第四十四話 豊穣祭
「それでは、明日からの豊穣祭が無事に終わることを祈願して、乾杯といたしましょう。」
主賓、と言うべきならば王族二人なのであろうが、お忍びで来ていることもあり、むしろ過剰に気を使わないで欲しいと先ほど告げられている。
「毒見は、まず我らがいたします。」
「待て侯爵。ラッセル? 問題は無いんだろう?」
『もちろんですよ、殿下。』
「ならばよいではないか。侯爵、皆と一緒に乾杯をさせてくれ。」
「承知いたしました。ではあらためて。乾杯!」
唱和の後、それぞれの杯を傾ける。
馬車で移動してきた辺境伯は例の回復効果がある酒を二杯目に頼んでいる。
子供達は果実水だ。
これはバイオレットとフレアが調整し、そんじょそこらのものとは味が違う。
二人の少女が口元を手で隠しながら、顔を見合わせている。
『さあ、まずはオードブルからです。これは祭りにおいても、量を増やして軽食やおつまみの様に屋台で出します。ただ、本日の分はレティが作ったものですので、屋台よりは数段上質ですけれどね。』
微笑むフレアにギュスターヴが言葉を返す。
「いやはや。バイオレット嬢はパティシエとしとてだけではなく。こういったスキルもあるのか。ほう? これはさっぱりとしていて白に合うな...」
「ギュスト。もうひとつにはこれを少しかけてみてくれ。」
「赤いソースか? これは?」
「それを先に言っては楽しみが無くなるだろう? 口に合わないと思ったら残してくれてかまわないさ。」
それもそうだな、とギュスターヴは給仕を制止して、自らスプーンでソースをすくってかけた。
そして一口。
「おお、これは口の中をすかっと辛みが走るな!」
「こっちのピルスナーを飲んでみるといい。」
なぜ冷やしてあるのかと疑問に思いながら、ラッセルの言うとおりにぐっと飲る。
「なんだこれは!? こんな相性がこの世にあっていいのか!?」
「大げさだなぁ。ソースのレシピは帰る時に渡すから、陛下達にも供してくれ。」
また一塗りしたものをぱくりと口に入れた後、間髪入れずピルスナーを飲む。
「これは父上だけでなく、確実に母上もはまるぞ。兄上はもう一つの方が好みかもしれないが。」
「ギュスト。その辺りにしておかないと、最後まで入らなくなるぞ。」
「うむむ、それもそうだな。口惜しいが仕方ない。」
『次はサラダですね。野菜はどこでも採れるものですが。ドレッシングはまたレティ特製ですわ。』
「フレア様...我ら兄妹二人はもう王宮の料理では満足できなくなりそうですよ。」
兄のその言葉に、王女もうんうんとうなずく。どうやら、またバイオレットの餌付けによる被害者が増えてしまったらしい。
その後も和気藹々と晩餐は続き、結局は皆食べ過ぎてラッセルお手製の胃薬を飲む事になってしまった。
翌日、ギュスターヴはその効果に驚き、ラッセルに頼み込んでわけてもらった。
後日、王家と宰相から追加のお願いが来たのはご愛敬だろう。
◇
祭りの初日は格好の秋晴れ。
開催宣言は10時頃からとなっているが、天幕を張り終えた屋台はもっと早くから営業を行っている。
ただ、トラブル防止のために酒類だけは領主が開催宣言が終わってからの提供となる。
大道芸を行う者達は、いくつかに分かれて配置してある専用のスペースに分かれ、準備や体操、リハーサルなどを行っている。
場所はもちろんくじ引きで公平に行っている。常連達は気にもとめていないが、王都でも人気なのだぞと高圧的な態度に出てくる者もたまにいて、そんな輩は祭りの間隔離されてしまうはめになる。
『さて、では姿換えの魔法をお二人にかけますね。髪色と瞳の色。そして輪郭が少し変わります。』
「はい、お願いします。」
返事をしたのはクリステイア王女。
市井に出ることなどまずあり得ない身であり、この日をとても楽しみにしていたのだ。
