もちもち①
クリス視点で三話ほどの予定です。
私は今とても後悔している。どうしてあんなにバクバクと何も考えずに食べてしまったのか。
「……入らない」
さーっと顔が青ざめた。背中には冷や汗がたらりと垂れる。そう……一ヶ月前まで着れていたお気に入りのドレスがとてもきつかったのだ。これはエルが買ってくれて『とびきり可愛い』と褒めてくれた物なのに。ジッパーが上がらない。
完全に自分のせいだ。でも……エルが美味しいものばかり私にくれるのも悪い!それに我が家のシェフの料理は美味しくて、エルの食べっぷりに合わせて私の食べる量も知らぬ間に増えていたのだと思う。
『クリス、美味しいお菓子を貰った。最近王都で人気らしい』
『わぁ、ありがとうございます。嬉しいです』
『はい、あーん』
ぱくっ
『美味しいです』
『美味いか、良かった。可愛い』
そんなことは日常茶飯だ。美味しいお菓子を貰いすぎなので、本当は彼が取り寄せているのではないかと最近疑いはじめている。
『俺のデザートも食べたらいい。ほら、あーん』
ぱくっ
『んー、幸せです』
『美味いか、良かった。可愛い』
そんな感じで普段の食事のデザートも、頻繁に彼から貰ってしまっていた。太る筈だ。
ジッパーが上がらず青ざめて泣きそうになる私に、ノエルは優しく微笑んだ。
「奥様はまだお若いですから、ご成長されただけです。ドレスは後で少しだけサイズ調整しましょう」
「嘘よ……太ったんだわ。だって入らないもの」
「ふふ、お胸もきつくなられていますから。ただ太ったわけじゃありませんわ。奥様はとても細くてお綺麗です」
優しいノエルは励ましてくれるが、私の心は沈んでいた。このままぶくぶく太ったら、彼に嫌われてしまうのではないだろうか!?
『クリスはどこを触ってもすべすべで気持ちがいいな』
『ん……もう、くすぐったいです』
『柔らかくてもちもちで、どこも美味しそう。君を全部食べたくなる』
『もう、エルったら』
エルはそんなことを言いながら、私の肌をあむあむと甘噛みしていた。あの時はイチャイチャの延長だと気にしてなかったけれど『もちもち』ってまずい表現なのでは?妻が『もちもち』って……遠回しに太ったと言いたかったのでは?
「ダイエットするわ……!」
「奥様、本当に痩せなくても大丈夫です。あ……ほら、では旦那様に聞いてくださいませ?絶対痩せる必要ないと言われますわ」
ノエルはニコニコと微笑みながらそう言った。でもエルに直接聞くなんて一番嫌だ。
「彼は私に気を遣って、絶対『そのままでいいよ』って言うわ。でも昨晩……エルは私のこと『もちもち』って言ったのよ!絶対太ったってことだわ」
「え……?いや、きっとその表現は奥様が柔らかいなって意味だと……」
「よし!決めた。このドレスが入るまで私は運動と食事制限をするわ。あとエルとは痩せるまで一緒に寝ない!!」
そう言った私に彼女は青ざめて、必死に止めた。
「奥様!やめてください。旦那様の機嫌が悪くなります……」
「大丈夫。ちょっと疲れたと言って断るから!彼には綺麗な私を見てもらうわ。絶対にエルにはダイエットのこと言わないでね!!」
それから私は料理長のところへ行って、食事量を減らしてもらうように言ってデザートもしばらくなしにしてもらうことにした。
使用人達には心配されたけど、私はやりきってみせる。今までは食べてもあまり太らない体質だと思っていたけど、年齢と共に代謝は悪くなる。私も努力するべきだ。貴族社会では妻の評価は、そのまま旦那様の評価になる。大好きなエルが悪く言われるのは嫌だもの!
