そのままの君が好き④
かなり急いで家に戻ったが、間に合わなかったことがわかった。なぜならリビングからジェフの大きな笑い声が聞こえてきたからだ。
「じゃあ、クリスティンちゃんが会ってたのは女のダンスの先生だったんだ。なにそれ、めちゃくちゃ面白いんだけど!あいつ勘違いして……ははは」
「おい!ジェフ、お前……エドの名前を使って嘘をついたな!!」
俺は怒りに任せてバンっと扉を乱暴に開けた。
「あ!お帰り。はっはっは、もー話聞いてたら、面白すぎて。エル……お前はやっぱり可愛いよな」
家に戻った時には、俺が美男子だと言っていたのが女性だったことはクリスの口から話されており……ジェフも俺が王都に仕事だと嘘をついて行っていたことをしっかりバラしていた。
「エルったら!あの時、仕事って言っていたのに」
クリスが唇をツンと尖らせて、ムーっと拗ねたような顔をしている。んんっ……そんな顔も可愛い。ジェフがいなければ「ごめん」と謝ってキスをしているところだ。
「お前……要らぬことを話したな」
「本当のことを話しただけさ。お前が俺にベロベロに酔いながら『別れたくない』とか『クリスが誰を好きでも一生愛する』とか『俺は華奢じゃないからクリスの好みじゃないんだ』とか泣きながら叫んでたって伝えただけだ」
俺はそれを聞いて真っ赤に頬を染めた。隣にいるクリスも同じように真っ赤だ。
「なっ……!泣いてなどいない」
「いやー泣いてたね」
「泣いていない」
くっくっく、とジェフは腹を抱えてまだ大笑いしている。そして俺の肩をガッと組み、耳元に顔を近付けた。
「でも良かったな。クリスティンちゃんの好みは華奢な美男子じゃなくて、大男で怖い顔で筋肉質の『エル』らしいぞ」
ニヤニヤとしながら、俺の頬をつんつんとしている。彼女の好みが……俺!?まさかそんなこと。
「ジェ……ジェフ様っ!それは秘密ですと申し上げたではありませんか」
「はは、ごめんね。つい話しちゃった」
クリスはさらに真っ赤に頬を染めて、ジェフに向けて怒っている。それはつまり……彼女が本当にそう言ったということだ。ジェフはまるっきり悪いと思っていない態度で、口だけで謝りながら笑っている。
――彼女の好みが俺。やばい、嬉しすぎて昇天しかける。
「クリス、俺の好みも君だ。君の全てが俺の好みだ」
俺は彼女の手を握り、チュッと甲にキスをした。恥ずかしがり屋のクリスは、照れて下を向いた。あー……可愛い。このままベッドに連れて行きたい。
「あー……せっかく来たのに結局お前の惚気を見に来ただけだったな。あ、今夜はここに泊まるからよろしく」
ジェフはさらりとそんな恐ろしいことを言った。
「なっ……!今すぐ帰れ!」
「はあ?心配して来た親友を追い出すのか?クリスティンちゃん、もう遅いし泊まってもいいよね?」
ジェフは潤んだ瞳で、わざと甘えた声を出して彼女に頼んだ。
「ええ、もちろんですわ。シェフにジェフ様の料理も準備してもらうように伝えてきますね」
「クリスティンちやん、ありがとう!愛してるよ」
チュッ、チュと馬鹿みたいに投げキッスをするジェフにクスリと笑い彼女は部屋を出て行った。
「くっくっく、ご愁傷様。きっと今夜は別の部屋で寝る羽目になるな」
俺はジェフをギロリと睨みつける。
「……帰れ」
「嫌だね。俺は甘ったるくて胸焼けして吐きそうなんだ。今夜はお前のとっておきの辛口の酒を出せよ」
はぁ、こうなったら絶対にこいつは帰らない。しかし……こいつのおかげでクリスの好みが俺だと知れたのだからいいことにしよう。
「浮気が誤解だったのはわかったけど、じゃあなんでお前は夜避けられてたんだ?やっぱりしつこいから?」
ジェフはうーんと首を捻った。しかし彼女が太ったと気にしていたことをこいつに言うのはなんとなく失礼な気がした。彼女が気にしすぎただけで、本当は全く太っていないけれど。
「別に……」
「理由が無いはずないだろ?無いのに避けられる方が怖いだろ。もやもやするから、全部洗いざらい吐け。言わないからクリスティンちゃんに直接聞くぞ」
こいつなら本当に聞きそうだ。彼女が自分の口から理由を言うのは憚られるだろう。俺は渋々口を開いた。
「……太ったと気にしていたらしい。だから、痩せるまで俺に身体を見せたくなかったそうだ。実際は全然太っていないし、クリスは可愛くて綺麗なままだから彼女の気にしすぎだったのだが」
「さすが女の子。旦那のために痩せる……うわ、健気だな」
「俺は美味しそうに食べる彼女が好きなんだ。だから、ダイエットなんてして欲しくない」
そう言った俺をジェフはチラリと見て、はぁとため息をついた。
「お前はやっぱり女心が全くわかってないな。好きな人のために可愛く綺麗でありたい。それは当たり前だろ?だから、男はその健気な努力を称えて褒めあげるべきだ。まさか甘い物を常に与えたりしてないだろうな!?」
そう言われて、今度は俺が首を傾げた。それの何が問題なんだ?
