プロローグ
── 絶望 ──
今の状況も心境も、この表現につきる。
首だけで振り返った目の前には、人間一人など軽く飲み込めるほどに大きく開かれた顎。
並んだ牙のその奥には、光芒とともに熱波が揺らめき、ほんの数秒後には自分はその奔流に飲み込まれ、確実にこの世から消え去る。
そう思う反面、ひどく冷静な自分がいるのも事実。
師匠の言を借りるなら死に際の集中力…だったか、いわゆる走馬灯だ。
彼は無駄かとは思いつつ、この小さな命だけはと庇う様に抱きしめ、魔力障壁を展開した。
相手も狙いを定めたらしく、熱波と魔力の先触れがチリチリと障壁に干渉を始める。
なけなしの魔力を振り絞り、身体をかばうだけの範囲に障壁を収束させた。
その分厚みは増える。
この子が助かる確率だけを上げればいい。
踏み堪える必要はない、むしろブレスで吹き飛ばされた方がこの場から離れられる可能性は増すかもしれない。
うまくいってもそのあとは、この子の運命を神にゆだねるだけだ。
その時自分は。
「母上に続き先立つか。」
父親をまた哀しませてしまう。
親不孝をしてしまったな。
そう思った。