第十三話 竜の城 - 竜の生殖 -
少々品がないお話。
『バーミリオンは疲れて眠った様じゃな。メイドたちも久々に子供の相手ができて喜んでおったわ。』
軽い酒を傾けながら火竜女王が口を開く。
先ほどまではしゃいでいても、子供の体力はぱったり切れる。
メイド達に優しく抱きかかえられて、客室へと連れられていった。
「鎮静魔法をありがとうございました。」
『なんの、あの様に手がかからぬ娘も珍しいぞ。その点、うちの愚娘は…な?』
『むぅ。』
「粗忽者(ニヤニヤ)」
「そのくらいでやめておけ、失礼だ。」
「申し訳ございません。」
火竜女王が扇子を開き、羽根飾りの様にまた炎が舞う。
熱くないのは何故か。
その光に照らされながら、含み笑いを浮かべて続ける。
『ラッセルとやら。先ほど我らには名がないと言ったが。そこで頼みがある。娘に名をつけてはくれぬか?』
『お、お願いしましゅだんなしゃま。』
「「(噛んだ)」」
期待に頬を赤らめ、もじもじしながら上目遣いでおねだりしてくる火竜公女を前に、いち早く立ち直ったラッセルが問う。
バイオレットは苦虫を噛みつぶした顔をして、鼻にしわが寄っている
「なぜです? なぜ私が?」
『実はな!』
「なんですか、またやたらとうれしそうに身を乗り出して…」
怪訝な表情を浮かべるラッセルに、含み笑いから真顔に戻った火竜女王が厳かに告げる。
これは種としての一大事なのだと。
『そなたが娘の経路を開いてしまった。その事が一番の理由じゃよ。』
「失礼、経路とは? 公女様が私を旦那様と呼ぶ事に、その事が関係を?」
『やはり聡いな。その通りよ。』
バイオレットもこの雰囲気の中では口をはさめずだまって聞いている。
世界における力の頂点。竜の種としての一大事などと告げられては軽々な事は言えない。
むしろ自分ごときがそんな話しを聞いていいのだろうか。
火竜公女も姿勢を正して、神妙な顔つきをしている。
『我ら竜は単一生殖と言って良い。この世界の調停者であるために、力の頂点として神に作られしゆえに、他の生物の様に交わる事なく、我が力を与えて卵を産み、次代が育つ。そして死ぬ時にはその力を全て譲り渡し息絶える。』
聞いた事もない。
理解が追いつかない。
それではまるで。
『故に、この娘は子ではあるがわらわの分身体とも言える。』
やはりそうなのか。
冷や汗が止まらない。
知ったところで矮小な人の身で何かできる訳でもないが、学者どもが大騒ぎするのは確定だろう。
そもそも自らがこうやって無事でいる事すらおかしいのだ。
気まぐれだと思っていたその理由が、経路とやらにあるのなら、それはなぜか。
『だが、それとて問題がないわけではない、その事を憂いたのが我が兄よ。次代を残さず、とうに消えておるがな。』
「すみませんが、座っても?」
先ほどからの衝撃が多すぎる。
足下がおぼつかない。
『よい、こちらも気が急いていた、すまぬ。』
身を投げ出す様に二人が腰をかける。
火竜公女はしずしずと母の横に腰掛ける。
『問題とは、分身体…と仮定して話を続けよう。』
「はい。」
『分身体とは言え、完全な複製ではない。要はわずかばかりのズレ…それが積み上がってきたらどうなる?』
「…劣化、ですか?」
『その通りよ。今はそんな事にはなっておらぬし、我ら竜は万年を生きる、はるか後代の話しではあるがな。』
「その時には、この世界は…」
『ヒトはそこまで生きる事はできぬ。そなたがその結果を見る事などあるまいよ、気にかけずとも良い。いや、そんな事にかかずらうな。我らとてわからぬのだ。』
「承知いたしました、続きを。」
火竜女王がピンっとまた空間をはじく。
執事が冷たい紅茶をトレイに乗せ、現れる。
一口飲んで続ける。
聞く方は半分ほどを一気に飲んでしまう。
『兄はいくつもの仮説を立て、試行してきた。その結果、肉体的には我らもヒト同様に交わる事もできる可能性はあると結論づけた。さすがに、死んだ一族の身体を腑分けしていた時には引いたがな。』
