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第二話 ギルドへ

 

「まったく、ワシには過ぎた息子だったな。」


「何をおっしゃいますか、旦那様に似ただけですよ。」


「買い被ってくれるな、ワシはあやつほど領民に愛されてなどおらぬ。」



 主従ふたりで目元を緩め、窓越しに門を見やると、使用人一同から見送られている息子が見える。

 義弟とコツンと拳を合わせた後、こちらを見上げて片手をあげた息子に、同じ様に片手をあげる。

 家令はすっと礼をし、一拍の後頭を上げた。

 表情が見えたかどうかはわからないが、今はかえってこの距離がありがたい。

 壮年と初老の泣き笑いの顔など、見てもいいものではないだろう。


 わぁっと歓声が聞こえた後、街の中心部へと息子が歩き出す。



「今日は仕事はなしだ、付き合ってもらうぞ、友として。」


「承知いたしました。」


「おい?」


「はいはい。わかったよ。」


「わかったらグラスを二つ持ってこい。とっておきを開けるぞ。」


「ああ、氷と肴を用意するからちょっと待っ…使用人があれではちょっとかかるな。」


「それもそうだな。ひさしぶりに干し肉で飲るか?」



 ひとしきり笑った後、あらためて見やると、使用人たちは歩き去る息子をじっと見守っている。

 まったく、みんな過保護だな。

 他人の事は言えないか、と魔導通信具を起動する。



「ああそうだ、そっちに寄るはずなのでよろしく頼む。」



 もう一人の友へと、息子を託すために。











       ◇




 領主館を出た後、しばし歩く。

 途中で道は大きくクランクを描く。

 角とそれぞれの突き当たりには石造りの建物が置かれ、破壊して直進するのも難しくなっている。

 辺境伯で抑えきれない襲撃者はここで蹈鞴を踏む事になる。

 もっとも、隣国が攻めてくることはまずない。

 北の国境近くには魔物が住む山があり、そびえ立つ山脈は天然の防壁となる。

 現実的な辺境伯の役割とは、魔物から民を護る事、そしてこの侯爵領は後詰めと避難先を目的としている。

 それ故、南西に広がった草原は避難民を迎え入れ、王都からの援軍が詰められる様に整えられている。

 時折、はぐれの魔物が入り込む事があるが、それが良い緊張感を生み、領兵と冒険者の経験値を上げるのに一役買っている。


 直線に入ると、広場が見える。

 一本横に入ると、メインストリートよりは狭い道の両端に、屋台が立ちならぶ。

 朝市は終わっているが、そこで仕入れた材料でそれぞれが自慢の料理を仕込んでいる。


 南に行けば海はあるのだが、馬車でもかなりの日数がかかるので生魚はない。

 乾物以外の海産品は、商人に頼んで凍結魔法で仕入れてもらうしかないのだ。


 それでも焼きたてのパンの香りがして、いやがおうにもこれからの活気を予想させる。

 この雰囲気がとても好きだし、景気を確認するにも都合がいいのでここをよく歩く。



「よう、食べていくかい? すぐ焼くぜ?」



 青年が歩いてくるのを見て、仕込みの手を休めたなじみの串焼き屋が声をかけてくる。

 ヒザを悪くするまでは冒険者稼業を続けていた店主。

 今は後輩を指導しつつ、獲物を狩ってきてもらっている。

 よほど高い価値のものでなければ、ギルドを介する必要もない。

 ギルドとしても食肉程度で解体に手を取られてはやっていられない。

 そして、肉屋は解体の手ほどきもやってくれる。

 それは遠征を伴う依頼において必要となる技術でもあるので、指導のもと自分で解体する冒険者も多いのだ。

 青年も、そんな中の一人。



「今からギルドに行かなきゃいけないんで、あとで寄るよ。」


「そうか、しゃあねぇな。いいトコとっといてやるから、絶対来いよ。」


「ああ、楽しみにしてる。」



 にかっと笑う店主に微笑み返したあと、踵を返す。

 尊い…なんて声がどこかからしたが気のせいか?


