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第四十二話 狩り

Seeing is believing.




「ラッセル様、久しぶりに出かけませんか?」


「お前とか? かまわないが父上の補佐は大丈夫なのか?」


「フェルド様がいらっしいゃますから、書類仕事は問題ないかと。」



 秋の豊穣祭を控えたある日、準備の人手は多い方が良いとラッセルも侯爵邸に戻ってきていた。

 もちろん、使っているのは家族がそのままにしていてくれた、かつての私室である。

 勘当したわけでもないのに、子供が帰ってくる場所を準備しておかないわけにはいかぬ、とは父バーンの弁。

 とある事情があって残らざるを得ず、ものすごくぶーたれていたフレアと、その世話のためにバイオレットは火竜城へ居残っている。



「穀物と葉物は問題ないのですが、領民に振る舞う肉があやしいもので何頭か調達しにいきたいと。」


「ああ、フィールドボアか?」


「おっしゃるとおりです。わたくしが弟子の成長をその目で確かめたいというのもございますがね。」



 家令が片眼をつぶる。



「なら、二人の師匠に恥ずかしくない成果を出さねばな。着替えて馬房で合流しよう。」


「承知いたしました、それでは後ほど。」






 ◇



「おや? 弓は持っていかないのですか? いつも愛用していましたのに。」


「イグニス義母上との訓練。その成果を師匠にも見てもらいたくてね。楽しみにしているといい。」


「ほう? それはそれは。」



 馬房では数日分の食料と水、野営の道具を積んだ馬が待っていた。

 一度辺境伯領で分かれた馬だったが、また侯爵領に連れてきていたらしい。



「久しぶりだな、また頼むぞ。」



 そう言いながら岩塩をやり、舐めさせる。

 厩番が出した手桶で手を洗い、鞍と手綱を掴んで跨がった。

 その動きを見て家令の片眉が上がる。



「無駄なブレがあれ以上に無くなるとは、いやはやどこまで強くなるおつもりですか? この動き、剣筋だけなら我が友を上回るかもしれませんよ。」


「草原に出たら、久しぶりに稽古をつけてくれ。総合ではまだまだお前には勝てないさ。」


「ご冗談を。ブレがないということは一撃の重さが尋常ではないはずです。一撃でも当たればそこでお終いですよ。」



 家令も自慢の弟子の成長に笑みを隠せない。

 勢子を兼ねる従僕の騎士達と同じ様に馬に跨がった後、ラッセルの横に馬を並べてきた。

 かつての日本であれば、主家に馬を並べるなど許される事ではないかもしれないが、この世界ではそこまで厳しくはない。


「ではまいりましょう。護衛の必要はないでしょうが、これも役目。馬を並べることはご容赦ください。」


「承知した。よろしくお願いする。」


「出発だ! ラッセル様へ皆の成長を見せるがよい!」


「「「「「応!!」」」」」



 斥候役が先陣を切り、城門へと移動を開始した。

 やがて一行は東門から草原へ出ると、街道から外れ速度を上げていく。

 実は高空に、フレアの頼みで隠蔽魔法をかけられた飛竜も護衛についている。

 緊急時は迷わず下りて来るであろうが、今は気配も遮断しているので、魔獣達が恐れ近づかないということもない。

 この飛竜はラッセルによく懐いていて、度々騎竜とすることもあるので、フレアからはうらやましがられている。

 彼にとっては妻を足蹴にして土足で乗れるものかと言う事なのだが、そんなもの痛くもかゆくもないしクリーンでどうとでもなるでしょうとフレアとの間で一悶着起こった事もある。