衣装はすでに町娘風に変えてある。ドレスとは違う軽さと動きやすさに感心し、先ほどまでバーミリオンと一緒にくるくると回って遊んでいた。
『では、失礼を。』
フレアがくるりと指を回し、すっと頭頂部から足下へと指し示す。
その動きに光る輪が同調し、同じ様に移動する。
『はい、できましたよ。ただ、動きだけはごまかせないので、そこは注意してくださいませ。影もつけていますし、結界は張ったままにしていますが。危ない場所には近づかない事。いいですね?』
「影、ですか?」
『ええ、念のためですが。念話を使える鬼人族をおそばに配しています。近衛の方もいらっしゃいますが、そちらは巡回中の騎士の姿ですぐに駆けつけられる距離にいていただく事で調整しております。』
当然、護衛については一悶着あったが、手合わせをする事で長を納得させた。
近衛としての自負を粉々に打ち砕かれるほどコテンパンにやられては仕方ないだろう。
それでも根に持ったりせずに、むしろ教えを請いたいと頭を下げてきたのは、さすがにヴァリアント王家に従える忠誠心の高い者達、プライドよりも王家の一族を守護する事を優先したのだ。
そしてラッセルには、彼らでも一撃を入れる事すら難しいと聞いて戦慄し、第二王子がラッセルと親しい事に安堵した。
「遅くなりました。なんとか間に合いました。」
ノックの音に続き、フェルドとヴォルクの兄弟が入ってきた。
途中で着替えたのか、すでに職人風の衣装を身につけている。
『フェルド? だから転移させると言ったでしょう?』
「義姉上。いつも頼ってばかりでは甘え癖がついてしまいます。火急の時以外は普段通りにさせてください。」
『まったく。貧乏くじを自ら引きに行くのは、兄弟でそっくりね。』
くすくすと笑っているフレアの横で、ラッセルが水差しからそれぞれに果実水を注いで丸薬と共に二人に手渡す。
「二人ともこれを飲んでおくといい。栄養剤みたいなものだ。祭りが始まるまではあの酒は出せないからな。」
「はい。ありがとうございます。ところで、殿下方はどちらに?」
その言葉に、二人以外の者は苦笑いであったり、くすくすと小さく笑っている。
「フェルド殿、ヴォルク殿、こちらだ。フレア様に姿換えの魔法をかけてもらっているのだが、効果はあったようだな?」
横手からかかった声に、実の兄弟二人は飛び上がった。
「こここれは殿下、失礼いたしました。」
「なに、私を知る二人すら欺けたのだ。これで安心できるというものさ。」
「はぁ...殿下もお人が悪い。」
「まぁ良いではないか。それより、せっかくラッセルが渡してくれたのだ。まずは薬を飲むと良い。私ももらったが、この効き目はすごいな。父や宰相など、泣いて欲しがりそうだぞ。」
では失礼して。と断ってから二人はそれぞれに果実水で飲み下し、ふぅ、と二人そっくりに息を吐く。
グラスを執事の一人に返すと、二人でひざをついた。
「ギュスターヴ殿下。クリステイア王女殿下。ご挨拶が遅れました。此度の行幸、豊穣祭を楽しんでいただけますとこの領の者としてうれしく存じます。」
「ああ。よろしく頼むよ。クリス? どうかしたのか?」
横を見やると、口元に手を当てて頬を染めている妹がいた。
「いえ兄様、な何でもございません。」
「ふぅん?」
ちらちらと上目遣いに青年の一人を見ている妹の様子に、どこか納得した様子のギュスターヴ。
そして。
『(レティ? これは間違いないわね?)』
「(私、人が恋に落ちる瞬間を見たのはフレアに続いて二度目ですよ。はぁ...でもこの一族、朴念仁の集まりですからどうなることか。)」
『(なんというか...私は神様がまた何か企んでるんじゃないかと警戒しちゃうわ。楽しいけどね。)』
◇
さて、会場となる空き地では、今か今かと領民と観光客がそわそわしている。
