第十四話 竜の城 - ルーツ -
火竜女王の言う異変とは-
『そう、亜人がヒトと接触した時、子を成した。』
「え?」
『今ではわかっておろう? 低い確率ではあるが、ヒトのみが他の亜人種と子を成せる。そして子は亜人種側の性質のみを持って生まれてくる。』
「はい、理由は未だに解明されていない様ですが。」
そう。
今では普通にいる他種族間の夫婦であるが、決して数が多いわけではない。
それは種族文化の違いなどを乗り越えねばならぬ上、子を成せぬまま一生を終える事もあるからだ。
『そこで兄は考えた。人化した竜ならば亜人と言えるのではないか? ヒトと竜の間に子を成せるのではないかとな。だがそこでまた行き詰まる。そもそも人化などと簡単に言うが、もちろん方法などわからぬ。兄はまた途方もない時間をかけてそれを探る事となった。』
「最初からできた訳ではないと?」
『それはそうであろう? 我ら竜族は頂点。なぜ脆弱な種族の姿をとる必要がある?』
それは驕りではなく、単純な事実。
『そして人化…と言うか肉体の再構築に近いがな、その方法を編み出した。その頃はわらわも成長し、兄から直接教えられた。最初の頃は気合いを入れてこうズバッとなどと言うものじゃから、ふざけるなとどつきまわしたぞ。』
言葉とは裏腹に、優しい目つきで話す火竜女王。
なんだかんだ言いつつも 兄妹の仲は良かったのであろうか。
『だがヒトは弱い、他の亜人種と比べてもそうじゃ。』
基本的な肉体の強度、例えば熊人族と人族などは比べるまでもない。
熊人は人を一撃で屠れるが、人はそうはいかない。身体と武を鍛え上げ、武器を使ってやっと対等だ。
『ゆえに亜人種とでは可能でも、竜と子を成すのは無理ではないかと不安がどうしても残った。子種がないと先ほど言ったが、
そうであればオスの竜がヒトの女を孕ませ、力の違いによりて、傷つけ…果ては死なせる心配はあるまい?』
腹を突き破って竜の子が出てくるなど、考えたくもない。
母は出産の際に身体を痛め、その後の妊娠も望めず、若くして儚くなった。
自分のせいではないと言われても、自分が生まれなければと、悔やむ夜はある。
『あの…だんなさま…?』
「ああ、すまない。火竜女王、続きを。」
『うむ。ならばヒトが竜を孕ませられるまで強くなればいい、と考えるのも自然であろう?』
「一朝一夕にそうなるものでは…」
そう言うバイオレットの耳がしゅんと伏せている。
実母を知らぬ身の彼女にとっても、主の母は母と呼べる存在だった。
『そうよな。そこからまた兄の苦闘が始まった。おかしな事に、うれしそうではあった。そしてある日、一人の男が訪れた。その頃はまだヒトも少なく、我らも気安く応じておった。』
話し疲れたのか、指を弾いてお茶を頼み。サクッと音を立ててクッキーをかじる。
温かいお茶を飲み、懐かしそうに眼を細め、ラッセルを見やり、そして告げる。
『ここからがそなたにつながる話しとなるが、良いか?』
彼は小さくうなずく。
『その男が言うには、ヒトの地で疫病が流行り、余命幾ばくもない妻のため、全てを癒やすと言われる竜の血が欲しいと。実際にそんな効能があるのかなど、試した事もない兄であったが、男の魔力を探ってみると、そこそこの力があった。これならば、魔力に満ち満ちた竜の血を取り入れたとしても、支障は少ないのではないかと、妻とやらの魔力量を聞いてみたわけじゃ。』
ここでも魔力量の話しかと落胆する。
握りしめた手に、ほわっと柔らかいものが触れる。
目を落とすと、しなやかに動いた尻尾がトントンと、安心させる様に甲を叩いていた。
『男によれば、むしろ妻の方が魔力量が多いという。そこで針の先ほどの血を小瓶に入れ、蜂蜜酒で満たした。その頃は我らも人化して過ごしていたからの。住まいも小さくできるし一石二鳥じゃ。』
蜂蜜酒?
と言う疑問が顔に浮かんでいたのだろう、火竜女王が補足した。
『男には妻だけではなく、お前も飲む様にと。竜の血がどんな効果をもたらすかはわからぬが、自分もそれを知りたい。流行病というのであれば、お前もおそらくは病にかかっているであろう、病そのものは癒やしてやる、と。だが何者にも話してはならぬと釘を刺し、小瓶の蜂蜜酒に治癒魔法を付与したものを二つ渡した。』
「では、病自体は兄上様の治癒魔法が治したと?」
『その通り、血になんらかの効果があったとしても、せいぜいが滋養強壮であろうよ。だが、兄にも目的があった。竜の血の莫大な栄養と、魔力があれば、ヒトにも変革が起こるのではないかとな。そしてその考えは当たった。病が癒えた夫婦はやがて子を成した…双子じゃ。』
「双子…それはもしや?」
脳裏にひらめくものがある。
火竜女王がうなずいた。
喉を潤して続ける。
『双子は成長し、戦場で功を上げ、領地を与えられた。武勇に秀でた弟は国境を守る辺境伯。知略に優れた兄は後詰めの侯爵として。』
「やはり。」
『そう、その双子がそなたらの祖だ。今代では伝わっておらぬかもしれぬが、辺境城の地下深くと、カーマイン領の領都邸の礎石の下には、その時の小瓶が収められておるはずじゃ。後代を護ってくれとの願いを込めてな。家の名も、火竜から口外せぬ様にと釘を刺されておったが、恩を忘れぬ様に<フラム><カーマイン>と炎を連想させる名とした。』
両手で顔を覆って俯く。
身体が熱い。
自らのルーツに火竜が関わり、そしてまたここで運命が交差する。
火竜女王が宙を見上げ、遠い目をして続ける。
『兄上の力は…その双子にわずかばかり受け継がれた。他人より優れた力を持つ者は、その血を後代に残そうとする、貴族であれば…』
「より力の強い者同士を娶せ、さらに強い血にする?」
『さよう、貴族でなくとも、生き物であれば当たり前の事であろう?』
「はい。」
その答えに、満足そうに笑いながら、さらに自慢げにしている娘に目をやる。
お前が自慢してどうする、と。
『それから、また永い時が流れた。二つに分かれた血は時折交わり、また別の新しき優れた血を入れ、強くなっていった。そしてそなたとして結実した。経路を開かせ、竜と子を成せる可能性を持つ存在として。』
「ですが僕は…」
一人称が弱いものに変わる。
貴族から見れば魔力無しも同然とそう呼ばれ、蔑まれた日々。
身体を鍛え上げてからは、表だって言われた事はないが。
ヒソヒソと揶揄されている事は知っている。
『そう卑下するな、仮にそれでもそなたは我らにとって特別な存在なのだ。立ってくれぬか? 近う。』
自らも立ち上がり、傍らへ来た青年を柔らかく抱きしめる。
彼もふと、胸下に当たる感触に母を感じる。
『わが兄の力と想いを受け継ぐ子よ、新しい血をくわえ、我が娘と次代を残してはくれぬか?』
「…母上」
『そう呼んでくれるか。うれしいの。』
背後から、もう一つの腕が回ってくる。
『お母様、わたくしのだんなさまを盗らないでくださいまし。』
「私はどうすればいいんでしょうかね?」
猫は炬燵の外にいた。