8 ひとつに
私達は毎晩一緒に寝るようになった。寝ると言っても添い寝だけれど。寝室で二人で話しながら、戯れ合う時間はとても楽しい。いつも私が先に寝てしまうのが悔しいけれど。
「ねえ、エルベルト様。私って食べるの遅いですか?」
「ん?何の話?」
「だってエルベルト様は食べ終わった後、いつも私をじーっと見ながら待たれているので。それに出逢ってすぐの時に『食べるのが遅い』って仰っていたのを思い出して、少し気になってしまいまして」
彼は私の発言にさーっと青ざめた。
「それも誤解だ!食べてる君を見ているのは、可愛いからだ」
「は?」
「もぐもぐと小さい口を動かして、美味しそうに食べる姿が好きなんだ。だから……つい見つめていた」
ふふふ……あれは見つめているつもりだったのか。睨んでいるように見えるので、てっきり『早く食べろ』の圧なのかと勘違いしていた。
「あの時食べるのが遅いと言ったのも、君が最後のデザートを食べる姿を見たいなと思ったからだ。あの時は仕事が立て込んでたから、君が食べてる途中に退席しなくてはいけなかったんだ。すまなかった。ゆっくり食べてくれ」
「ふふ、わかりました」
そんな風にこの一年のすれ違いを解決しながら、仲を深めていった。
そして口付けもこの数週間で徐々に大人のものに変化していった。彼はゆっくりじっくりと……慣れない私に教えてくれたのだ。
そして今日は結婚披露パーティーの日。結婚一年記念日に可笑しな話だが、私達は最近やっとお互いの気持ちが通じたので……あながち間違っていないのかもしれない。
彼が用意してくれたウェディングドレスはとても素敵な物だった。使用人達は旦那様が女性の好みの物などわかるはずがないと……どんなドレスが届くか不安がっていたが、一目見ると『旦那様、やればできるんですね』と拍手を送っていた。
彼はセンスが悪いわけではない。だって自分の物は素敵な物を選んでいらっしゃるから。でも『女性が喜ぶ物』がよくわからないだけなのだ。
注文していただいたドレスはレースに白い薔薇が細かく刺繍されており、裾はふわふわと羽が舞うように動いて美しかった。私が着替え終わると、正装したエルベルト様が控室にやってきた。
「クリスティン……君はこの世の物とは思えぬほど美しいな」
彼は頬を染めながら、ボーッとドレス姿の私を見つめていた。
「ありがとうございます。エルベルト様、あなたもとても凛々しくて素敵です」
あの結婚式の日は、彼は何も言ってくれなかったので『美しい』と言われて嬉しくなった。ちなみにあの時も『もちろん綺麗だと思っていたが……君と結婚できるんだと感動して何も言葉が出なかった』らしいのだが。
彼は私の前に跪き、真っ白な薔薇のブーケを下さった。とても綺麗……それに私のドレスの刺繍とお揃いで嬉しくなる。
「クリスティン、その薔薇は二十四本ある。俺はいつ何時でも君のことを想っているよ。どうか……俺と本物の夫婦になって一生添い遂げて欲しい」
「はい」
私は嬉しくて涙が溢れる。お化粧が取れるので、泣いてはいけないのに止まらない。
「愛してるよ」
彼は嬉しそうに笑い、私の手の甲にチュッとキスをした。これは私が憧れていた騎士の正式な求婚申し込みだ。
すでに結婚しているので、変なのだが……私達にとっては変じゃない。私の準備を手伝ってくれていたノエルや他の侍女達も、涙を拭っていた。
「さあ、行こう。あいつらに見せるのは勿体ないが、俺の奥さんはこんなに素敵なんだとみんなに自慢したい」
彼にエスコートされて、結婚パーティーの会場へ入った。今日は騎士団の皆さんや、エルベルト様のお友達が沢山来てくださっている。お祝いなので、領民達にも酒やご飯が振る舞われるという盛大なイベントだ。
「クリスティン様、お綺麗です!」
「団長が優しいかどうかあなたにかかってます!ずっと仲良くいてください」
「エルベルト、幸せそうで良かったな」
「お似合いですよ!」
周囲から口々にお祝いの言葉をもらえる。エルベルト様はみんなの前ではキリッと……いや、かなり無愛想な『鬼』の顔に戻っているが私に話しかける時だけ視線も口調もかなり甘くなる。
「うわ、団長のあんな顔初めてみた」
「蕩けた優しい顔できるんだ」
「なんか胸焼けしそう」
……と、部下の皆様にはかなり驚かれた。しかし、エルベルト様は気にするのをやめたらしい。
「当たり前だ。この世で一番大事な妻に優しくしないでどうする?」
彼は堂々とそう言い放ち、私の頬にチュッとキスをして微笑んだ。私の顔は真っ赤に染まる。
「ひゅー!団長、最高」
囃し立てられて、恥ずかしいが……私はこんなにも彼に愛されて幸せだ。その後もパーティーは盛り上がり楽しい時間を過ごした。
