第三十八話 小さなお客様
Make hay while the sun shines.
「フレアお姉さまっ! お招きありがとうございます!」
転移の魔方陣が消えるなり、バーミリオンが飛びついてきた。
猫人たるバイオレットのお株を奪う様に、頭をうりうりとフレアのお腹に擦り付けている。
『こら、ミリィ? 髪が崩れるわよ。おやめなさい。』
「いーやーでーすー」
『んもぅ。』
言葉とは裏腹に、その表情は緩みっぱなしのフレア。
人払いしての、室内からの転移ならば問題は少ないとみて、辺境城から呼び寄せた。
ラッセルが火竜女王を見やると、やはりと言うべきかうなずいていた。
城ではいくつか怪しい動きが見える様だ。あとは火竜女王と手の者に任せようと、バーミリオンを抱き上げ、バイオレットを見やる。
彼女が紅茶を入れている間、バーミリオンはそわそわとして落ち着かない。
この少女もまた、しっかりとバイオレットに餌付けされている。
「さぁどうぞ。召し上がれ。」
「わぁい! 」
言うが早いか、焼き菓子を頬張っている少女を見て、バイオレットはゆっくりとしっぽをふる。
(レティもご機嫌だな。)
と、それを見ながら付き合いの長いラッセルは正確に見取った。
横手から声がかかる。
『お前たち、豊穣祭とやらは参加するのであろう?』
「そのつもりですが、義母上たちはどうされます?」
彼女はしばし考え込んでいたが。
『それはフレアだけでよかろう。何人か使用人を連れていくがいい。念話で警護も堅いものになるであろうよ。不埒者は必ず出てくるはずじゃ。王都とやらでもいくつか潰しておる。』
ラッセルはぽかんとした表情になった。
バイオレットはやっぱりかーとばかりに首を振っている。
『なに、予想された事であろう? 不心得者はどこにでもいるものよ。 森の結界を抜けてここに至る事などできぬであろうが、外の世界では何があるかわからぬ。』
「お祖父様達と父は…?」
『先日こちら…と言うか、自領に向けて出立しておる。従兄弟達は到着まであと数日と言ったところか。あの二人が害される事はなかろう。むしろ婚姻の申し込みの方が面倒くさい事になるであろうな。』
くつくつと笑う火竜女王を見て、バーミリオンをのぞく三人が、あー…とばかりに顔を見合わせる。
事実、王都では釣書絵師がキャパオーバーで忙殺されている。
『ミリィの相手は、わらわがしっかり吟味するから安心するが良い。』
ニタリと笑った火竜女王を見て、バイオレットは顔と耳を伏せた。
「くわばらくわばら…」
◇
「兄さん。明後日にはうちの領都に着きそうですね。」
「ああ、ちょっと一休みさせてもらうが、かまわないよな?」
「もちろんですよ。ただ、あちこちうるさそうです。」
「…だよなぁ。家を継がないと言う条件があってさえ、ラッセル狙いの女どもと家は多かったってのに。いきなりフレア様と婚約だものなぁ。」
船で運河を遡上しながら、実の兄弟が会話している。
二人とも、適齢期ではあるのだが、婚約者はいない。
それぞれの領を取り仕切れる領主夫人となると、武も知力も相当なものが要求される。
だが、爵位は高かろうとも、武辺者の所へ来たがる女性などそうはいないのだが、さすがに今回の事で、国内だけではなく隣国の王族や貴族までもが色めき立っているらしい。
あくまで火竜達が庇護するのはラッセルとバイオレット(とバーミリオン)であるのだが、情に訴えればと考える者は後を絶たない。
そこもまた考え違いで、火竜は降りかかる火の粉を払い落とすのと、調停者として必要がある時に力を振るうだけで、あちらこちらにケンカを売りに出るわけではないのだ。
「学園の同級生とやらが増えましたよ。」
「…親戚も増えそうだな。」
「ま、いきなり増えた者など信用に値しません。今まで付き合いのあった者を大切にしましょう。」
「そうだな。」
◇
「すまぬ。待たせたか? 小うるさい輩が多くて手間取ってしもうた。」
「いえ、心中お察しします。義父上。」
早朝の王都外門。辺境伯と侯爵の義親子の一行が合流した。
炎竜により、転移で来都したため、長距離を移動できる馬車の手配に手間取っていたのだが、結局は国王と宰相が軍用の物を手配した。
この程度の事など、これからの事と件の伯爵の件を鑑みれば安い物よ、とは王弟の言。
それでもすったもんだあったのは言うまでも無い。
見合いの申し込みやら、会合の誘いだけならまだしも、会った事もない親類縁者が増えたのは、二人とも苦笑い。
さすがに、隠し子と言い張る輩は官憲にしょっ引いてもらった。
「さあ、子供達はそろそろ向こうへ着く頃だろう。我らも帰って湯に浸かろう。たまには付き合え。」
「そうですね。男六人で風流に紅葉酒としゃれ込みますか。」
顔を見合わせてニッと笑うと、それぞれ馬車に乗り込んだ。
さすがに強行軍ではないが、それでも二週間ほどの旅程となる。
炎竜との邂逅で、息子達がどれだけ成長しているか、それを楽しみにしながら三人は出発した。
いつもながらの日常回です。