 また広場に合流すると、右手に冒険者ギルドがある。

 その正面には商人ギルドと薬師ギルド。

 この広場に来さえすれば、大抵の事は間に合う様に作られている。


 スイングドアを開き、中へ入る。

 夜は外側の扉を閉めてしまうが、それでも詰めている者はいる。

 魔物も緊急事態も、人の都合など知った事ではないのだ。


 明かり取りから差し込む光に、ホコリが透けて見える。

 いくら掃除をしても、すぐにホコリまみれの冒険者たちがドカドカと入ってくるのでいたちごっこだ。

 これもまたいつもの光景。

 ふっと息を吐いてから受付へ向かう。



「冒険者ギルドへようこ…そ?」



 書類に目を落としていた受付嬢が顔を上げて、やっちまった!と言う表情。

 半開きの口元には小さなほくろがあり、ライトブラウンの髪を後ろで束ねてハーフアップにしている。



「やあ、マスターはいるかな?」


「はははい、承っておりますのでこちらへどうぞ! ギルマスぅ~いらっしゃいましたぁぁ~!」



 椅子を蹴倒し、慌てふためて走り去る受付嬢をジト目で追いながら、隣から声がかかる。

 こちらは泣きぼくろがある、肩までのブロンドのおっとりとした女性。



「申し訳ございません。応接室はご存じですよね? そちらへお願いいたします。」


「相変わらずだね。まあ、そこが皆から好かれているんだろうけど?」


「でもあのままでは独り立ちさせられません。」



 小さく肩をすくめ、あきれた様に手を広げたあと、二階への階段を指し示すベテラン受付嬢。

 あまり詰めない様にね?