ただ、まだいつも見かける料理と果実水やお茶の類いしか販売されていない。
それでも、いつもどおりと言うことはなんの違和感もなく皆それぞれに楽しめると言うことでもある。
やがて、カランカランと鐘の音が響く。領主による開催宣言の時間だ。
まだ小さいながらも喧噪が残る会場に、領主一族が出てきて舞台の上に立つ。
侯爵と辺境伯は商人姿。フェルドとヴォルクは職人姿。ラッセルは冒険者という出で立ちである。
「皆! 今年も豊作であったこと感謝する! これも全て重労働をいとわず働いてくれた領民皆のおかげだ!!」
領主のその言葉に、領民は深く頭を下げ、観光客達や王族二人はその光景に感じ入っている。
「そしてこ此度は朗報がある! 皆も聞きおよんでいるかもしれぬが、我が子ラッセルが妻を娶る事となった!」
どっと歓声が上がる。
口々に祝いの言葉が告げられて騒然となるが、肝心の婚約者が見当たらないことに首をかしげている者達もいる。
「とは言っても...肝心のお嫁さんとやらはどうしたんだ? てっきりこの場でお披露目と思ってたんだがなぁ。」
そんな声に応えるように、すっとラッセルが一歩前へ出る。
逆にその他の者は下がって距離を取った。
「では、我が妻となる婚約者たちを紹介しよう!」
その言葉に続いて、光点がひとつ現れ、魔方陣が展開される。
さーっと円柱状に伸びた後、ぱっと弾けるように消える。今までで一番シンプルな展開だが、本来フェイクが入らないとこんなものだ。
王宮での白いドレスの出で立ちそのままに、フレアが転移してきた。
皆、その美しさに声が出ない。
バイオレットも侍女服姿でそのそばに控えている。
「フレイア様...」
誰かがポツリとつぶやいた。
「そうだ、あの髪色...フレイア様そっくりだ。」
「なんとお美しい。あの方がラッセル様と添い遂げてくださるのか。」
やがて群衆がそれぞれに祝いの言葉を紡ぎ出す。
喧噪の中、フレアがすっとカーテシーをとり、その威厳にまた静寂が訪れる。
「二人が我が妻となる、火竜公女フレアと。もう一人は皆もよく知っているだろう? 長年私を支えてくれたバイオレット。この二人を娶る事となった! 皆よろしく頼む!!」
『カーマイン領の皆様。ラッセル殿の妻となるフレアと申します。どうかよろしくお願いいたします。』
カーテシーをとき、上げた手をくるりと回すと、また緋色の光にフレアが包まれた。
その光が開けた時、フレアもまた町娘風の姿に変わり、その白銀の髪をささっとバイオレットが束ねて簡単に結い上げる。
フレアがバイオレットに笑みを返すと、バイオレットは右手に回り、二人はラッセルを中心に寄り添った。
『さあ皆様! この豊穣祭を存分にお楽しみくださいませ! ここからはお酒も、バイオレットが一生懸命考えた新しいお料理も解禁です!』
おおーっ!とどよめきが走り、天幕に隠されていた酒の販売所と、いくつかの屋台が新たに現わされた。
「それではこの合図を持って、豊穣祭の開催とする!!」
侯爵のその言葉と共に、まかれた紙吹雪をバイオレットが風魔法でさらに広げて華やかに舞わせる。
フレアは指先を天に向け、小さな小さな光点を高空に放つ。
ラッセルと目線を合わせると、破顔してリリースとつぶやいた。
すると破裂音と共に、光点は拡散し、秋空に光と炎の華を咲かせる。
「きれい!」
子供達は素直だ。
空に咲く華に見とれていたが、魔法が消えると一目散に甘味の屋台に走って行った。
「フレア様! とっても素晴らしい演出でした! わたくし感動しました!」
『ありがとう。クリス。さあ、あなたたちも楽しんでらっしゃい。気をつけるのよ。』
きゃっきゃっとはしゃぎながらバーミリオンと手をつないでいくクリステイアを見送りながら、フレアが告げる。
