぐわぬ愚者が誅されることは知識として知っていたが、最後に調停者として現れたのは1000年の昔、その脅威は現実のものとして受け止めることが出来なかった。

 そして手の者を配し、機会あらばフレアの身をさらおうと企んでいた。

 ところが、その企ては全て潰えることとなる。配下は全て捉えられ、恐怖を髄までしみ込ませられて帰ってきた。

 なんとか暴挙を止めようと、自分たちで影の者を誅しようと兄たちが入国していたが、それも全て良い意味で徒労となった。

 シン...とした表情でアリエノールがブレイズに告げた。



「はい。実の父は兄弟達が塔に入れました。この国と敵対する事は得策ではございません。そこでやっとわたくしも自由になれました。」


「心中お察しします。 滞在中は便宜を図りましょう、ご用の向きは遠慮なくおっしゃってください。」


「そうですね...では王都往復の案内をフォルにお願いしてもかまいませんか?」



 その言葉に、ぎょっとした顔でヴォルクが異を唱える。

 つまらなさそうに頭の後ろで組んでいた腕がわなわなと前にまわされた。

 王都から帰ってきてからはさほど日数がたっているわけではない、弟との旅のことを思い出し、勢い込んで声を出した。

 逆にブレイズはにんまりと人の悪い笑みを浮かべ、ほうほうと声にしないで相づちを打っている。



「え~??? どれだけかかるのか知ってるのか? エル? もうすぐ春とは言え、冬だぞ?」


「だからこそよ。雪ほどに積もる話もたくさんあるしね。 ゆっくり旅をして親睦を深めましょう?」


「こっちは針のむしろなんだが...はぁ...」



 ニコニコと満面の笑顔のアリエノールに対し、ヴォルクはこめかみを挟む様に手をやり、かぶりを振った。

 アリエノール自身が美女であり、当然のことながら護衛騎士や侍女達もまた見目麗しい者が揃っている。

 これは道中、いや王都に着いてもいらぬトラブルが舞い込んできかねない

 もちろん、10年以上離れていた彼女がどう暮らしていたのかに興味はある、だがいまや彼女は皇女だ、皇族として言えぬ事もあるだろうし、なんらかの機密を帯びてきている可能性もある、というより絶対に何かあるはず。

 ただの幼馴染として来てくれれば良かったものを...そう思った時にキンっと聞き慣れた音が鳴り、宙に光文字が走る。

 これが噂に聞く竜の連絡手段かと、アリエノールは興味津々で文面を読んだ。



「またあのお方は...見ての通りイグニス様が護衛をつけてくださるそうだ。だが転移は使わぬと。この国を見て、触れて、感じて欲しいとの思し召しだ。」


「あら? これは嬉しいお申し出ですわね。 わたくしはこの領しか知りませんでしたから。」


「じーさん? 護衛とは?」


「言わずともわかるだろう? もちろんラッセルだろうな。」


「あっちゃーやっぱりか。エル? 手も足も出ない相手に稽古をつけてもらえるぞ、覚悟しとけ。」


「それはそれは楽しみですねぇ...」


「(アリエノール姫様楽しそう...戦闘狂の一面が顔を出してます。)」



 貴婦人らしく、扇で口元を隠しながらの笑顔、アキテーヌは浮き立っているおのが主人を横手から見てそう思った。

 後日、ラッセルとの手合わせを見た彼女が姫様を超える戦闘狂がいるなんて!と頭を抱えたのは言うまでもない。












お付き合いいただきありがとうございました。

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