♢♢♢
そして今は夜。楽しかった宴は終わり、私は夫婦の寝室にいる。身体を磨き上げ、髪には香油を塗り可愛い夜着も着たので完璧だ。
扉がノックされ、少し緊張したエルベルト様の声が聞こえてきた。
「……俺だ。入ってもいいか?」
――来た!その声に身体が跳ねる程驚いたが、なるべく冷静を取り繕った。
「は、はい」
この状況は何もなかった初夜と全く同じだと気が付いて、私はまたガチガチに緊張してしまった。駄目なのに……同じ間違いを繰り返したくないのに。そう思えば思うほど、体は強張った。
エルベルト様は私の隣にふわりと座り、肩をそっと抱き寄せた。彼は初夜の時とは全く別人のように優しかった。
「パーティー楽しかったか?」
「は、はい。皆さんにお祝いしていただけて嬉しかったです」
「よかった。俺も楽しかったし、君のドレス姿とても綺麗だった」
彼は目を細め、私の髪をそっと撫でながら頬やおでこに軽いキスを沢山された。すると自然と身体の力が抜けてきた。
「でも今夜の君が一番美しい」
「……っ!」
「そして……可愛い」
彼は私にちゅっと唇にキスをして、優しくベッドに寝かせた。熱っぽい彼の瞳に見下ろされて、胸がドキドキとうるさく音を立てる。
「クリスティン、愛してる。君の嫌がることは決してしないから」
「はい」
「好きだ……大好きだ」
そのまま濃厚なキスを何度もされ、ふわふわしてきたところで夜着の上から身体をなぞられる。
「ひゃあ……ん」
「可愛い。この夜着も似合ってる」
「は……恥ずかしいです」
「恥ずかしくない。綺麗だ。全部見せて」
ちゅっちゅ、とキスをされながらあっという間に脱がされてしまった。無骨なようで彼は指先が器用らしい。
ずっと話しかけてくれていたのに、急に彼の声が聞こえなくなった。私は不安になってそっと目を開けた。すると彼は私をジッと眺めたまま……固まっていた。
今の私は一糸纏わぬ姿なのだ。それを見下ろされているということに、恥ずかしくなって全身が真っ赤に染まる。
「や……そんなに見ないでください」
私が両手で胸を隠すと、ハッと彼の意識が戻った。彼の頬も赤く染まっている。
「綺麗すぎて見惚れた」
「え……?」
「柔らかい胸も細い腰も、そしてピンクに染まった白い肌もどれも美しい」
その褒め言葉を受け止めるには、初心者の私にはキャパオーバーだった。だって、まるで恋愛小説の台詞だ。
「ずっと君に触れたかった」
「可愛い」
「好きだ」
私はそのまま彼に身を任せ、全身愛された。気持ち良くて、恥ずかして……嬉しいのに苦しい。エルベルト様の熱が私にも伝染して、おかしくなりそうだ。
「怖……い」
初めての感覚に、恐怖心が出てくる。私はまた怖いと言ってしまったと慌てて口を手で塞いだ。しかし、彼は私の手を握って優しく落ち着かせてくれた。
「怖い?大丈夫だよ、俺に任せて。けど、本当に嫌ならやめる」
「嫌……じゃないの。変な感じがして怖いだけ。こんな……怖がってばかりで……子どもでごめんなさい」
私の目からポロリと涙が溢れた。彼は涙を指でそっと拭い優しく微笑んだ。
「君は子どもなんかじゃない。初めてが怖いのは当たり前だ」
「エルベルト様……」
「でもこれからすることは、幸せなことだ。言葉だけじゃ足りないんだ。君に愛を伝えさせて欲しい」
私はもう怖くなくなっていた。愛おしい彼に全てを任せた。長い時間かけてとろとろに蕩けさせられ、なんとか一つになれた。痛みはあったが、エルベルト様から与えられるものだと思うとそれも幸せだった。
「愛してる。俺達、ひとつになれたよ」
「はい。よかっ……た。私も……あなたを愛しています」
「ああ、嬉しくて泣きそうだ」
一つになったまま、彼は私をギュッと抱きしめた。私も彼の背中に手をまわした。
「クリスティン、もうそろそろ限界だ。ごめん」
限界?何が限界なのだろうか?私がきょとんとすると、エルベルト様の瞳が飢えた獣のようにギラッと光った。
「愛してる」
その瞬間に噛み付くように濃厚な口付けをされ、身体に強い衝撃がきた。
「んん……っ!」
「愛してる」
「あっ……エル……ベルトさま……っ」
目の前がチカチカして、ピクンと身体が跳ねる。そのまま彼からのたくさんの激しい熱と愛を受け……私はくったりと力が抜けた。
「クリスティン、愛してる」
「クリスティン……クリス……クリスっ……」
何度も名前を呼ぶ声が聞こえたような気がするが、私は反応できぬまま意識を失った。
大事な場面でエルベルトの名前を間違えていました。すみません。修正しました。
誤字報告ありがとうございました。