第十五話 竜の城 - その名は -
『さて、あらためて願おう。 娘に名を授けてはくれぬか?』
「では、フレア…ではいかがでしょう?」
彼女を見た瞬間に呼び起こされた想いと記憶。
それをただ素直に言葉にしただけのものではあるのだが、火竜公女は喜色満面、かつ頬が紅潮している。
『フレア!炎を思い起こさせる良き名前です!だんなさまありがとうございます! わたくしは今日からフレア! フレアです!』
天に突き上げた拳を胸元にもどし、そのあと指を組んで身悶えしながら小躍りしている我が娘。
火竜女王もまた、満足そうにうなずきながら、懐かしい記憶に思いをはせる。
『そなたの母…フレイアから一文字外したか、だが似合うな、良き名じゃ、礼を言う。』
「なぜ母の名を?」
目を見開く彼に、ふふっと彼女は小さく笑う。
その目には懐かしさと優しさが浮かんでいた。
『そなたの母、フレイアはお転婆でな、子供の頃に探検と称して森に入り込んできた事があるのじゃ。意外であろう?』
「あの楚々とした母が…」
『息子には良い顔をしたかったのであろうよ。そもそも辺境伯の娘なのじゃから、豪胆であっても不思議ではなかろう? 思えば、バーミリオン同様、あの時与えた加護も、そなたの存在に一役買っていたのかもしれぬな。もっとも、面倒が起こらぬ様、あの時は記憶が曖昧になる魔法をかけておいたから、わらわの事など覚えてはおらぬかったであろうな。』
火竜女王が片眼をつぶっていた。
彼女にその気が無くとも、世の男達にはたまらない貌をしている。
『さて、夜も更けた…続きは明日にしよう。寝酒でも飲んで寝るが良い、色々と思う所はあるであろうが、安心するが良い。そなたにとって悪い事はない。』
「はい、おやすみなさいませ。母上」
『ふふ、良いものだな。おやすみ、ラッセル。』
執事が扉を開け、メイドが主従ふたりを部屋まで案内していく。
「わたくしは、どうなるのでしょうか…」
思い詰めた声の侍女。
耳は力なく伏せ、尻尾もまた垂れ下がっている。
「レティをどこかにやるつもりはないさ、今までどおりそばにいてくれ。」
「…それは酷な言葉ですよ、ラスティ?」
主従は幼き頃からの愛称で呼び合う。
「でも、今はそれでいいです。レティお姉ちゃんは物わかりがいいですからね!」
垂れ下がっていた尻尾がいつのまにか持ち上がり、手をつなぐ様に右手首に巻き付けられていた。
先端はぴょこぴょこと動いている。
「それにしても…」
片耳をピッと後ろに回す。
『おっとバカ娘。まだ同衾はさせぬぞ。』
『はなしてー! お母様ー! ばかー! いけずー!』
猫の聴力はとても良い。
身軽さも相まって、影の任務には適任なのだ。
彼女はフンッと軽く息を吐いた。
「まったく、竜の威厳も何もあったものではありませんね。」