もちもち③
私達はお互い見つめあったが、若干気まずさが残っている。何から話したらいいものか。
「エル……あの、お仕事は?」
「君を見かけて気が気じゃなくて……早退してきた」
「よろしいのですか!?」
「いい。信頼できる部下に任してきた。それより……クリスとちゃんと話したい」
私もそれには賛成だ。こくんと頷くと、彼は私の手を引き馬車に乗り込んだ。手を繋いでいたが……馬車ではお互い何となく無言だった。
そして家に着くと、すぐに彼に横抱きにされ夫婦の寝室のベッドに降ろされた。
「オリバー、ノエル……しばらくこの部屋に近付くな。他の皆にもそう言っておけ」
「承知致しました。飲み物や軽食はテーブルに置いておきますので」
二人はそのまますぐに部屋を去って行った。ドキドキドキドキ……なんだか久しぶりにエルと二人きりで胸がぎゅっと締め付けられる。
「俺は君に嫌われたと思った。急に一緒に寝るのを嫌がるようになったから。きっと俺に触れて欲しくない理由があるのだろうと。そして、あの先生と君の親密そうな様子を見て……その……恋人同士なのかと誤解した。綺麗で華奢な美男子に見えたから、君が惚れてしまったのかもしれないと思って心配だった」
なるほど。先生に恋に落ちて、エルを避けたのだと勘違いしたのね。
「浮気なんてしません!違うの……私が悪いわ。そのごめんなさい!あなたと寝たくなかったのは……その……」
「ああ、なんでも言ってくれ!俺の嫌なところがあれば……絶対に直すから」
違うの。あなたは何も悪くない。
「太ったんです!」
勇気を出してはっきりとそう伝えたが、彼は意味がわからないというようにポカンとしている。
「は?誰が?」
「私です」
「……どこが?全然太っていないじゃないか」
「今は必死に痩せたのです。あなたが似合うと言ってくれたドレスが着られなくなっていて……哀しくて……恥ずかしくて」
私は両手で顔を隠した。
「今までだらしない身体をあなたに見せていたんだと思ったら、居た堪れなくなったの。エルも私を『もちもち』って言ってたし」
「どこがだらしないんだ!?君の身体はいつも最高だ」
「え?」
「血色の良いピンクの頬、全身触りたくなるすべすべでもちもちの肌……細い腰もたまらないし、柔らかい胸も小さくて可愛い手足も全部が素晴らしい」
私は褒めちぎられて顔が真っ赤になった。彼は真顔でそんなことを言っている。
「君の身体の好きなところはまだまだある。そうだな、太ももの……」
「もういいです!わかりました。恥ずかしいのでやめてください……もうキャパオーバーです……」
私はぶんぶんと彼の口を自分の手で塞いだ。すると、そっと私の手を離してグッと彼の顔が近付いてきた。
「わかってない。君は全然わかっていないよ」
「うゔっ、エル……近いです」
今の私達は鼻先が触れ合っていて、いつでもキスができるくらいの距離だ。
「君が甘い物を食べて嬉しそうに微笑む姿が好きだ。無理して痩せるより、健康的で元気な君が好きだ」
「エル……」
「例えば、君は俺が怪我をして大きな傷跡が残ったらどう?歳をとって白髪になったらどう?それに俺も太るかもしれない。君はそれだけで、俺のことが嫌いになる?」
私ぷるぷると左右に首を振って、彼に勢いよく抱きついた。
「なりません。ずっと好き」
「俺もだよ。君が痩せたって太ったってそれは些細なことだ。その変化ごと愛する」
彼は嬉しそうに微笑み、ギュッと私を抱き締めてくれた。
「それに……クリスはまだ十代だ。今回のは太ったわけじゃない。君の身体はこれからも成長する歳なんだから、そのままでいい。ドレスはもっと似合うのを二人で見つけに行こう」
「はい」
私は何をこだわっていたのだろうか。最初からエルに相談したら良かった。そしたらすぐ解決できたのに、かなり遠回りをしてしまった。
「……三週間」
「え?」
「もう三週間もしてない。君が足りなくて、毎日苦しかった。しかも俺の元に二度と戻って来ないかと思って恐ろしかった。君が……他の男に触れられていたらと……想像しただけでゾッとした」
