第三十九話 縁(えにし)
Great oaks from little acorns grow.
「しゃっ!」
「おっと。」
ギャリンッと耳障りな甲高い音を立てて、白い燐光をまとう曲刃をラッセルが愛剣で受け流して防ぐ。
クローショーテルとでも言うべきか、バイオレットの魔力をマテリアライズで硬質化させた大型の爪。
下手な剣で受けては、それ自体が両断されかねない。それを魔力を流して強化した愛剣でいなし、くるりと手首を返して巻き込む。
本来であれば、そのまま相手の剣をからみ飛ばせる動きであるが、バイオレットは瞬時にリリースし、刃そのものを消し去ってかわす。
口角を上げた彼女だが。
「つうっっっ」
「自慢げにして、次に備えないのはダメだよ。残心残心。」
刃を消し去り安心したところを、峰打ちで叩かれた。
ショートソードであれば、つばが防いだ可能性はあるが、生憎と物質化を解いてしまえば、無防備な手首と指先が露出するだけ。
ラッセルが本気だったら、バイオレットの手首から先は無くなっていたはず。
彼女は顔をしかめながら手をぷるぷると振って、痛みをごまかしている。
その動きからして、骨に異常はないのだろう、耳を伏せ逆に口はとがらせた。
「ラスティ、そもそも猫人の速さをブーストなしに軽々と上回る貴方も師匠もおかしいんですよ? だけど護拳を何か考えないといけませんね。」
『もっと熟達すれば、ナックルガードとクロー、二つ展開できる様になるんじゃないかしら?』
フレアがバイオレットの手を回復魔法で癒やしながら解決策を提示する。
痛みが和らぎ、ほんのりと暖かさを持った魔力がバイオレットに伝わってくる。
「どれだけかかることやら。」
『レティたちなら、半年も修行すれば…たぶん?』
「なぜ疑問形なのですか。(笑)」
『なんとなくそう思っただけだもの。』
口をとがらせるフレアを見やったあと、火竜女王がラッセルに向き直り感心した様に言う。
『それにしても、その剣は魔力の浸透性が高いの。使っている間は恐ろしく強度と切れ味が増しておる。』
「師匠から賜った剣ですが、細かい事はわかりません。東方の技術とはおっしゃっていましたが。」
『ふむ、東方か...大地竜のじーさんなら何か知っておるかもな。あのじーさんはそっちに巣があるからの。』
この言葉を受け、ラッセルは剣身をじっと見やる。
この国の剣とは違い、波打つ様な紋様が見える。
2段階の焼き入れをうまく行うと、似た様な線が入るとはギルドの鍛治に聞いた事はあるが、ナイフならともかく、剣となると強度のばらつきが出て、なかなか使えるものにはならないとも言っていた。
(これで試し打ちと言うのなら、真打ちはどれほど…)
その向こうに、面倒見が良かった師匠の顔が思い浮かぶ。
◇
「力にとらわれるんじゃねぇ。自在に動けなくなる。相手の意思を読み、感じ取れ。常に先んじるんだ。」
年端もいかぬ子供に、後の先などよくも教え込んだものだと思う。
体術の師から身体の使い方は仕込まれていたものの、それをフルに使わされ、応用を常に考えさせられ、普通の流派なら目録ものの技術をたたき込まれた。
数年がたち、そして訪れた別れの日。
「剣士として伝えるべき事は全て済んだ。あとは手前で昇華させろ。改良するもヨシ、無駄だと思ったら切り捨ててもかまわん。お前は弟子ではあるが、流派を継ぐ者じゃねぇからな。」
そう言い捨てて、歯を見せてニッと笑った。
「いつか、どこか旅の途中でまた会ったら、酒でものもうや。その時は、お前の生き様を教えてくれ。」
「お酒がいける口になるかはわかりませんよ?」
師がキョトンとした顔をしている。
だが、すぐに崩れた。
「がっはっは! あの親父殿の息子だ。そんな事にゃあなるめぇよ。 もしそうなったとしたら、そうさなぁ...故里の甘味、汁粉でも作ってやるさ。」
そんな会話の横から、声がかかる。
「世話になったな。友よ。」
「なぁに、見所のある弟子を生き延びさせてぇのはおめぇだけじゃねぇ、こっちも同じだ。あとは頼んだぞ?」
トンっと胸を裏拳で叩かれた。
その手をがっしりと家令がつかみ返す。
「ああ、まかせてもらおう。」
「嬢ちゃん、おめぇさんもしっかりやれよ! 朴念仁の相手は大変だぞ?」
意味ありげな貌とともに放たれたその言葉を聞いたバイオレットが、頬を真っ赤に染めてうつむいた。しっぽがせわしなくくねっている。
それを師匠二人はニマニマと笑って見つめていた。
◇
懐かしそうに、うれしそうに剣を見つめる良人に、不思議そうに首をかしげてフレアが問いかける。
『だんなさまのお師匠様って? どんな人だったの?』
「修行中は鬼の様な人でしたよ...ただ、一日の修行が終わると、やたらと子煩悩な人でもありましたけどね。私なんて、ひざの上に乗せられて、ずっと頭をなでられてました。また絶妙な力加減で触ってくるんですよ、あの人。」
どう答えたものかと難しい顔をしたラッセルに代わって、バイオレットが答えた。
『ふぅん...お母様みたいな人ね。』
「...ああ、確かに言われてみれば。」
二人がクスクスと笑っているのを横目に見遣り、ラッセルは北の空を見上げた。
師匠は北の地へと旅立っていった、運が良ければ氷竜を訪ねる旅のどこかで会えるかもしれないな。
その時は、かなわないまでも手合わせを願おう、自分より強い剣士と会う事は少なくなった、今の自分の力量を測るにはうってつけの相手だ。
だが、甘ったれたこと言ってんじゃねぇぞと言われそうだな、とそんな事を思った。
「レティに出会い、師匠たちに出会い、友と出会い、竜たちと出会い、妻(予定)まで得た。縁とは不思議なものだな。」
そうつぶやいた背後から、むにょんと大きく弾力があるものが押しつけられてくる。
どきまぎしていると、しなやかに腕が巻き付くと共に、耳元で蠱惑的な声でささやかれた。
『これもまた、縁がもたらしたものよな?』
『ああー! お母様ったらずるい!!』
『ラッセルは、わらわとも子は作れるはずじゃぞ? 一族も増やせるし魅力的な男を放っておくのももったいなかろう? わらわとて、ここに 』
火竜女王は、言いながら下腹部をゆっくりと円を描く様に撫で、最後に反らせた指先でとんとんっと叩いた後、ついっと下からなぞり上げた。
心なしか、一瞬伏せた瞳は蕩けている様にも見える。
『 オトコを迎えた経験はないゆえ興味はある。』
『だーめー!!! 色気じゃお母様に勝てるわけないでしょっ!』
(ふふんっ♪)
『レティ? なんか余裕ね? 不穏当な事考えてない?』
フレアのその声に、バイオレットは片方の口角を上げて応えた。
『なんかヤバい気配するっ!? だんなさま今すぐわたしのおっぱいを育ててくださいっ! 好きなだけお揉みに゛っ゛っ゛』
器用にもしっぽだけを竜に戻した火竜女王から、フレアが盛大に張り飛ばされた。
『ちょっとは言い方を考えんか、バカ娘。』
流され体質、ラッセルの運命はいかに。