『フェルド? クリステイア様と一緒にいきなさい。』
「義姉上...?」
「フェルド、こんな時に女性の意見を無視するもんじゃない。素直に言うとおりにしておけ。ミリィをほっとけないし俺も行くから。」
「兄さん...わかりました。では失礼して。」
『ふふっ、ありがとうヴォルク。』
なんの、と言い残し手をひらひらと振りながらヴォルクは弟妹の後を追った。
残りの者は舞台を下り、天幕の一つに入る。
「やれやれ。今年も無事に開催できたな。酔っ払いどもの相手をしなきゃならんのは少々気が滅入るが。」
「義父上、ラッセルの薬を飲んでおいてください。悪酔いを抑えられるらしいです。」
「おお。それはありがたい。では早速いただくぞ。」
『ですが過信は禁物ですよ? おじいさま。』
「これは一本取られたわい。」
呵々大笑しながら、液状の薬を飲むと、胃の中がすっとする。
「ラッセルよ? これは翌日に飲んでも良いのか? 二日酔いにも効きそうな感じがするのだが...」
「試した事はありませんが、効果はあると思いますよ。」
続いて近隣の領の使者からの挨拶を受ける事となる。
皆一様にフレアの美しさと聡明さに感嘆したあと、祭りを楽しむべく繰り出していった。
やがて、二人の猫人が天幕を訪ねてくる。
「バイオレット嬢、ひさしいな。此度は婚約おめでとう。」
「これはキャティ伯! ありがとうございます。ご家族の方々もお変わりなく。」
バイオレットは深々と頭を下げたあと、うれしそうに微笑んだ。
このキャティ伯爵は隣領を収める領主であり、バイオレットの侍女としての修業先でもある。
ラッセルが王都にて学業に勤しんでいる間、彼女はこのキャティ伯爵家で教えを受けていたのだ。
そして、身寄りがない彼女に幼い頃から猫人族のしきたりを教えてくれた、もう一人の父親とも言える存在でもあった。
「レティ姉様。おめでとうございます。やっと想いを遂げられましたね。」
「あら、ありがとうマックス。しばらく見ない間にあなたも大きくなったわね。」
「おかげさまで。今日は姉様考案のお料理が食べられると聞いて楽しみにしてきました。」
「うふふ。お世辞まで上手になって。姉さんはうれしいわ。」
この会話からもわかるとおり、家族同然の付き合いをさせてもらっている。
「ところでバイオレット。カーマイン侯爵とも話してきたのだが、うちの娘になってくれないか?」
「え...」
「疑問に思うのも無理はないが、前々から考えていた事なのだよ。君は平民籍だが、いつかはラッセル君の妻となりたいと願っていたのは知っている。当然、そこには身分差という壁が立ちはだかっていたから、その対応策としてな。だが此度は王家の許可も得てラッセル君の妻となることとなっただろう?」
「はい。」
「だが、それを良く思わない一党もいる。だからこそ我が家へ養子に入り、そこからカーマイン家へ嫁入りすれば貴族同士の婚姻と言う事になる。誰にも文句は言わせん。」
『いいじゃないのレティ。私は賛成よ。何よりこの方は貴女の身を真剣に案じてくれているわ。』
「フレア...」
「レティ姉様。僕たちの本当の姉様になってください。お願いします。」
「...ありがとうございます。うれしいです...また家族が増えました...本当にうれしい、私はもう天涯孤独ではないのですね...」
静かに、涙声で告げるバイオレットに天幕の中からもらい泣きの声が聞こえてくる。
彼女もまた、領民から敬愛されている存在なのだから。
「そうだよ。わが愛する娘、バイオレット・カーシャ・キャテイ。」
バイオレットに抱きつく息子ごと、キャティ伯がその両腕で抱きしめた。
三人のしっぽがゆっくりと揺れている。
『キャティ伯? この後少し落ち着いたら、レティを一度お預けします。私たちが旅に出るのは春になってから。どうかそれまで家族の時間を大切にしてください。』