「もちろんあげている。クリスは甘い物が好きだし、美味しい物を食べている表情がとっても可愛いんだ」
ジェフは信じられないというような顔で俺を見た。
「馬鹿野郎。じゃあ彼女の悩みは全てお前のせいだ!甘い物はたまにとびっきり美味しい物をあげるんだよ。女の子達は綺麗になるために、毎日必死なんだから」
「クリスは今のままで充分綺麗だ」
「はぁー……こりゃクリスティンちゃんが可哀想だ。彼女は若いから、これからどんどん心も身体も大人になる。それをちゃんと見守るのは年上の旦那の役目だろ」
ジェフは呆れたように頭を抱えた。確かに彼女は今まさに可愛らしい少女から色っぽい大人の女性に変わっている。それを間近でみるのは旦那である俺の特権だ。しかし……俺はやはり彼女を甘やかしたい。
「だめなのか」
「彼女の気持ちも汲んでやれってことさ。ずっと綺麗でいたいのはお前のためだぜ?嬉しいことじゃねぇか」
「……俺は食事制限して欲しくない。だから彼女と一緒に運動する約束をした」
「一緒に運動……?」
それでピンときたらしいジェフは、やはり俺と同じ汚い大人のようだ。フッと鼻で笑って揶揄ってくる。
「年上の旦那様はいやらしいね。何も知らない若い奥さんをいいように丸め込んで……あーやだやだ!」
「……ダンスの相手をするだけだ」
「へぇー?ふーん?」
俺が無愛想言った答えに納得していないこいつは、ニヤニヤと笑っている。
「俺もクリスティンちゃんとたーっぷり運動したいな」
俺は笑えない冗談を言うジェフをガンッと強めに殴った。
「痛っ!洒落のわからねぇやつだな。ダンスの相手って意味だろ」
「残念だな。彼女とダンスを踊っていいのも俺だけだ」
「男の嫉妬は見苦しいぞ」
殴った腹いせか、晩御飯を食べた後こいつはまたしっかり俺の邪魔をして予想通り今夜は彼女に「ジェフ様がいらっしゃるので、エルとは別で寝ます!」と逃げられた。
そしてまた俺は文句を言いながら、ジェフと飲み明かす。こいつの笑い声を聞きながら飲む酒は、悔しいが美味い。
この前と違うところは俺は明け方に彼女の部屋に行き、そっと抱きしめながら眠りについた。すやすやと寝ているクリスはあどけなくて可愛い。俺はこの前ジェフが来た時『私もかまって欲しい』と言ってくれた彼女に寂しい思いをさせないため……と理由をつけベッドに潜り込んだことを正当化させた。
――本当は俺がクリスを感じて寝たいからだけど。甘くいい匂いの彼女は心地が良い。
朝起きた彼女は俺に抱きしめられていることに驚いたが……嬉しそうに笑い、すりすりと甘えるように胸元に擦り寄って来てくれたので襲わないように耐えるのに必死だった。
よし、やはり早めにジェフを追い出そう。俺はその決意を固めクリスの頬におはようのキスをした。
♢♢♢
そして時は流れて数年後、俺達には二人の子どもができたが相変わらず俺はクリスを溺愛している。
ジェフに「読んでみろ」と王都で人気のある恋愛小説を渡された。恋愛小説は基本的に年若い御令嬢方が読む物だ。なぜこんな物を……?と眉を顰めたが「いいから読め」と押し付けられた。
ペラペラとめくるとこれは俺とクリスの話が元になっているのだとすぐにわかった。
「なんだこれは?」
「それ最近、超人気なんだぜ?感動する、こんな旦那様に憧れるって若い御令嬢方から大評判だ」
「これ……俺たちの!」
「くっくっく、陛下がお前は英雄のはずなのに王都では『鬼』と呼ばれているのが許せないから、俺にどうにかしろって言われたんだ」
はぁ?俺は怪訝な顔をした。
「だから人気の小説家にお前らの話をしたら、とんでもない傑作を書いてくれたんだ。世紀の純愛ストーリーだと喜んでいたよ」
「なんだと!?」
「これでお前も人気者だ。俺に感謝しろよ?」
ゲラゲラと笑っている。俺はこいつの情報操作能力は半端ないことを知っている。陛下の命で裏から手を回し、良い噂も悪い噂もこいつが操っていることは珍しくない。
「人気などいらない。お前の能力をしょうもないことに使うな」
「まあ、そう言うな。愛するクリスティンちゃんや子ども達のためにも自分の評価を上げとくのは悪いことじゃない。それに俺も陛下と同じ気持ちさ。お前が今まで『鬼』だなんて言われていたことが許せない」
そう言ってニッと笑った。そんな風に思ってくださる陛下と親友に感謝しないといけないな。
「……感謝する」
「クリスティンちゃんにはバレるまで黙ってろよ。きっと悲鳴をあげるだろうから」
ジェフはクリスが事実を知って叫ぶのを想像して笑っている。確かに……恥ずかしがるだろうな。
俺が読み進めると、本の中のクリスに似た姫はとても愛らしく描かれている。まるで彼女が本の中で生きているかのようだ。うん……悪くない。しかも最後はハッピーエンド。素晴らしい。
しかし俺はこの本の中の姫より彼女を幸せにしなければと決意を固めた。俺は彼女が嫁いできてくれた日からすでに幸せなのだから。
――そしてこの本の存在を知り「きゃー」と悲鳴をあげる愛するクリスを見るのはまだ少し先の話。
クリスとエルの小説は実はジェフが裏で手を引いていました。彼女の悲鳴は本編の最終話『ハッピーエンド』の最後に繋がります。
番外編はこれで最後にさせていただきます。ここまで読んでいただきありがとうございました。
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