 結局は、互いに乗るのは閨の中でな? というからかい半分なイグニスの言葉で二人とも真っ赤になって決着した。

 もちろん、まだ一線は越えていない。


 さて、一行は小高い丘にしつらえられている石造りの物見台を目指す。

 草原とは言っても野っ原ではなく、場所によっては下生えも生い茂り、灌木も生えている。

 それらをものともせず、騎馬隊は進んでいく。

 もちろん、そのために馬にも足を保護するための革製の保護具が装備されている。



「操るのではなく、乗せてもらうのさ、方向だけ指示して馬を信頼すれば、あとは馬がやってくれる。それがコツだよ。俺らは馬の邪魔をしちゃいけない。」



 ギルドの乗馬の名手に言われた言葉だ。

 実際にそうなのかはわからない、だが馬を信頼するという言葉には素直にうなずけた。

 それならば自身は身体を保持する事だけに集中すればよい。

 さて、物見台へ着いた一行は、周辺に異常が無いのを確認した後、上へと上がり草原を見渡す。

 遠眼鏡を取り出しながら、家令が伝えてくる。



「近くにはいなさそうですな。あの群れもそこそこ離れております。今からでは夜までに戻れないでしょう。」


「そうだな、今日は野営して、明日あの群れが移動していなければ追う事にするか。」


「では、下生えを刈り、薪を集めましょう。皆、野営の準備だ。早めに終わらせて休憩するぞ。」



 二人ほどが、水を汲むために馬に跨がって川へと向かう。

 外のかまどは少々崩れていたが、簡単な手直しをし、下生えを山刀で払い地面を露出させる。

 刈った草は、とげがあるものをのぞいて、あとで飼葉代わりだ。

 かまどからややはなれた場所に天幕を張る。年季が入ったものではあるが、火の粉で穴を空けない様に注意する。

 魔獣の毛皮を敷き、その上に荷物を置く。

 やがて水くみの二人も戻り、それぞれの馬に水をやって休憩させる。



「さて、よろしいか?」


「ああ、手合わせ願おう。」



 二人のモードが師匠と弟子に切り替わった。

 互いの手の甲を触れあわせ、直後後ろに飛びすさる。

 実戦であれば、避けた先に踏み込んで一撃を入れるかもしれないが、今は稽古であり互いの間合いの外へ一度出ただけ。

 この間合いの詰め方から、二人の稽古ははじまるのだ、もちろん魔法の使用は禁止、武器も使わない純粋な肉体能力だけの手合わせ。

 じり...じり...と両者の間が狭まるが、素足ではないので、足指の動きだけで移動はできない。

 ほんの少し体重と重心をつま先と踵へと移しながらすり足で移動する。

 いつもであれば、ラッセルから初手を放つのだが、今回は家令から放たれた。



(なんと言うか...どこに入れても反撃されるな、これは。)



 首筋が総毛立ち、ピリピリとなんともいやな感じがする。

 ならばと、一切の虚飾を棄て、ただ得意の一撃を身体に任せた。

 家令は前足のひざを軽く抜き、体重移動とともに身体を回す。

 軸足が入れ替わると共に突き出された拳が相手に当たる瞬間に力を一点に集中させ - ようとしたが躱された。

 躱しざま拳の軌道をそらしつつ、体を入れするすると伸びてきたラッセルの腕が、自分の鎖骨のやや下方へと突きを入れてくる。

 勢いが乗ったままの身体にカウンターで入った、付け根がしびれた右手はしばし使えなくなる。



(防御にそのまま攻撃も兼ねさせたか、これが抜き手だったら終わっていたな。)



 その考えは正しい、今の力では家令の肉体を貫きかねないと、ラッセルはあえて抜き手ではなく拳を突き入れるだけにしていた。

 衝撃の反動を使い、するすると後ろへ下がると、ラッセルが追撃してきた、右肩を入れて当て身にくる。

 ラッセルの背中側へ回り込む様にして躱し、頭に向けてひざを突き上げる。



(右腕のダメージが大きい、肘を落とすのは無理か。)



 挟み込む様に肘を落としたかったが、それはあきらめた。

 だが、ラッセルは空いた左手でそのひざを受けて、身を逸らしつつ右肘を振り込んでくる。



(回転の勢いが乗る前に、こちらから迎えに行く!)



 家令は肘が回転しきる前に上腕の裏をクロスアームブロックで止めた。

 だが、次の瞬間にコンパクトに回した後ろ蹴りが飛んできて、左足で腹部はかばったものの、そのまま弾き飛ばされた。

 さすがに転がって受け身をとり片膝立ちとなったが、手を上げて追撃を止める。



「いやはや、もう勝てませんな。一撃の重さが想像以上です。しかも最後も手を抜かれましたな? 本来なら腹を押さずに斜めに落とし、股関節を蹴り砕いていたはず。」



 派手に吹き飛んだ様に見えたが、実は押し出されただけである。

 それでも右肩も左足も、攻撃を受けた場所は鈍い痛みが残り、仮に続けたとしても動きのバランスが崩れ、さらなる被弾を招くだけと見切りをつけた。



「対人戦では遅れをとることはまずないでしょう、ですが魔獣はどう動いてくるかわかりません。観の眼をもっと磨いてください。」


「ありがとうございました。」



 残心を解き、手を差し出して家令を引き起こそうとするが。相手の右腕が上がらない事に気づく。



「すまないが、誰か師匠を運んでくれ。ポーションと塗り薬を取ってくる。」






 ◇



「もう痛みとうっ血が引きました...尋常ではない効き目ですな、これは。」


「蓄積された竜の知識は大したものだよ。さすがに現代では残っていない薬草類もあるが、それを抜きにしても薬効が桁違いだ。いざとなれば薬師としても生活していけそうだ。」


