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3 ぬいぐるみ

 ふて寝した翌日、目が覚めたらベッドに可愛らしいうさぎのぬいぐるみが置いてあった。首にはリボンが付いている。


「……これは?」


 ふわふわの触り心地が気持ち良い。しかしこの子はどこからきたのだろうか?


 私が首を傾げていると、ノエルが「おはようございます」と朝の準備に来てくれた。そして私が抱いているぬいぐるみを見て「あっ!」と驚いたような声を出した。


「ノエル、この子を知っているの?」


「あー……その子は……以前に……その……旦那様が街の店から買ってこられて」


「エルベルト様が!?」


 あの恐ろしい顔の彼がこのうさぎを、どんな顔で買ったのだろうか?想像すると面白い。


「エルベルト様は私を十歳くらいの少女だと勘違いなさっているのかしら?」


 私がくすくすと笑うと、ノエルは頭をかかえながらもすごい勢いで慌てて否定した。


「違うのです!あの……旦那様は昔から剣の訓練ばかりされていて……本当に男女のそういうことに疎くていらっしゃるのです。年頃の女性が何が好きかとか……その……ご存知ないのです。奥様を子ども扱いしてるとか、蔑ろにしているわけではないのです!本当です!!」


 なるほど。わからないから……執事に任していたのだろうか。そうとは知らず、酷いことを言ってしまったなと反省した。


「そうなのね。でも自分で選ばれたのなら、今までのプレゼントでこのぬいぐるみが一番嬉しいわ」


 私が微笑むと、ノエルも嬉しそうに笑った。そして、身なりを整え……エルベルト様と一緒のテーブルに着いた。


「おはようございます」


「……おはよう」


 昨日私があんな暴言を吐いたのに、彼は怒らなかった。彼はぬいぐるみを置いた反応が気になるのか、ソワソワとしているように見える。怖い人だと思っていたけど可愛いのかもしれない。


「エルベルト様」


「な、なんだ」


「可愛いうさぎのぬいぐるみ、ありがとうございました」


 彼は動揺したのか、いつも品よく食べているのに急にガチャガチャとナイフとフォークが鳴った。私はその反応が面白くて心の中でニヤリと笑ってしまった。


「ふわふわで、とても気に入りました。毎晩一緒に寝ますね」


「そ……そうか」


 エルベルト様は少し照れたように、プイッと私から目線を逸らしモグモグとご飯を食べていた。


 この人は口下手で不器用なだけなのかもしれないな、と思った。昨日まではもう彼と仲良くなるのは無理だろうな……そのうち離縁してもらおうかとまで考えていたが、うさぎのぬいぐるみのおかげでもう少し頑張れそうだ。私はその夜、うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて眠りについた。


 そしてうさぎのぬいぐるみを貰った日から……エルベルト様から一日一つプレゼントを貰う日々が続いている。


 贈られる物は、以前の洗練されたお洒落で豪華なプレゼントとは明らかに違う。だからこそ、エルベルト様本人が選んでいるのだとわかって面白いし嬉しい。


 しかし最初は焦った。そう……私の部屋にはうさぎのぬいぐるみに続き、くまとネコがいる。私が嬉しかったと言ったので、彼は「これがいいのか」と思ったらしかった。そして起きるたびに、毎日違う仲間が増えているのは恐怖だった。


「く、くまさん!」


「うわぁ……ネコちゃん!」


 このままでいくと、私はぬいぐるみに埋もれて眠ることになる。私はさーっと青ざめた。使用人達はみんな「ああ……旦那様がすみません。悪気はないんです」と頭を抱えていた。


 そしてエルベルト様に「ぬいぐるみは嬉しいですが、三匹以上は可愛がれません」と正直に伝えた。彼は「そうか」と少し残念そうだった。


 それからは違う物を贈ってくれるようになったのだ。言って良かった。ある時は野生の花で作った素朴な花束だったり、私の瞳と同じ色のイヤリングだったり……可愛い缶に入ったクッキーだったこともある。


 何だかんだで、今日は何だろう?と楽しみにしている自分がいる。ある日、リボンが届いたので髪の毛をくくる時に付けてもらった。


 するとエルベルト様は私の髪のリボンを見て自分が贈ったものだと気が付いたらしく、何度も何度もチラチラと眺めていた。しかし私と目が合うとすぐに逸らされる。


 ふふ、そんな何度も見ていて私が気付いてないと本気で思っていらっしゃるのかしら。変な人。


「に、似合って……いる」


 彼は聞こえるか聞こえないかの声で、ボソリと呟いた。まさか褒めてもらえるとは。嫁いできてから初めてのことなので、嬉しくなった。


「ありがとうございます。可愛いリボンだったので、私に似合うか心配でしたが褒めていただけてよかったです」


「……っ!」


 私はニコリと微笑んだが、彼はキュッと口を引き結んで無言を貫いた。なんだか最近はもうこの雰囲気にも慣れてきた。彼に悪気はない。たぶん、エルベルト様はとても素直で優しい人なのだ。そして……無愛想に見えるのは口下手で照れ屋なだけ。


 沢山プレゼントを貰っているので何かお返しを返そうと思い、私は久しぶりに刺繍をすることにした。貴族令嬢らしく、私は刺繍が得意だ。ハンカチに彼のイニシャルを入れて完成させた。そして街中で彼の瞳と同じ色の金のお洒落なカフスボタンを見つけたので、一緒にして晩御飯の時に手渡した。


「気に入られるかわかりませんが、どうぞ」


「……俺に?」


「ええ。普段沢山いただいているお礼です」


 彼は少し頬を染めジッと箱を見つめた後、そっと開けた。


「この刺繍は……」


「私が刺しました。よろしければお使いくださいませ」


「ああ、大事にする。カフスも付ける」


 相変わらず言葉は少ないが喜んでくれたようだ……たぶん。良かったわ。


 彼なりに私を大事にしようとしてくれているのはわかってきた。だが、結婚してもうすぐ一年が経とうとしているのに……私達はまだ本当の夫婦ではなかった。


「ねえ、ノエル……エルベルト様は外に愛人でもいるのかしら?」


 私がそう言ったら、彼女は酷く驚きぶんぶんと左右に首を振った。


「まさか!旦那様は奥様一筋です」


 奥様一筋というのはさすがに無理があるフォローだ。彼は私に指一本触れないのに、一筋も何もない。


「だって私達は本当の意味で夫婦になっていないわ。私のことが嫌いか……誰かに操を立てているとしか思えないじゃない」


「それは……っ!」


「エルベルト様は素敵なプレゼントも下さるし、最近少しずつ話せるようになったの。だから嫌われてはいない気がするのだけど……私を愛してくださらないのは他にお好きな女性がいるのかなって。私のことは妹か何かだと思われているのではないかしら?」


 ノエルは「ああ」と片手で顔を隠し、天を仰いで嘆いていた。そうよね……例え愛人がいても、彼女の立場では旦那様のことを悪くは言えないわよね。


「旦那様は奥様が一番ですよ。それだけは本当です」


「……そうだといいんだけど」


 そんなはずはない。ノエルの励ましは嬉しいが、気を遣わせて申し訳なくなった。

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