親友④
久しぶりに俺達は酒を酌み交わした。俺達が一緒にいると気が付いたオリバーが、気を利かせて色んなおつまみを持ってきてくれた。
昔から二人とも酒が強くて、みんなが潰れても最後に残るのは俺達だった。
「あー美味い。仕事じゃない酒は最高だな」
「確かにな。これから王都に戻るのか?」
「ああ。しばらく陛下の傍にいる予定だ。まあ……国内も色々面倒な奴らもいるから監視もしないとな」
「大変だな」
「まあ、いつものことだ」
ケラケラ笑いながら、酒をごくごく飲んでいる。こいつはこんな調子だが、常に緊張感のある心身共に疲れる仕事をしている。
「陛下が俺もそろそろ結婚しろとか言うんだぜ?笑うだろ」
「……笑いはしないが、難しいだろうな」
ジェフは陛下の密偵になると決めた時に『普通の幸せ』は諦めると心に誓ったと言っていた。しかしそれくらい陛下に仕えることに誇りを持っているからいいのだと。
「そろそろ密偵は引退して自分の傍にいろだってよ?こんな仕事してて、今更普通の生活できそうもねえけど。でも今のエルを見てたら結婚もいいかもなと思ってきたわ」
「俺はクリスだから幸せなんだ」
「だろうな。クリスティンちゃんいい子だな。あれは可愛いわ」
当たり前だ。この世にクリスより可愛い女はいない。
「でも、今夜は振られたんだ。くくっ……面白い」
「お前のせいだろうが!!こっちは仕事で三日も帰ってないんだ。久々の夜だったのに……あんなこと言うから」
俺はギロリと睨みつけた。甘い夜のはずだったのに……こいつのあの一言さえなければ。
「久々ってたった三日だろ?結婚して一年半も経ったのにお熱いねえ」
ジェフは揶揄うようにニヤニヤと笑い出した。ゔっ……確かに結婚したのは一年半前だが、そういう関係になったのはつい半年前だ。つまり俺達にとっては今がまさに『新婚』で、四六時中一緒にいたいくらい浮かれている。
「年数など関係ないだろ」
「そうだけどさ。なーんか、クリスティンちゃんってまだまだ初心な感じなんだよね?すぐ照れてるし。俺が言ったこともマンネリしてきた夜に、丁度いいスパイスになると思ったのに?」
「……は?」
てゆーか、マンネリってなんだよ。マンネリなんてなるはずないだろ。スパイスも意味がわからない。
「女の子は時々刺激が欲しいんだ。だから、人の気配がする中で声をひそめながら愛し合う……絶対普段より燃える」
こいつは一人で俺とクリスのとんでもない妄想の寸劇を始めた。
『あ……エル、今夜はだめです。ジェフ様に聴こえちゃうから』
『じゃあ声を出さなきゃいい。ほら、我慢して』
『やっ……だめ』
『いいの?そんな可愛い声出したら、あいつに聴こえるよ?』
「なーんて言って、いつもより盛り上がること間違いなしだな!って思ったのに」
俺はジェフの頭をガツンと殴った。俺の妻で変な妄想をするんじゃない。
「まだ慣れてないクリスに、そんな変態じみたことができるか!」
「は……?慣れてないってどういう意味?」
うわ、しまった。一番知られたくないことを口走ってしまった。
「どういう意味かちゃんと教えろよ」
良い獲物を見つけた時のようにニーッと笑っている。こうなったらこいつは聞き出すまで、離してくれないだろう。
俺は観念して、結婚して一年は俺がクリスを好きじゃないと誤解されていたこと……そして離婚までしかけたが仲直りして最近きちんとした夫婦になったということを洗いざらい話した。
それからはもう自分の気持ちを隠さずに、存分に彼女を溺愛しているということも話した。ジェフは俺が長い片想いをしていたことも知っているから、それは予想つくわと軽くあしらわれた。
こいつは話の誘導が上手いので、つい言わなくていいことまで話してしまう。
「あはは、離婚届!クリスティンちゃんやるねえ。でも、好きなのにそんな酷い態度取ったお前が完全に悪い。だけど……お前の絶望した死にそうな顔が思い浮かぶわ」
「あの時は心臓が止まるかと思った」
「くっくっく、許してもらえて良かったな。じゃあ今が一番楽しいだろうけど、あんまりしつこいと嫌われるから気をつけろ」
「わ、わかってる」
俺は目を逸らして、ぐっと酒を飲み干した。やり過ぎてはいけない。でも……彼女を目の前にすると愛する気持ちが止まらないのだから仕方がないではないか。
「こんな時間まで飲んでていいのかよ。エル明日仕事ないわけ?」
「明日は休みだ」
「へー……じゃあ今夜は飲み明かそうぜ!」
そしてそれから俺達は何本も酒を空け、夜通し飲み続けた。やはり友人というのは良いもので楽しい。昔話にも花が咲いてそのままだんだんと記憶が薄れていった。
♢♢♢
俺はトントンと何かに叩かれて、意識が徐々に戻っていく。でも……まだ眠たい。
「エル……エル!起きてくださいませ」
「エル……エル……」
んー……なんか可愛い声が聞こえる。俺が重たい瞼を僅かに開けると、そこには心配そうな顔で俺を覗き込むクリスがいた。俺は酒に酔って、ふわふわしたまま彼女の頬を包んだ。
「かわい……」
「……はい?」
「可愛い……可愛い俺だけの天使」
俺は天使のように可愛いクリスの唇を、激しく奪った。ぴちゃぴちゃという音が響き、甘くていい匂いが俺を包み込んでクラクラする。
天使が起しにきてくれるなんて、俺はめちゃくちゃ幸せだな。
「ふっ……!んー……!!」
なぜか必死に抵抗する彼女をグイッと引き寄せ、あむあむと唇を甘噛みした。二人っきりなのに、なぜそんなに逃げるのだろうか。俺の前では恥ずかしがらないで欲しい。自分が満足するまで存分に口付けを堪能した頃……俺はまた酔いが回って意識を失った。
「くっくっく……あはははは」
なんか聞き慣れた男の笑い声が……遠くから聞こえる気がするが……なん……なんだ。
♢♢♢
そして、次に目が覚めた時は昼だった。あれ?俺は確かジェフと飲んでいたはずなのに、いつの間にか自分のベッドで寝ていた。
「あー……完全に飲みすぎたな」
痛いという程ではないが、なんとなく頭がスッキリしないのは二日酔いだろう。
熱めのシャワーを浴びて、身なりを整えてから部屋を出た。クリスは何をしているだろうか?彼女と一緒にモーニングを食べられなかったことが悔やまれた。せっかく休みでゆっくり話しながら食べられる絶好の機会なのに。
謝ろうとキョロキョロと彼女を探すが、見当たらない。
「なあ……オリバー。クリスの姿が見当たらないんだが、どこへ行った?」
「奥様ならノエルと街にお出かけになられました」
オリバーは淡々とそう言った。
「なるほど。出かけたのか……ええっ!?俺は聞いてないぞ」
彼女が出かけるなんて一言も聞いていない。遠征に行く前は『お休みは二人で過ごしたいです』と、もじもじしながら可愛く言ってくれていたのに……何故だ。
「旦那様のお顔を見たくないそうですよ。一体、何をされたのですか」
オリバーはギロリと睨みつけた。は?顔を見たくないだと!?一体俺は何をしてしまったんだ。