「それは身をもってわかっておりますよ。その際は、ぜひカーマイン家に薬を下ろしてくださいませ。」


「おや? 顧客第一号が決まってしまった。」



 食事を終え、笑いあう師弟を領兵達は親しみの中にも畏怖を込めて見る。

 領主の息子が、領内冒険者上位とは聞いており、実際に今まで何度も闘いを見てきたが、侯爵家の武と影を司るあの家令をいともたやすくただの二撃で、しかも戦闘不能に追い込むほど武を伸ばしているとは彼らも思ってもみなかった。



「さあ、早めに寝よう。警戒は大丈夫だ、少し離れた場所にワイバーンがいるから、魔獣は恐れて近づかないよ。」


「また恐ろしい事を軽くおっしゃいますな...ラッセル様。うちの馬たちがおびえないのが不思議でなりません。」


「そこはもっと近くに自分がいるからね。」



 そう言って屈託なく笑う彼に、家令はただ苦笑を返す事しかできなかった。



 翌朝、夜明け前の薄暗い時間に起き出して、チーズとビスケット、ドライフルーツで食事を済ませた。

 日が昇る頃、ラッセルは家令と共に物見台の上で獲物を探索しはじめる。



「おあつらえ向きに、はぐれが数頭いますな。」


「とは言っても、それぞれに距離があるな...我々が獲るのはあのデカいの1頭だけで、あとはワイバーンにまかせるか?」


「またそんなことを気軽におっしゃる。少々火竜様たちと考え方が似てきましたぞ。まあ、今回はお言葉に甘えましょう。領民のため、肉はいくらあってもよいですからな。」



 誘導用に物見台へ一人を残し、一行は一頭のフィールドボアがいた方角へと移動を開始する。

 時折、物見台と鏡の反射を使って連絡を取り、自分たちの場所と獲物がいる場所とのズレを修正していく。

 やがて、自分たちの目でも背中が視認できた。

 簡単に役割分担を決める。



「4人はまずフィールドボアをつり出して、我々がいる方へ誘導する様に走ってきてくれ。こっちはセディと自分だけで十分だ。」


「承知しましたが...セドリック殿はともかく、ラッセル様は弓をお持ちになっていないではありませんか?」


「そこは大丈夫だ。いざとなれば剣でやる。」


「はぁ...剣で魔獣を仕留めたとは聞いておりますが。」


「信号魔弾が上がったら、フィールドボアから逃げる様に横へ散開するんだ。いいね? 巻き添えにしたくはないからな。」



 巻き添え...? と騎士の一人が家令を見たが、彼はゆるく首を振っていた。

 自分も知らない、好きにさせろと言う事らしい。



「さあ、頼むぞ。行ってくれ!」


「応! ゆくぞ!」



 騎士達が二人ずつ二組に分かれ、回り込む様に移動を開始した。

 やや遅れてラッセル達も動き出す。あえて風上にいるのは、魔獣の特性を利用するため。

 基本的に強い魔獣達は人間種を獲物と捉えている。野の獣とは違い、こちらの接近を知らせてやると、逆に向かってくるのだ。

 やがて、人間のにおいに気づいたフィールドボアがゆっくりと向き直り、4人の姿を視界に捉えると、猛然と走り出した。

 まだ距離はある。騎士達は落ち着いて馬首を返すと、並足で走り出した。

 やや距離が詰まると、今度は早がけにして距離を取る、そしてまた並足に落とす。

 フィールドボアはおちょくられていると感じたか、動きが乱雑になってきた。首を振り乱しながらよだれをまき散らして追ってくる。



「矢を射かけるぞ!」



 一組が早がけでさらに距離を取った。

 鞍から手早くクロスボウを外し、箙から矢を取り出してセットした。

 もちろん牽制ではなく、仕留めるつもりで狙いをつける。

 外しても逃げられるギリギリの距離まで引きつけ、引き金を絞り込んだ。



「ちっ! 散開!!」



 当たるには当たったが、フィールドボアが頭を下げたため、肩口辺りと背中に一本ずつ刺さったにすぎない。

 だが、その傷と痛みでフィールドボアはますます怒り狂乱する。

 フゴォッ!と鼻息も荒くまた走り出した。

 だが、矢を放った二人はそれぞれ横方向に逃げ出しており、フィールドボアが一瞬蹈鞴を踏んだ。

 そこにもう一組が放った二の矢が襲いかかる。今度は首筋に突き立った。

