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6 好きになった理由

 恥ずかしいが、このことを曖昧にしてはいけない気がしてきちんと聞くことにした。


「私をそんなにお好きなら、なぜ全く触れてくださらないのですか?」


「……っ!?」


 彼は真っ赤になって口を手でおさえて、表情を隠した。


「私達は夫婦ですが、形だけではありませんか」


「それは……」


 それは?


「君が初めての時俺のことを『怖い』と言ったから、嫌われたくなかった」


「え?」


「近付いて嫌われるかもしれないと思ったら、恐ろしくて抱けなかった」


 ええーっ!?彼はみんなが恐れるような豪胆な男なのに、私に関してはそんなに弱気なの?


「あれは……初めてで緊張していて。驚いて言ってしまっただけです」


「わかってる。でも俺は大好きな君を前にしたら余裕なんてなくなってしまって、普段でもまともに話せないのに余計に何も言えなくなってしまう。優しい言葉も、緊張を解す言葉も何も出てこない。そんな男では絶対に君を傷付けると思った」


 彼は気まずそうに下を向いたままだ。


「だから、君に慣れるまで我慢しようと思った」


「我慢……」


「でも君はいつでも愛らしくて……全然慣れなかった。むしろ日々君を好きになって、さらにドキドキした」


 一年近く一緒に暮らしているのに、私に慣れないとはどういうことだ。それに私達は、慣れるためのことも全くしていない。


「あなたはキスすらしてくださらなかったので、私は女として見られていないのだと思っていました」


「そんなわけない!俺にとっての女は君しかいない。本音を言えば……ずっと君に触れたくて仕方がなかった」


 まさか彼が私に触れたいと思っていたなんて少しも気が付かなかった。


「……実は君が寝た後、毎晩寝顔を見に行っていた」


「ええーっ!?」


 私はきちんと寝ていただろうか?変な寝相とか口を開けていたりしていなかったかと不安になる。


「すやすやと寝ている可愛い君の唇に……内緒で毎晩キスしていた。か、勝手にすまない」


「ええっ!?」


「欲望を抑えきれなくて」


「キスは……起きてる時にしてくださいませ。じゃないとわかりません」


 私がそう言うと、彼はさらに頬を赤く染め「いいのか?」とクシャリと目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


 きゅん


 うわ……なにその表情。なんだかエルベルト様がとっても可愛く思える。


「エルベルト様はどうして私が好きなんですか?」


「それは……三年前に俺は君に出逢っているんだ。そこで君に惚れてしまった」


「三年前?」


「三年前に我が領地に強い魔物が沢山出たのは知っているか?数百年に一度という大変な騒ぎで悪夢のような出来事だった。その時に父が戦いの中で領民達を守って亡くなり、母もショックからか追うように病死した。しかし、俺は二人の死を哀しむ時間などなかった。必死に騎士団を率いて、父の仇の魔物を倒して辺境伯になったんだ」


 彼のご両親が他界されていると知ってはいた。結婚してすぐにご両親のお墓参りに行ったから。しかし、お義父様が魔物と戦われて亡くなられているとは知らなかった。


「三年前に強い魔物が出たことは知っています。あなた様が戦って下さったお陰で、王都には何の影響がなかったことも」


「戦いが終わり、俺は全ての報告のために陛下の元へ来ていた。そして功労者なんだから舞踏会へ出ろと言われて……渋々出席していたんだ」


「そうでしたか」


「俺を英雄だと崇めてくれる人もいた。しかし、周囲の目は大半は冷たかった。強い魔物を一掃した俺に怯え、強すぎるのは恐ろしいといつの間にか『鬼』と呼ばれていた。まあ……目つきの悪さと無口なところ、そしてこのデカイ身体では怖がられるのも当たり前なんだが」


 彼はハハッと哀しそうに笑った。


「でも少し虚しくなった。別に他人に認められたいと思って辺境伯をしているわけではなかったが、父や自分や部下が命懸けでこの国のために戦ったのは何だったのかと思った」


 ――それはその通りだ。虚しくなる気持ちもわかる。戦って守ったのに、酷いことを言われたのだから。


「帰ろうとした時、君の声が聞こえてきたんだ。君はみんなの悪意のある言葉を否定してくれた」


「え?」


「俺のことを悪く言っている人達に『でも彼等のお陰でこの国が今平和なのでしょう?私は戦って下さった皆様に心から感謝申し上げますわ』とニコリと微笑みながら言ってくれた」


 そういえば……確かにそんなことがあったかもしれない。あれは社交界デビューしてすぐのことだ。悪口ばかり言う周りに嫌気がさしてつい口を出してしまった気がする。


「とても嬉しかった。戦ったことが報われたし、君のいる王都に魔物が来ないように守れたのだと誇らしかった。そして微笑んだ君の姿を見て……恋に堕ちた。胸がドキドキして、苦しくてそんな感情は初めてだった」


