第二十三話 その頃の王都
A generation which ignores history has no past and no future. (Robert A. Heinlein)
国王が目覚め、まだ思考が覚束ない時間。
昨夜は日が変わる頃まで重鎮たちの勝手な言い分を聞いて、疲れ果てて就寝した。
あまりにも寝付けず、睡眠魔法まで使ってもらったほどだ。
会議に出た者は、全員王宮内の客室に控えさせ、情報がリークしない様に手配した。
「どいつもこいつも、竜の意に逆らえると思っておるのか、馬鹿者どもが!」
さすがに一国の王。彼我の力量差はわかっている。
代々の国王にしか引き継がれぬ、秘事があるのだ。
だがそれを口にする事は許されぬ。
その眼前に、昨日見た光る文字が走る。
<本日正午 そちの宮廷へ向かう。>
「だれぞある! 至急支度せよ! 宰相を執務室へ呼べ! 弟もだ! 近衛は非番の者も全て呼び出して城内で待機させろ!」
血の気が引いていた顔が、逆に紅潮した、ぎりりと歯がみしながら浴室へ向かう。
洗面のため湯を出すくらいは誰かの手を借りる必要もない。
若き頃は戦場を駆け回った、今は拙速を尊ぶ。
宰相は自らの執務室横の仮眠室で寝ていたが、国王より身支度などどうでも良いから至急来いとうつつの中で伝言が届いた。
跳ね起きた。
こんな時は忖度する事なく、すっ飛んでいく方が良い。
長年の付き合いだ、それくらいの事はわかっている。
さすがに顔だけは洗ったが、寝癖もそのままに国王の執務室へと急いだ。
人払いされた国王の執務室、王弟は先に来ていた、こちらも目が赤い。
そして、特大の爆弾が落とされた。
「火竜が正午に来るですと!?」
「ああ、例の光文字で告げられた。」
「兄上、カーマイン侯爵家とフラム辺境伯家はどうなのです?」
王弟の言葉に、国王は力なく返す。
「領地は発ったらしいが、あの距離だぞ。運河を使い、昼夜兼行で馬車を走らせたとしてもどれだけかかると思ってる。」
それは睡眠すらも移動手段の中でとる事。
船はまだしも、辻駅ごとに御者と馬車を変え、わずかな休憩以外はただひたすら移動に費やす過酷な旅。
だが、彼らなら出来よう。
戦陣で鍛えた身体と精神は伊達ではない。
「来たとしても、我らの方に両家が付くか…?」
「正直分が悪いとしか。」
「で、あろうな…救いはあの二家はどこにも付いていない中立派であることよ。」
ただただ重いため息が吐かれる。
自らの役目は国を護る事。
どの勢力にも擦り寄らず、ただそのためだけに注力する。
そう言ってはばからない辺境伯。
その兵団は、他に並ぶ事のない結束力を誇る精強な集団。
不名誉除隊でもなければ、退役者にはそのまま武具が与えられ、領内の治安維持の一助を担う。
退役した老人も、平民もまた辺境伯家のためならばと、武器を取って戦う意思を持つ。
その後詰めを行うために、穀倉地帯を抱えた侯爵領のおかげで、兵站にもなんら問題は無い。
「とにかく、至急全登城の布令を出せ。緊急ゆえ鐘も鳴らせ、徹底させろ。」
「承知いたしました。」
「さ、暗い顔では我らの威厳もなにもあったものではなかろう。至急湯浴みをして、支度をしようではないか。」
三人とも、全身にべっとりと脂汗がまとわりついているのを自覚した。
だが、それでも国家の中枢を担っている自負がある。
みっともない姿を見せるわけには行かない。
(この地、この国が存続できるかどうかの瀬戸際ではないか! 不埒者には絶対に口を開かせてはならぬ!)
宰相は、思案に沈みながら、国王の執務室を出た。
◇
ざわざわと、何事かと相談する声がかすかに聞こえる。
二人でささやきながら話し合っていた者が、また一人もう一人と輪が広がり、ささやき声が普通の声へ。やがて喧噪となる。
高位貴族は落ち着いている様に見受けられるが、これは感情を表に出さない訓練を積んでいるにすぎない。
それ故、当主はともかく子息令嬢の眼には不安と、わずかばかりの期待がのぞく。
それは適齢期の王族がいるためであり、熾烈なけん制と謀略を繰り広げているからだ。
「父上? 何なのでありましょうか? 全ての貴族登城の布令などとは。聞いた事がないのですが。」
「わからぬ。聞こうにも宰相殿も陛下と一室にこもったままなのだ。」
もちろん自分とてそれなりに情報網は持っている。
影も含め、全てを使っても何もつかめないと言う事は、国王が完全なガードを敷いていると言う事。
西の隣国と開戦間近になった時でも、ここまで徹底されてはいなかった。
この国の南を治める公爵は、心の中で苦虫を噛みつぶした。
本日二話目です。
明日はちょっと短めですが、竜と人とをどう婚姻させるかに続き、書きたかった事の二つ目がはじまります。