第十八話 竜の城 - 贈り物 -
『さて、まずはバーミリオンを親の元へ連れて行くが良い。そこまでは送ってやろう。』
「またワイバーンですか?」
バイオレットの眉間にしわが寄る。
脳裏に浮かぶはドヤ顔の飛竜。
『いや、此度は転移を使う。火竜と飛竜が里に現れてみよ。領民が卒倒するぞ?』
「転移もあまり変わらない気がします…」
頭としっぽをふりふり、バイオレットが言う。
耳が伏せられた。
『城の庭園に転移するでの、あまり騒ぎにはならんじゃろ。』
「はぁ…竜に何を言っても無駄な事だけはわかりました。」
『そう言うな、帰る前にそなたにも渡すものがある。』
「? なんでしょう。」
『なに、我が娘の背中を押してくれた礼よ。』
微妙な顔になる。
感情のままに叫んだ事が気恥ずかしくもあり、悔しくもあるのだ。
『受け取って、バイオレット。必ず役に立つから。』
「しかたありませんね。この身には過分な事かと思いますが。」
『これに。』
静々と執事が持ってきたトレイに乗っていたのはチョーカー。
しかもご丁寧に鈴付き。
思わず、もう何度目かわからないジト眼になる。
「私が猫人だからって、これはふざけているのではありませんか?」
『まあ見た目でそう思うであろうが、これは魔道具。お主らの言葉で言えばアーティファクトじゃ。』
「!?!?」
『ラッセル、つけてやってくれぬか? サービスしてやれ。』
「サービスって、火竜女王。」
(いや確かにサービスかもしれませんけれども! レティお姉ちゃん困っちゃう!)
顔を真っ赤にし、ぷるぷると震えながらバイオレットは俯く。
ラッセルが手を離すと、チョーカーはひとりでにちょうどいいサイズへと変貌する。
苦しくないな、と思いつつ鈴に手をやるが。
「あれ?鳴らない?」
『それは魔鈴。耳に聞こえる音は出さぬ。お主が自分の位置を知らせたい時、そう思った相手だけに聞こえる。』
『ま、ラッセルだけでしょうけどね~?』
によによと笑うフレア。
逆に困った顔のラッセル。
「う゛ フ~レ~ア~?」
『もう一つ機能がある。元々はこちらが本命でな。』
遮る様に火竜女王が口を挟む。
『猫人の攻撃方法の一つとして、爪を使っての攻撃があろう?』
黙ってうなずく。
『このチョーカーは、ある程度魔力を物質化できる。マテリアライズと唱えながら、イメージするがよい。例えば、爪をナイフの様に長く伸ばし、硬く研ぎ澄ませるイメージよ。ほれ、やってみよ。』
右人差し指を前に伸ばしながら、火竜女王の言に従い、マテリアライズと唱える。
イメージは人の爪ではなく、猫の湾曲した鋭い爪。
指先から淡い光が伸び、白い爪が具現化する。
指の長さが倍になった様な感覚、いわば身体と一体化したショーテル。
振ってみても、なんら違和感を感じない。
『そなたは元々ショートソードの使い手。だが刃こぼれを起こしたり、血脂で切れ味が落ちた剣で戦うのは接近戦において不利となる。そうなった時の手段としてこれを使えば良い。そんじょそこらの剣とは強度も切れ味も違うぞよ。』
「指先は肉体強化魔法を使う必要がありそうですが、いいですね。ありがとうございます。」
『わかるであろうが、魔力切れには注意せよ? 解除は消えるイメージを持ち、リリースと唱えれば良い。熟達すれば、どちらもイメージだけで発動できる。』
「はい。承知いたしました。」
解除した後、カーテシーで返す。
いつもより深く、主を護る力を増してくれた事に感謝を込めて。
火竜母子も満足そうな笑みを浮かべている。
『さ、次はバーミリオンにもお土産じゃ。』
「え? もらっていいの? 女王様」
『娘と友達になってくれたお礼じゃよ。フレア?渡してやれ。』
『ふふ。ミリィ?ちょっとじっとしててね?』
「わぁ! ありがとうございます!フレアお姉様!」
胸元につけてもらったブローチを、執事が広げた鏡で見やる。
似合ってますかとはしゃぎながら、わぁいわぁいとメイドたちに見せてまわる。
やや薄いルビーレッドの中を、金色の光が揺らぎながら走る。
『それもまたアーティファクトとは言えないまでも魔道具のひとつ。状態異常には加護を与えているのでな、機能としては自動障壁展開じゃ。悪意を持った相手が触れようとすると、それらを拒絶する。バーミリオンが熟達すれば、相手を数メートル跳ね飛ばして、行動不能にする事も可能になるであろうよ。』
「十分アーティファクトの領域でしょう! はぁ…もう怒濤の展開すぎて…しかも竜がこんなに気安い存在だとは。」
『お主らは特別じゃよ。』
にっと笑った火竜女王。
上がった唇の奥には、短めの牙がのぞいていた。
猫に首輪をつけてみたりw