第三話 残された者は
「無事、出立されたとの事です。」
「そうか。」
「隊長によれば、冒険者仲間が親バカとつぶやいていたとのよし。同感ですな。」
「そんなに責めるな。我が妻の血を引く、唯一の子なのだぞ。」
養子の嫡男は、そんな主従を微笑みながら眺めている。
血と言うだけなら、自分もまた血縁なのだ、気にするほどの事でもない。
もしもではあるが、兄と自分の子供が将来結婚できれば、血筋は元に戻るのだ。
そのために、兄の貴族籍は抜いていない。
カランと、溶けた氷がグラスの中で音を立てた。
「やりすぎは禁物でございますよ。過ぎたるは猶及ばざるが如し、です。」
「ああ、ありがとう。」
差し出された、燻製とチーズが乗ったディッシュ。
表情から思考を読まれたか、とその言葉へと礼を述べる。
「旦那様もどうぞ。」
「うん? 今日はお前だったか?」
「少々つらいものがありましたので、変わってもらいました。」
本来ならば侍女ごときがこの様な会話を家の主人と交わす事はない。
それも、この室内と面々であればこそ。
「そうか、では「旦那様」」
遮られた声、そして予想された言葉。
姿勢を正し、不動のまま告げる。
「お暇をいただきたく存じます。」
侍女は深く頭を下げた。
「……お前もか。」
深く長く吐かれたため息に、もう一人の息子はくつくつと笑っている。
「どうせ止めても行くのだろう? 何がつらいものがありました、だ。もとよりそのつもりのくせに。」
指先でトントンと肘掛けをたたく。
およそ貴族のやる事ではないが、これはあきれたときに見せる、この男の癖である。
「無駄な時間は省こう。暇乞いをする必要はない。お前に影としての役目を与える。あやつと共に行くがいい。」
「かしこまりました。感謝申し上げます。」
あらためて深々と頭を下げる黒髪の侍女に、これまた家令から声がかかる。
「頼みましたよ。」
「承知です。師匠。」
暗部を統べる頭領からの言葉。
主従双方から認められた事に、仄暗い喜びを感じた。
「やれやれ、ここにも過保護がおったわ。」
にっこりと笑顔を浮かべ、今度はカーテシーで返す。
「では、行ってまいります。」
「その前にお前も一杯飲んでいけ。」
グラスを目の前に掲げた雇い主。
ジト眼で見る先には、満面の笑顔で新しいグラスに酒を注いでいる我が師がいた。
「まったく、どいつもこいつも。なんで浮かれていられるんですか。」
意外と口が悪い侍女であるが。
「それとは別に、あとで分けてもらいますよ。」
「「「おい!」」」
侯爵家。
結局は似たものの集まりである。
短めですが、今日はここまでです。