「でも、エルベルト様とお話ししたことはありませんよね?」


「ああ。君のことはすぐに調べて、エメット伯爵の御令嬢だと知っていた。若くて可愛いと思ってはいたが、まさか十歳も年下とは思わなかった。こんな恐ろしい顔の年上男は嫌だろうと思ったし、若い君が田舎の辺境地に来たいと思ってくれるはずがないと……話しかけるのも諦めていた」


「全然知りませんでした」


 まさか三年も前から私のことを思ってくださっていたなんて。


「仕事で王都に来るたびに、君を探した。そして遠くから眺めていた……いや、すまない。知らない男に見られてるとか気持ち悪いよな」


 彼はポリポリと頭をかいて、情けない顔をしている。


「片想いだったけど、幸せだった。君が……誰かと結婚するまでこの気持ちを諦められそうもないと、独身でいたんだ」


「そうなんですか!?」


「ああ。しかし、陛下に呼び出されて『いつまで結婚しないつもりだ!条件のいい御令嬢を見繕ったから選べ』と釣書を山程渡された。少し期待したが、やはり君の名前は無かった……当たり前だ。君のように若い子が俺の相手になるはずはないから」


 確かに私が辺境伯に嫁ぐというのは、考えたことがなかったわね。お父様やお兄様のお知り合いの、文官と結婚するのではないかと思っていたから。


「拒否したら、陛下に理由を話すまでは帰さないと部屋に閉じ込められて……つい君のことを話してしまったんだ」


 陛下……なかなか強硬手段に出るわね。さすが王族だわ。


「報われないとは知っているが、君のことが好きだからまだ結婚はしたくないと伝えた。じゃあ陛下は『好いた女がいるなら話は早い』とニヤリと微笑み『全て私に任せよ』と……翌日には君との縁談が調ったと報告があった」


 彼は「ああ……」と顔を両手で隠して、ベッドにうずくまった。


 ――なるほど。それであの呼び出しがあったのね。


「君は王命で俺との縁談を断れなかったのだと、すぐにわかった。俺の不用意な発言のせいで、君の人生を変えてしまって申し訳ないと……」


 彼は眉を下げたままチラリと私の顔を見た。


「でも……うれ……た」


「ん?なんとおっしゃいましたか?」


「君のことを思うなら結婚などすべきではないとわかっていた。でも、嬉しかったんだ!大好きな君と……夫婦になれるなんて夢みたいだったから」


 私はその告白に目を丸くした。嫌われていると思っていたのに、まさかこんなに好かれているとは。


「あなたが私を好きだなんて、全く知りませんでした。だって私とほとんど話してくださらないし、怖い顔で睨まれるし……触れてもくださらない。普通、嫌われていると勘違いします!!」


 私はギロっと睨んで、大きな声で怒った。


「そうだな、その通りだ。俺が悪い……でも、睨んでいたわけではなく君を見ると顔がニヤけるから……引き締めていたんだ」


「そんなの……わかりません!」


 私はムスッと拗ねたように唇を尖らせた。


「でも、もう俺は君への愛を隠さない。恥ずかしいとか格好悪いとか……そんなことどうでもいい。君のことがこの世で一番大事なんだ。どうかもう一度俺とやり直してくれないか?」


 彼は真っ直ぐ私の瞳を見た。しかし、手が緊張でガタガタと震えているのがわかる。この人と……もう一度向き合ってみようかしら。だってこんなに私を愛してると言ってくれる男性は……彼以外いないだろうから。


「はい。お願いします」


 私はニッコリと笑ったつもりだったのに、なぜかポロリと涙が溢れた。彼も私を抱きしめ「ありがとう」と言いながら泣いていた。


 この人のどこが恐ろしい『鬼』なのか。こんな優しくて不器用な人はいない。彼がみんなのために戦うのならば、私は彼を癒やしてあげようと心に密かに誓った。


 そしてわかった。私は彼のことをいつの間にか好きになっていたのだ。だから、ずっと彼に触れてもらえず……差し入れを拒否されたことがあんなにショックだった。そのことに今気がついた。


 だって彼の不器用な優しさには、気がついていたから。


「もうすぐ結婚して一年になるだろう?」


「ええ」


「だから結婚のパーティをしよう!ずっと領地で君をお披露目したいと思っていたんだ。その時に君に……ちゃんと愛を伝えようと思っていた」


 ――ん?愛を伝える?結婚式は王都でしましたよね。覚えてますよね?


「王都では急いで式をしたから、簡素になってしまい申し訳ないと思っていた」


「はぁ……」


「ドレスは半年前から、王都で人気のドレスショップで特注で頼んである」


「ええーーっ!?」


「楽しみだな」


 エルベルト様のとんでもない発言に私は驚いて叫んでしまった。

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