第二十五話 宮廷
The die is cast. (Gaius Iulius Caesar)
「皆! 静粛に! 陛下のお出ましである!」
注目を集めるための鐘の音に続き、宰相の声が朗々と響く。
ここまで噂話と推測を交わしていた貴族たちであるが、玉座の近くにいる上位貴族たちから次々と口をつぐみ、礼をとる。
王族と近衛を従え、この国の王がこの場へと入ってくる。
近くにいる者には、衣擦れの音が聞こえる。
国王が出す緊張感に、こちらもまた引っ張られている。
(一体何事か。陛下がここまで緊張しているなど。)
まだ国王の表情をうかがう事はできない。
焦れながら、合図をただ待つ。
たっぷり時間をかけて見渡した、国王の手がすっと上がった。
「皆、面を上げよ。」
宰相から発せられた言葉。
慣れた者だけは、声が少しうわずっている事に気づいた。
宰相が疑念を持つ者たちを放置し、続ける。
いつもならば、ここで顔色を確認し、よからぬ事を考えていないか判断するのだが、今日はそんな事を考えている余裕がない。
誰かが何かを企んでいてとしても、これから現れる者たちが全て打ち壊すであろう。
国王と目配せを交わし、一度大きくゆっくり息を吐いた後、鋭く吸い込む。
「皆、よく聞くが良い!この国の北、国境線近くに火竜が住む山脈があるのは知っての通り!」
何をわかりきった事を宰相は言い出したのであろうか。
彼らから人を害しに来る事はないが、それはこちらからも手を出さないがゆえと言う不文律。
野盗や無謀な冒険者は帰ってこない事もあるが、それは自業自得という暗黙の了解。
居並ぶ者達はひとれぞれに差違はあれど、そんな事を考えていた。
「その火竜の王! 炎竜より昨夜布令があった!!」
シン...とした静寂の後、一斉にざわめきが上がった。
どこぞの愚か者が凶状をしでかしたのか?
何が竜の怒りを招いたのか?と。
そして誰かが気づく。
「フラム辺境伯はどうしたのだ! 彼の地は彼奴の領! この場におらぬとは彼奴が何かやらかしたのではないのか!?」
「そう言えばカーマイン侯爵もおらぬではないか! もしや縁戚で手を組んで攻め込みでもしたのではないのか!」
想定したとおりの反応に、国王、王弟、宰相の三人は小さくため息をつく。
宰相が続ける。
「その様な事実はない。 二人は今こちらへ向かっておる。 国境近くからここまでどれだけかかるか、知らぬ訳ではなかろう?」
声を上げた二人は口をつぐむ。
この両名はフラム家とカーマイン家に思うところがある様子。気をつけねばなるまい。
宰相はそう思った。
「宰相よ。ここから先は余が話そう」
「は。皆! 陛下からのお言葉だ!」
玉座に座るでもなく、一歩前へ出た国王が続ける。
この姿もまた異例。
「先に宰相がフラム辺境伯とカーマイン侯爵は関係ないと言ったが、それはこの国に異心がないと言う事であり、正確には少々違う。」
純粋に心配する者、興味があるだけの野次馬根性の者、二家に思うところがありて揶揄する者。
それぞれに場がざわめく。
「慶事ではあるのだが、事によってはこの国がなくなりかねぬ。余はそう考えておる。」
「陛下! それは一体!」
大声を出す南の公爵家当主を、片手を上げて制する。
いかに縁戚とは言え、今は邪魔をして欲しくない。
「炎竜には子がおるそうだ。」
隔絶した力を持つとは言え、竜もまた生物。別に不思議ではない、皆も国王は何を言い出すのかといぶかしんでいる。
だが国王は、この言葉が引き起こす衝撃を知っている。
すでに自分は通った道。
ゆえによどみなく告げる。
「その子をカーマイン侯爵家が長子と娶せる、と仰せだ。」
もう止められない。
茫然自失の者、隣り合う者たちと疑念をぶつけ合う者、竜と手を組んだ侯爵家が謀反を起こすのではないかと考える者。
そして欲深く卑しいことを考える者。
「こうも言っておった。不埒者は炎獄の炎で魂まで焼かれる、とな。ゆめゆめ、うかつな事をするでないぞ。」
また静寂が訪れる。
従えるワイバーンだけでも手に負えない脅威であるのに、その上の力を持つ火竜を束ねる王、炎竜。
その怒りを買えば、この国などひとたまりもない。
自らが治めている領地を焼き滅ぼす事など、彼らにとっては造作もないではないか。
静寂だけではなく、冷や汗と焦燥も伝播していく。
特にカーマイン家とフラム家に嫌がらせを続けていた家は恐慌に陥った。
告げ口をされたらお終いであると。
もっとも、当の二家当主にそんな考えはない。
嫌がらせをしてくる者など、元から自家に正面切って刃向かう勇気もない小物で、相手をするのも時間の無駄と考えている。
「そして!」
そこで、言葉を句切られる様に硬い金属を叩きつけた様な高い音が響いた。
「先触れか!?」
同時に叫ぶ。
昨夜と今朝とは違い、確実を期す様にキーンッ キーンッ キーンッと、長く3回鳴る。
そして玉座の上に光る文字が走る。
<これより推して参る。道を開けよ。>
呆然としている貴族たち。
いち早く我に返った王弟が叫ぶ。
「皆! 道を開けよ! カーペットから離れるのだ! 宮廷魔法師たちは道の両側に結界を張れ!!」
自国の貴族たちに危害が及ばない様にするためではない。
逆に不埒者が火竜一行に粗相をしないための処置。
騒然としながらも場は整った。
それを見計らったかの様に、入り口からやや入ったカーペットの上に、光の点が現れる。
「来る…のか、まさかこの様な方法で…」
口の中で国王が言葉を転がす。
外気を取り入れる様にしておいて正解だった。
それでもこの息苦しさはなんだと言うのか。
光の点が立ち入るなと言う様に円を描いて広がり、その上に魔方陣が描かれる。
魔方陣の端からは判別できない言葉の帯が回転し、円柱状に形を整えていく。
宮廷魔法師たちは言葉を失くし、この方陣が理解できないものかと必死で目をこらす。
◇
『おうおう、魔法師ども、目を皿の様にしておるのぅ。
演出のためにフェイクが入っているとも知らずに愉快愉快。』
にたりと、だが愉快そうに笑いながら、火竜女王は思念を娘に飛ばす。
さて、皆巧くやれよ。
宮廷編開始です。