 と、軽く手を振りながら勝手知ったる廊下を進み、応接室の扉を開ける。



「あーっ!? 案内が先だった!!」


「バッカヤロウ!!!」


「こっちで通しておきましたよ~ お茶を用意してね~」



 漏れ聞こえてくる、騒がしいやりとりもギルドの日常。

 と、また口元がゆるむ。

 張り詰めているばかりでは、いずれどこかが切れてしまうと師たちは言っていた。

 粗忽者でもクビにしないのは、ギルドマスターがそれをわかっていて緩衝材にしているのだろう。

 待合室にいる仲間たちも、またかと大笑いしている。

 何より、あの底抜けの明るさに皆が癒やされているし、意外にも書類仕事にミスはないのだ。



「すまなかったな。」


「いつもの事じゃないですか。」


「そうは言っても、あいつも3年経ってもう19才なんだぞ?」



 目の前で、初老ながらも恵まれた体格を縮こめながら頭を下げてきたギルドマスター相手に軽い対応をする。

 父の友人でもあり、一時期は従者をしていたらしい。

 こんなかしこまった仕事は無理だと、家を継ぐ必要もないので冒険者に鞍替えしたとの事。


 小さく笑って、出されたお茶を飲む。

 荒くれ者の根城らしく、大ぶりの頑丈なカップ。

 たゆたう香りは鎮静効果のあるハーブティー。

 ほっと息を吐く。



「こんな美味しいお茶を調合し、いれてくれる女性ですよ?」


「それはそうなんだがなぁ。おぅ、そういやあいつからも餞別で薬と茶葉だとよ、道中使ってくれ。」



 ぺしぺしと薄くなった頭をたたきながら、まんざらでもない笑み。

 彼女は孤児だったが、森の浅いところで流れ者の薬師に拾われ、この領に居着いたその老婆に育てられたらしい。

 そこで教わった知識から試行錯誤を繰り返し、今のレベルに達したとかなんとか。

 幼馴染に言わせると、何度か失敗して死にかけたらしいが、薬師の祖母にその都度助けられたと聞いた。



「ま、あのババァの弟子だからな、いざという時はやるからよ。」


「ですね。ポーションとまではいかなくても、よく効く傷病薬を作れるのは大したものです。」


「で、本題なんだが、もういいんだよな?」


「はい、今朝言い渡されました。」



 カップを強めに置き、ちょっと下を向いた後、ねめつける様に見ながら。ギルドマスターが続ける。



「まったく、おめぇらの一族はなんだって好き好んで貧乏くじをひきに行くかねぇ。」



 脳裏に浮かぶは、ごくまれに起きる魔獣の大発生に対処するため、領兵と冒険者を率いて先頭に立った先代侯爵の姿。

 返り血と自らの血にまみれながら、最後まで雄々しく立ち回った。



「これも性分なんでしょう。」


「簡単に言うなよ、まったく。 ほら、受け取れ。」


「ありがとうございます…銀等級?」



 目の前には黒みがかった銀のプレートと小さなバッジ。



「ああ、純粋な身体的戦闘力だけでこの等級まで上り詰めるなんて異常だぞ、お前。」



 コンコンと指先でテーブルを叩きながら続ける。



「さすがに本部でも問題になったが、結局は統括がお認めになった。闘技会の一件が決め手になったそうだ。」


「そうですか。」


「また簡単に言いやがるなぁ、普通は魔法も使わんであんな魔獣仕留められるもんじゃないぞ。」


「できたものはしょうがないじゃないですか。あの後何日寝込んだと思ってるんですか。」


「ったくよぉ…言うだけ無駄か。まあいい、とにかくお前は銀等級だ、辞退は認めん。嫡男という事もあって領主(おやじ)殿に依頼制限はかけられてたが、やってきた事は十分それに値する。」



 指先でつっとカードをなぞる。

 魔力を通し、個人認証をすませると、腰の道具袋のスリットに収納する。



「では、これで。」


「ああ、しばらく挨拶巡りすると言ってたか。」


「はい、墓参りと母の実家にも挨拶はしないと。」


「そうか、まずは辺境伯領だな。街道沿いなら問題とはないと思うが、気をつけてな。」


「ええ。」


「最後に伝言だ、北門から出る様に、だとさ。」



 怪訝な顔をする若者に、おっさんは片眼をつぶってみせた。











 ◇




「けっこうな量になったな。」


「ケッ、おかげでこちとら荷物持ちだ。」



 あちこちから押しつけられた餞別。

 悪態をつきながらも顔は笑っている友人と顔を見合わせる。



「まあそう言うな、帰ってきたら奢りで一杯やろう。」


「言ったな? 遠慮しねぇぞ?」


「これでもお前より稼いでるんだぞ?」


「ちげぇねぇ!」



 二人でまた大笑いする。

 駆け出しの頃、冒険者に貴賤もへったくれもあるかと言って、距離を置かれていた自分の肩を叩いてくれた友。

 こいつのおかげで、出会いにも恵まれた。



「さて、ここまでだな。」


「ああ、帰って来るんだよな?」



 こんな稼業に湿っぽいのは似合わない。

 生き抜けるだけ進み、力が足りなかったり、運が悪ければ死ぬだけだ。

 冒険者なんてそんなものと、常々からそう嘯く友は、つとめて明るく振る舞っている。



「当たり前だ。奢ると言ったろ?」


「ってぇな! ほんじゃ、それまで死ねねぇな。酒場の親父に貸しきりだと言っとくぜ。何年後かわかんねぇけどってな。」



 肩を突かれた友もまた、憎まれ口を叩く。

 そんな様子に片眉を上げる。



「そんなに待たせるつもりはないさ。」


「おーおー言うねぇ。その台詞、酒場の女たちにも言ってやれ。」


「それは使い道が違うだろ?」


「イケメンなら何言っても許されるんだよ! チクショウめ!」



 門番から声がかかる。



「こちらへおこしください! ご領主様から言付かっております!」


「今更か? 別れは交わしてきたんだがな。」


「あの過保護な親父殿だからなぁ。」



 二人してポリポリと頬をかきながら案内されると、大柄な馬がつながれていた。



「うへぇ…ほんとに過保護すぎんだろ、こりゃあ。しかも軍馬かよ。」


「お使いください、との事です。」



 何事にも動じなさそうなその様子からしても、領軍の軍馬として調教された事がわかる一頭。

 そこに魔物の皮で作られた頑丈な鞍が乗っている。



「辻馬車と、荷駄を借りて行くつもりだったんだけどなぁ。」


「いざとなったら捨ててでも逃げる様にとの事であります。」


「…あーあ…正真正銘の親バカだ。」






本日2話目の更新です。

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