「フレア!?」
『レティ? 私たちにとってこのくらいの距離はないも同然よ。いつだって会えるわ。貴女も父様と母様にたっぷりと甘えて、そして弟妹たちに甘えてもらいなさい。ね?』
「うん...うん...」
「さあ、そうと決まったらマックス、レティと屋台を楽しんでくると良い。今日のためにレティが考えた食べ物がたっくさんあるぞ!」
「はい! ラッセル兄様! そうします。さぁ行きましょう姉様。どれがおすすめですか?」
「待って、ちょっと待ってマックス。お化粧をなおさせて...お願いだから。」
涙のあとが残る頬を染めながら、バイオレットは弟へと懇願する。
「すみません姉様気がつかなくて。でも、これからこういったことも教えてください。」
「しょうがないわね。女心を教えるのも姉の役目。ビシバシいくわよ。」
「あ~お手柔らかにお願いします。」
バイオレットは微笑みながら天幕の片隅で鏡と化粧道具を取り出した。
鬼人族のメイドが、魔法で温めた濡れタオルを渡してくれる。
「ありがとう。たすかるわ。」
「どういたしまして。よかったですね、バイオレット様。」
照れた顔を隠すように、小さくうなずきながらバイオレットは温かいタオルに顔を埋めた。
◇
「フレア様、ご助力ありがとうございました。この恩は必ずお返しいたします。」
『いいのですよ。あなた方がレティを幼い頃から大切に慈しみ、心を砕いてきてくれた事はお義父様から聞き及んでいます。レティはわたくしたちにとっても大事な家族。その幸せを心から願うあなたたちに彼女を預けられるのは望外の喜びです。』
「だがいいのかな? しばらくバイオレットのデザートは食べられなくなるんだが?」
『あら、それこそ愚問ですわおじいさま。転送すればいいだけですもの。』
「また力の無駄遣いを...」
ぱしんと額を叩く辺境伯に、また一斉に笑いが起こる。
やや離れた場所で見ていた領民からは、本当に仲の良い一族だと口々に微笑ましい声が上がっていた。
そしてこの領に生まれた事を幸せだと思った。
『それに、だんなさまには人の世の理としての子孫も必要です。その役割を託せるのはレティしかおりませんもの。』
少し寂しそうに微笑むフレアを見て、永の時を生きる竜と人種の死生観の違いに、それぞれ思いをはせた。
『(異常は無いかしら?)』
「(はい、監視をしている様な者はおりますが、今のところは何も動きはございません。上空からはいかがでしょう?)」
『(特に魔獣や部隊の接近もないわね。じゃあ引き続いてお願い。一度サーチを打っておくわ。)』
「(かしこまりました。)」
目をこらしてなんとか見えるかという緋色の光が、フレアを中心として放たれた。
これは害意を持つ者に反応する、昏倒の魔法を付与してある。
はたして、壁によりかかっていた何人かの男女がそのままもたれかかるようにずり落ちた。
それを見た領都の警備担当が、酔っぱらいを連れて行くかのように引っ張っていって一カ所に閉じ込めていく。
役割分担は事前にきっちりと済ませてある。すでにこの領の中枢において、フレアの言葉は疑われることなく浸透するようになってきている。
もっとも、疑義があるのならしっかりと上申するようにとも伝えている。
フレアとて独裁者になるつもりもないし、全て自分が采配しては人はやがてそれに慣れきり、自分たちで考えなくなるからだ。
竜は調停者であって、支配者ではないのだ。
◇
日程は順調に消化され、今日は最終日。
期間中は酔っぱらいのケンカくらいしかトラブルは起きなかった。それすらもたちまち制圧されている。
掏摸やひったくりも、かなりの密度で騎士が配置されていてはさぞややりにくかっただろう。