(うわ…ギルドの連中が聞いたら色めき立ちそうですね)
バイオレットも口にはしない、今この場で口を開くだけで全てが雲散霧消する気がする。
『ここであらたな問題が露見した。分身、いや分裂体でなければならぬ理由がな。』
一区切りし、大きく息を吐く。
『結局のところ…』
しばし、言葉が途切れる。
言って良いものか、意味合い的に適当な言い回しがあるかをさぐる様に。
そして。
『オスの、竜の精には子種がない。』
「「……」」
結局は下世話な言い方になってしまった。
二人は思わずじとん、とした目で見てしまう。
火竜公女は手で顔を覆っているが、耳は真っ赤に染まっている。
『その様な目で見るな、ヒトの言葉においてちょうど良い単語など、我らが知るわけがなかろう。』
ラッセルは眼で促す。
軽くうなずいて、火竜女王が話を続ける。
『疑問には思わぬか? 我らメスの身ならば子袋があって、後代が作れる。だが、オスには子袋など存在しないはず。少なくともヒトはそうであろう?』
「確かに。」
『そこで、先の兄上の腑分けでわかった事であるが、オスも後代を残す際には身体がメスに変化し、子袋ができる。そして後代を産んだ後はその器官は縮小し、役に立たなくなる。』
竜の神秘と言ってしまえばそれまでだが、どうにも腑に落ちない。
結局は聞くしかない。顔を上げた。
「それで結局、経路を開くとは?」
『そうさな…おぬしらにわかりやすく言えば、ヒトのメスで言う初潮じゃよ。』
「身も蓋もない…」
うら若き姿をした二人はゆであがり、今にもぷしゅーっと音を出さんばかり。
ラッセルも少々恥ずかしい事を聞いたとバツが悪い。
『ところが、本来であれば、娘が次代を残す準備が整うにはあと300年はかかる。』
「え?」
『時と身が熟し、やがて次代を残すために身体が変化する。それがこの歳で整ってしまったわけじゃ。』
片手で口元を隠し、必死に思考をまわす。
あえぎあえぎ言う。
「その理由が私にあると?」
『そうじゃ。ヒトというのは少々特殊な種でな。』
「特殊…? なぜ? いや、続けてください。」
考えが追いつかない、もう考えるのは棄てた。
まずはおとなしく話しを聞こう。
人が知らぬ事でも、長き時を生きる竜が知っている事自体は不思議ではない。
『生き物とは、本来違う種とは交われぬ。極端な話し、犬と猫では子は成せぬのが道理。』
「はい。」
『少し話しが本筋からズレるが、そなたらが亜人と呼ぶ種はわかるであろう? この城の使用人を務めておる鬼人族などの事よ。』
「はい。」
『そこな侍女バイオレットは猫人族であろう? その中でも高位種族のはずじゃ。』
「わたしは…棄てられていたのをラッセル様と奥様に拾われたので、自分のルーツはわかりません…見た目はおっしゃるとおり猫人ですが。」
『すまぬな、悪い事を聞いた。話しを戻そう。同じ猫人族同士なら、子を成すになんの問題もない。だが、他の亜人種…例えば鬼人族と猫人族の間に子は成せぬ。はるか昔、それぞれの亜人種は自らの種族のみで暮らしていた。だがそれも数が増え、生きる範囲が広がっていくと他の亜人種と接触するのは必然。』
それは人間でも同じ、集落と集落が交流し、合わさり、村となり街となり、やがては国となる。
国同士は生活圏を接し、場合によっては争いに、またあるときには合併し大国へとなるだろう。
『そうなれば、見た目の違いを越えて、愛し合う者が出てくる事もまた自然な事ではないか?』
「そうですね。」
傍らの侍女を見やる。尻尾が大きく揺れている。
無意識に緊張しているのだろう。
『兄はそれを見ておった。やがて、ひとつの異変が起こる。』
「異変…」
バイオレットはファンタジーの定番、ネコミミ娘でした。
彼女の仕草は我が家の姫様、ベンガル猫のルーナの動きを参考にしてます。