エルの目が獰猛にギラリと光る。私はゾクリと全身が震えた。
「あの先生が女性で、そして誤解で良かった。あの人が君の本当の想い人だったら……俺は今頃何をしているかわからない」
一体何をするつもりだったのだろうか?先生が無事で良かったわ。
「君が俺の前からいなくなったら……と怖かった。君がいないと俺はだめになる」
彼は私の頬を優しく包み、泣きそうな目でじっと見つめた。その顔に胸がきゅんと締め付けられる。なんか母性本能がくすぐられる。
「……俺を捨てないでくれ」
「そんなことするはずないわ。私はあなたが好きだもの」
「もっと言ってくれ」
そして彼に優しく唇を奪われ、押し倒された。それを合図に……彼は凄かった。優しいのは最初の口付けだけであとは激しく情熱的だった。
「クリス、愛してる。君は……?」
「私も……」
「誤魔化さずにちゃんと言って?」
彼は急に動きを止めて、色っぽく微笑みながら私を見下ろした。
「愛し……てる」
「誰を?」
「エル……エルを愛し……てる」
そう言った瞬間に、また激しい動きが再開され私の身体が大きく跳ねた。
「よく言えたね……良い子だ。可愛い」
「恥ずかしい」
「ああ、可愛い……クリス愛してる。君に触れていいのは俺だけだ」
エルはいつもより意地悪で、何度も何度も私に『愛してる』と言わせた。
♢♢♢
「はい、あーん」
私は今ベッドで、ニコニコとめちゃくちゃご機嫌なエルに甘いスイーツを食べさせられている。
ぱくっ
「んーっ、美味しいです」
久々の甘い物。口の中に広がる幸せに蕩けそうだ。しかも……大好きな旦那様の手から食べるのは格別だ。
「そうか、良かった。可愛い。やはり俺は美味しいものを食べているクリスが好きだ」
そう言われて、私はぽっと頬が染まった。そして今回のことで決めたことがある。
「もう食べるのは我慢しません。でも沢山食べて、運動もちゃんとすることにします」
「ああ、それが良いな」
「また先生にダンスを習おうかしら?」
私がそう言うと……彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「ダンスなら俺としよう。彼女は女性だと頭ではわかっているが、ぱっと見るとやはり美男美女のカップルに見えるから……嫌だ。妬ける」
私は驚いて、ポカンと口を開けて彼を見た。だって先生は……女性なのに。
「……悪いが、君に関しては俺は心が狭いんだ」
エルは恥ずかしそうに拗ねて、視線を外した。
「ふふ、エルったら。あなたが仕事で疲れていてもダンスに誘っていいの?」
「勿論だ。君と踊れるなどご褒美だ。疲れも吹っ飛ぶ」
この家にはダンスレッスンの部屋がある。だからいつでも踊れるのだ。
「それに……二人でする運動なら他にもあるから、いくらでも付き合うよ?」
「え?それは何?」
二人でできるならとてもいい。一人で頑張るのは大変だけど、エルとなら運動も苦じゃないかも。
「やってみようか?」
「はい!」
私が目を輝かせながら元気よく返事をすると「くすっ」とエルは笑った。
「君を前にすると、俺は自分が汚れた大人だなと思うよ」
「……は?何の話ですか?」
残念ながらその意味はすぐにわかることになる。私はまたベッドに身体を縫いつけられ、あれよあれよという間にまた彼に愛された。
そして私は今……一歩も動けない程、ぐったりとして彼の肩にもたれかかっている。
「ね?二人でできる運動だろ?」
「……信じられない、騙されたわ」
「はは。いつでも、何回でもしようね」
浮かれた彼は、とても嬉しそうに私の頬にちゅっとキスをした。
「クリスはもちもちで気持ちいい。可愛い」
どうやら彼の『もちもち』は褒め言葉らしい。私はこれ以降もう二度と食事制限をすることはなかった。彼が可愛いと言ってくれるなら、どんな自分も肯定できるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
この物語のエル視点の話を後日投稿します。




