第三十四話 訓練
Try something new.
『ラッセル、そろそろ次の段階へ進む事にしよう。』
「次、とは?」
火竜城より、やや下った場所にある、ガラ石が転がった広場。
そこで二人が対峙する。
ラッセルはいつもの冒険者服ではあるが、外套は纏っていない。
火竜女王はなぜかタイトスカートにヒールと言う場違いなスタイル。
お約束の様に、組んだ腕が母性を持ち上げ強調している。
『フレア。レティの周りに結界をはっておけ。』
『はーい。』
フレアが頭の高さほどに片手を上げ、くるんと指先を回す。
バイオレットの頭上に紅いリングが現れ、フレアの指の動きに合わせすっと下まで下りると、半透明な薄紅色のドームに彼女は包まれた。
『ちょっと我慢しててね。この辺り一帯は酷い事になると思うから。』
「(コクコク)」
竜たちがそう言うのならそうなのだろう。
冷や汗をかきつつも、バイオレットはうなずいた。
その手には軽食と飲み物を入れたバスケットが抱えられている。
『さて、兄上の力を取り込んだ事で、そなたの魔力の澱みは取り除かれ、見た目の魔力量も増えた。』
「はい、今は貴族平均より少し少ない程度の様です。」
『今ならば貴族として大手を振って戻れるだろうが、そなたらは大事な家族。それを手放すつもりはないからの?』
「義母上、ありがとうございます。」
その返答に、満足そうに細かく何度も火竜女王はうなずく。
ラッセルは照れ笑いし、バイオレットは静かに微笑んでいる。
フレアは。
『だけどね、その次があるんだけど、今はまだ、だんなさまだけでは出来ないの。』
と、腕に抱きつきながら彼を見上げていた。
今日の彼女は動きやすそうなワンピース。
バイオレットは侍女服が一番落ち着くと、そればかりである。
『フレアが王宮で見せた様に、魔力には純度がある。』
「はい」
神妙にうなずく彼に、火竜女王は気安く続けた。
『我ら竜はそれを解きほぐす事ができる。その意味では純度と言うより、濃縮度といった方が理解しやすかろう。』
「確かに、その方がしっくりきます。」
バイオレットも納得顔をして聞いている。
『レティを高位種族と言ったのも、そこらの猫人よりは、魔力が高濃度なのを見て取ったためよ。』
こちらを見て告げる火竜女王に、今度は猫だましをくらった顔になった。
『ふっふ~驚いたでしょ?でしょでしょ?レティ?』
「え、えぇ…」
『だがな、今はまだ人族にそれを解きほぐすことは出来ぬ。』
二人がやはりそうかと落胆する。
だが、希望はあると言う事なのだろう。
そうでなければ火竜女王がわざわざ次の段階などと言うわけがない。
『だが、我らを介せばそれが可能。一度解きほぐす感覚を体験してもらおう。フレア?』
『はぁい。』
フレアが後ろからラッセルへ抱きついてきた。
ぐりぐりと頭を擦り付けている。
『うへへ…』
「…ちっ」
『バカ娘。ちゃんとせぬか。』
渋々と離れたフレアは正面にまわり、ラッセルと両の手をつなぎ、にぎにぎと感触を確かめている。
『ラッセル、左手から自分の感覚で良い、1と思う魔力量をフレアに流せ。』
その言葉に、魔力を練る。
体内の中心を循環させ、定まったら左手に持っていく。
師匠に教わった、気とやらを剣に流すイメージ。
『ほう? 上手いもんじゃな。』
『これがだんなさまの魔力…身体の奥が疼きます…はぁ…んっ…』
顔どころか、首筋から胸元まで真っ赤にして、フレアが内股でもじもじしはじめた。
それを見た火竜女王がすたすたと歩み寄り、すぱーんっと頭をはたいた。
『気持ちいいのはわかるが、まじめにやらんか、バカ娘。』
「ラスティ? あとでレティお姉ちゃんにも お ね が い ね?」
笑ってはいるものの、バイオレットの圧に冷や汗が出てくる。
背後に全身の毛を逆立てた黒猫が見えた。
『ではだんなさま、受け取ってください。私の愛も込めてますっ』
『アホ…』
右手に、フレアから大きな魔力が送られてくる。
どのくらいの大きさかはわからないが、少なくとも自分が送ったものの倍以上はある。
不思議な事に、魔力の中に熱を感じる。
『ざっと元の4倍と言う所じゃな、さすがに人の身で竜ほどの純度はもたん。フレア、手を離せ。』
『う~…もっとぉ…『あ゛ぁ?』』
ドスの効いた母の声に、渋々とフレアが未練がましそうに手を離す。
ラッセルの右手には、熱を持った魔力が残ったまま。
『さ、その魔力を使って、魔法を放ってみよ。我らと相性の良いファイヤーボールかファイヤーアロー辺りでよかろう。』
軽くうなずくと、20メートルほど先の大岩に狙いを定めた。
右腕を振りかぶる、投擲系はお手の物だ。
「ファイヤーボール!」
魔力の塊に着火して投げるイメージ。
紅い魔力..?
そう思った瞬間に直径1メートルを超える火球が目の前を飛んでいった。
火竜女王が4倍と言ったのは比喩でもなんでもなく、普通のファイヤーボールと比較すると、それくらいの大きさがあった。
「「え…」」
呆然とするラッセルとバイオレットの視線の先には、大岩にからみつき、飲み込み焦がさんとする火球があった。
火竜女王がぱちんと指を鳴らすと火球が消えた。
フレアが小走りに大岩へと寄っていき、振り返る。
手を腰に当て、フンスッと胸を張って仁王立ちだ
『だんなさまとわたくしのっ! はじめての共同作業ですっ!』
『本当に性格変わってしもうたのぅ…まあよいか。どうじゃ?ラッセル。』
「どうもも何も…」
『安心するが良い。これがそなた本来の力。次の段階とは、これを自分だけでやらねばならぬ』
「ですが、人の身では解きほぐすことは出来ないのではなかったのですか?」
『うむ。普通ならそなたの言うとおりであるが、それを可能にするアイテムがある。』
「アイテム…? アーティファクトでも?」
『フレアよ、渡してやれ。』
『はい、お母様。』
フレアが、見覚えのある箱を転移させてきた。
中にあったのはやはりと言うべきか。
「これは、義叔父上の宝鱗ですか?」
『これは兄上の身体、魔術経路そのものと言っても良い。身につけていれば、我ら同様に魔力を解きほぐしてくれるはず。試してみよ。』
ラッセルは別の岩に向き直り、魔力を練り固める。
左手に持った宝鱗がほのかに熱を持った。
そして右手に魔力を集中させたあと、解放し投げるイメージを持つ。
今度はファイヤーアローだ。
「「なっ!?」」
矢どころではない。
馬上槍と見まがわんばかりの炎が大岩に突き刺さり、爆発する様に弾けた。
大岩も粉々だ。
『さすがわたくしのだんなさまっ!』
『ほう? やはり兄上の宝鱗であれば相性が良いと見える。効率が少々上がったな。』
ラッセルとバイオレットは、先ほどよりも驚愕している。
人の気など知らず、ケラケラと愉快そうに笑う火竜女王であった。
魔法の放ち方も人それぞれに特徴がありますが、この世界で一番多いのは、手や指先に魔力を変化顕現させてから放つタイプです。
ラッセルは投擲術を極めているため、魔力塊を投げつけ途中で変化顕現させるタイプと相性が良いのです。
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