やがて時刻は夕暮れ時となった、太陽は稜線に沈みかけ、もうすぐマジックアワーの幽玄極まるライトアップがはじまるだろう。
そこかしこにかがり火が準備され、各一人ずつ騎士が配されている。着火要員も兼ねているので、全員が火魔法の使い手だ。
やがて、舞台に三人の人物が登壇した。合わせて鐘がカランカランと鳴らされ、広場の皆が注目する。
「今年の豊穣祭もあと少しで終わるが、皆楽しんでもらえているかな?」
ラッセルさまーと観衆から声がかかる。
その声に、フレアとバイオレットがうれしそうに微笑んだ。
「さて、ここでわが婚約者フレアから、皆に贈り物がある。私にもないしょで準備していた様だ。」
『皆様、お耳をしばし拝借いたします。』
すっと前に出ると、フレアは静かに両手を前に伸ばした。
ひと呼吸の後、空間を軽く叩くように指を踊らせる。
するとどうだ、まるで最上級のピアノで奏でられているかのように旋律が紡がれていく。
魔力によって伝搬するその音色にただ聴き入る者、旋律に合わせて身体を揺らす者など、反応は様々だ。
やがて、フレアは大きく息を吸った。
『 遠い遠い昔 この地に一組の仲睦まじい夫婦がいた
だがはやり病に妻は倒れ 万策尽きた夫は竜の元を訪れる
男の願いを竜は聞き入れ 妻は癒やされ双子を宿した
兄弟はやがて功を成し そろってこの地に奉じらる
そして流れた時の末 ひとりの裔が竜を娶りし者となる
竜は詠う この歓びを
竜は誓う ただこの者を愛することを 』
美しく、よく通る声でフレアは歌い上げる。
その響きに隠された荘厳な気配に、誰一人声も出せずに聴き入っていた。
やがて、長く余韻を残して不思議な演奏と詩が終わる。
手を下ろし、ゆっくりとカーテシーをとった後、姿勢を戻したフレアが小首をかしげつつ笑顔を弾けさせた。
直後、爆発するような歓声と拍手が巻き起こった。
奥方様ー、フレア様ーなどと呼び方は様々だが、彼女もまた領主一族としてこの地で受け入れられた。
そしてラッセルが手を上げ、着火の合図を出すと、かがり火に次々と火が入れられて行く。
最後は最も大きな薪台に、ラッセルが火魔法で点火した。
「さあ、最後のひとときを楽しんでくれ!」
彼がそう言うと、心得たもので大道芸人や芝居小屋の者達が軽快な音楽を奏で始める。
領民達は手に手を取って、薪台の周りで踊り出した。
兄弟姉妹が、親子が、夫婦が、恋人達が、思い思いに身体を動かす。
やがて祭りが終わろうかと言う時、フレアが舞台の上で軽く身をひねった。
その右手の指先には、それぞれに小さな光点が現れている。
ラッセルとバイオレットに視線を合わせると、にっと笑ってから右手を大きく天へ振り上げた。
その動きに気づいた者が何人いたろうか。
『リリース!』
その言葉と同時に、夜空に大輪の花がいくつも咲いた。
次々に、音と共に色とりどりに花を咲かせ、そして静かに消えていく。
それを五回ほど繰り返し、最後に侯爵が閉会を告げた。
「さあ!これをもって今年の豊穣祭を終了とする! 明日からは冬の準備だ! 皆気をつけて帰るが良い!」
◇
「いやーすごかったな、フレア様。オレ、この領に生まれて本当に良かったよ。」
「さすがに竜のお姿は拝見できなかったけど、人の姿であの美しさなんだから、竜のお姿はもっと威厳あふれるものなんだろうなぁ。」
「あの方とバイオレット様なら、どうあがいても勝てないわ、あたしラッセル様を追いかけるのやめる。これからはフェルド様よ!」
「バカ言ってんじゃねえよ、お前平民じゃんか。」
「お妾さんならチャンスないかな?」
「ないない。やめとけ。ほら、なんかすっごい可愛い娘さんと一緒にいたし。」
「なによもう!みんなして!」
お付き合いいただきありがとうございます。
コロナ罹患からもうすぐ1か月ですが、まだ咳と痰が収まりません。
皆様もご注意を。