 フィールドボアの瞳が怒りで魔力を帯びて真っ赤に充血する。



「ブーストがかかった! 突っ走れ!」



 フィールドボアは完全に怒りで我を忘れた。

 人や竜の様に精度が高いわけではないが、肉体強化の魔法を施し、先ほどより勢いを上げて襲い来る。



「ラッセル様?」


「ああ。このままだと追いつかれるな。こちらからも進もう。」



 二人は馬の腹を蹴り、獲物へ向けて真っ直ぐに進み出した。

 やがて間合いが整ったが、家令は距離がありすぎるのではと危ぶんでいる。

 ラッセルは馬を落ち着かせ、深呼吸を3回繰り返した後、左手を斜め前に上げ、そこに右手をつがえた。

 そして小さくつぶやく。


「bow and arrow...」


「な!?」



 家令の眼前に現出したのは紫を纏った長大な弓。

 矢の先端は炎を纏い、全体が紅い魔力に包まれている。

 そのまま左手を伸ばし落としながら、弓を引き絞る。



「セディ、散開させろ!」


「は!」



 勢子達は前方に信号魔弾が上がったのを見た。

 フィールドボアは至近距離に迫っており、いつもの様に頑丈な狩猟網を広げて左右に散開した。

 網はすぐに手放され、フィールドボアが狙い通りに足を絡ませ転倒する。



「Heat Over...Fire Arrow!」



 炎を纏った魔法矢が放たれた。

 獲物が爆散しないように火力は最小限に落とし、代わりに鏃にあたる部分を過熱させる。

 魔力は速度を上げる方に多く振ってある。



「紅き閃光!?」



 本来ならば放物線を描く様に矢は放たれるもの。

 だが、家令が見ているのはフィールドボアへ向かって真っ直ぐ襲いかかる矢という、重力を無視した芸当。

 魔法矢の類いも、放つイメージに引きずられ、術者から離れる事に伴って生じる魔力の低下で、距離が空くと落ちていくことが多いのだが、これはそんなものを完全に無視している。

 見守っていると、フィールドボアはそのままの勢いで数歩走り続けたのち、静かに崩れ落ちた。



「いやはや...もうこの言葉も何度目の繰り返しでしょうかな? 恐ろしい技を身につけましたな。 弓術は我が友の? 威力は比べものになりませんが。」


「ああ。あの長弓のイメージが一番しっくりきたんだ。」



 リリースと小さくつぶやくと、魔力で作られた弓は淡い光と共に消えた。

 離れた場所では、斃れたフィールドボアへと、騎士達が近づいていった。

 絶命しているのを確認した後、こちらへ向かって大きく手を振っている。

 その姿は興奮を隠しきれていない。



「脳天に一撃だぜ! すっげー!」


「なんだったんだ...あれ...頭に焦げた穴しか残ってないぞ。」


「いいじゃねぇか! なんだって! 我らが侯爵家長男は最強! それでいいんだよ!」


「おら、てめぇらはしゃいでないでさっさと血抜きすっぞ。」



 その後、四頭ほどをワイバーンが仕留め、火竜城経由で炎竜イグニスが侯爵邸へ転移させた。

 料理人だけではなく、ギルドや肉屋からも応援を頼んで大騒ぎしながらの解体作業となった。

 落としたてだからまだ肉は硬い、保存庫に入れておけば、祭りの時にはちょうど熟成して食べ頃になるだろう。

 侯爵家から領民への、ささやかな贈り物だ。






 ◇




『レティ~? 大猟だったみたいよ? 試作を急ぎましょ!』


「後は子供向けだけなんですけど...甘い肉というのもどうかと...やはりミートパイ?」


『うーん...お料理は食べる以外苦手なのよねぇ。 あら?大地竜のおじいさまからだ、珍しい。 これ! ちょっとレティこれ見て! レシピ!』


「なるほど、これはスパイスの配合で大人向けにもなりますね。肉の種類も選ばないし。フレア、早速試作しましょう。」


『ふふん♪ レティならもっと美味しくするでしょっ、まかせたわよ。』


「はいはい。」




お読みいただきありがとうございます。


ストックがつきました... orz

次話は気長にお待ちください。

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