「クリス、ただいま」
「おかえりなさいませ」
彼が帰ってきたので、玄関まで出迎えると嬉しそうに微笑んでチュッと軽くキスをされる。
「これお土産。最近街で人気があるクッキーらしいよ」
「クッキー……」
私に可愛らしい箱を渡してくださった。ノエルやオリバーは私がダイエットをすると決めたことを知っているので、気まずそうな顔をしている。
いつも喜ぶ私が何も言わないので、彼はどうしたのかと首を傾げている。
「クッキー嫌いだったか?」
「あ、ううん。大好きだし嬉しいです!でも……エル!お菓子は沢山あるの。だからしばらくはいらないからね」
「そうか、わかった」
彼はニコッと笑って、私の頭を撫でた。なんとかエルを傷付けずに済んだわ。
そして今はディナーを食べている。私のご飯は普段の半分くらいになっている。
「クリス……なんか今日、極端に量が少なくないか?」
流石にやりすぎたか。エルは眉を顰めて、私のテーブルを眺めている。
「なんだか、今夜はお腹いっぱいで。恥ずかしいけど、夕方にお茶を飲んでしまって。ごめんなさい」
私はなんとか誤魔化した。もちろんお茶など飲んでいない。
「そうなのか。いや、それならいいのだが」
そして夜になった。私は今……自分の部屋にいる。自分が太っているとわかった以上、彼に裸を晒す勇気はない。しかし恐らく夫婦の寝室にいない私をエルは変に思うだろうな。
寝る支度をしていると、予想通りトントントンと扉がノックされる。
「クリス、起きているか?」
「はい。どうぞ」
彼は私の姿を見て、不安そうな……心配そうな顔をした。
「ごめんなさい。今日はちょっと疲れてしまって。今夜は一人で寝てもいい?」
「大丈夫か!?やはり体調が悪いんじゃないのか?心配だ」
彼はそっと私のおでこに手を当てて「熱はないな」と確かめている。
「さあ、しんどいなら早くベッドに入って。明日医者を呼ぼう」
医者!?そんなもの呼ばれては困る。
「大丈夫です。疲れが出ただけなので、寝れば治ります」
「そうか?でも……」
「大丈夫ですから!」
「わかった。じゃあゆっくり寝てくれ。君が寝付くまでここにいるから」
彼は私の手を握ってくれた。その心配っぷりに……太ったから恥ずかしくてあなたと寝たくない、なんて今更言い出せなくなってしまった。
「おやすみ、いい夢を」
彼は私のおでこにちゅっとキスをしてくれた。寝れないかもと思っていたのに彼の温かい手が気持ち良くて、知らぬ間にすーすーと寝入ってしまった。
それからも私は食事を制限を続け、街の貴族の奥様方に大人気の『ダンスの先生の個人レッスン』を秘密で受けることにした。
もともとダンスは好きだし、運動にもなる。私はエルに内緒で申し込みをしてもらうように、ノエルに頼んだ。
「奥様、旦那様に秘密というのは……」
「大丈夫!短期間だけだし、彼が仕事のお昼にしか行かないから。それに先生はとっても素敵な人なのよ?ダンスで体を引き締めて、綺麗になった私をエルに見せたいじゃない」
私が笑ってそう言うと「仕方ありませんね」とノエルは応援してくれた。
エルは最近なんとなく元気がない。恐らく私が一緒に寝ていないから。でも優しい彼は、しんどいからと夜の行為を断る私に無理強いはしてこない。
「しなくてもいいから、抱きしめて寝るのは……だめか?」
哀しそうに……辛そうにそう頼み込まれたので、いよいよ申し訳なくなった。もちろん「いいですよ」と言い今は夫婦の寝室で、彼に抱きしめられながら寝ている。
あと少し待ってて下さい。いい感じに痩せてきていますから!私は心の中でエルに必死に謝った。
うー……でもお腹空いたな。甘い物食べたい。そしてエルに愛されたい。
そんなことを思いながら、いや!我慢。彼の胸にギュッと抱きつき、今が頑張り時だと自分に言い聞かせた。
この時……彼が大きな勘違いをしていることを、私は全く気が付いていなかった。




