親友③
「ジェフ様、お時間大丈夫ならご一緒にディナーをどうですか?」
優しいクリスはジェフにそんなことを言っている。まずい……だめだ。一刻も早くこいつを追い出したい。
勘違いしないで欲しいが、こいつと久々に会えて嬉しいし話したいことも沢山ある。でも会うなら外で二人で会いたい。
「もちろん時間あるよ!俺も可愛いクリスティンちゃんと一緒にご飯食べたいな。本当は二人っきりがいいけど」
「ふふ、まあ。ジェフさんはお世辞がお上手ですね」
「俺がお世辞なんて言うと思う?この真剣な目を見てくれ、美しい君を前に嘘なんて言えないよ」
こいつはキュッとクリスの手を包み込んで、キラキラした瞳で彼女を見つめた。あまりの距離の近さにクリスの頬がポッと染まる。
「離れろ!!」
俺はギロリと睨みつけ、クリスを背中の後ろにすっぽりと隠した。
「クリス、残念だがジェフはとても仕事で忙しいんだ。だからもう帰るらしい」
「え……?」
「ちょっと待て!誰が帰るって?俺は泊まるからな。陛下に一週間たっぷり休んで良いって言われたんだ」
ジェフは何かを企むようにニヤリと笑っている。嫌な予感がする……
「俺の金で高級ホテルの一番いい部屋をおさえてやるから出て行け」
「はぁ!?ホテルなんて嫌だね。この家のが居心地いいもん。クリスティンちゃん、お願い。俺……久々にこの国に帰ってきたからゆっくりしたいんだ。まだ大好きな親友のエルとも話せてないし。しばらく泊めて貰えないかな?」
こいつは目を潤ませて嘘泣きをして、クリスに訴えかけてきた。
「ええ、もちろんです。何日でも泊まって行ってくださいませ」
「ちょっ、クリス!?」
「いいではありませんか。あなたの親友には誠心誠意おもてなしせねばいけませんもの」
ニッコリと微笑むクリスの後ろで、ベーッと舌を出すジェフの顔が見えた。はぁ……最悪だ。
それから三人で美味しいディナーを食べた。その時間は素直にとても楽しかった。だか、ジェフは俺のことを知りすぎているので……困る。
「エルは昔から酒に酔うと俺に『今日もクリスティン嬢が可愛い』『好きだ』『キスしたい』と連呼していたんだよ。あと君が舞踏会で同級生の男と話してたら嫉妬してた。まあ……こいつは眺めるだけで、自分から話しかけられないヘタレだったけど」
ジェフはゲラゲラと笑いながら、俺の黒歴史を話し出す。
「ク、クリスの前でそんな話やめろ!それにキスしたいなんて言ってない」
「いやー、言ってたね」
「言ってない」
「じゃあ他の言葉は認めるんだ?」
「……っ!」
だって本当のことだ。昔も今も彼女の可愛いのは間違いないし、好きなことも間違いないのだから。
俺達のその話を聞きながら、クリスは恥ずかしいのか顔を真っ赤に染めていた。
「クリスティンちゃん、かーわい。人妻なのに初心なんてそそるな」
「お前……殺されたいのか」
「いやん、怖い」
ジェフは楽しそうに笑っている。こいつは俺を揶揄うことを楽しんでいるようだ。
「さあ、そろそろ解散だ。オリバー!俺達の部屋から一番遠い客間を案内してやれ」
オリバーはその意味にすぐに気が付き……わずかに苦笑いをし、ジェフはニヤニヤと笑った。
俺は正直今夜を楽しみに辛い仕事を終えて、帰ってきた。いつもなら、もうすでにクリスを抱きしめ何度も甘いキスをしているはずだ。
なのに!こいつがいるせいでキスどころか……まだハグすらできていない。無理だ、限界だ。もう三日もクリスを愛せていないのに、今夜触れられないなんてことは避けたい。
「ジェフ様、おやすみなさいませ」
「クリスティンちゃん、今日はいきなり来てごめんね。ありがとう、おやすみなさい」
ジェフは優しく微笑んで寝る前の挨拶をしている。そして……そのまま順調に終わると思っていたのに、こいつは扉から出る前にくるりとこちらを向いた。
ゾクリ……嫌な予感がする。ジェフはニヤリと悪魔のように微笑んでいた。待て、なんだその顔。いらないことを言うなよ。
「二人とも俺のことは気にせず、たっぷり愛し合ってくれていいからね。あ……でもエルは知ってると思うけど、俺耳がいいから程々にな。じゃあ……おやすみ」
ジェフはヒラヒラと手を振りながら扉をバタンと閉めた。終わった……あいつわざとそう言いやがった。
「エル!あ、あの……ジェフ様が帰られるまで私は自分の部屋で寝ますね」
「えっ!?嘘だろ、ちょっと待ってくれ」
「お、お客様がいらっしゃるのに……む、む、無理ですから!おやすみなさいませ」
彼女は俺を避けるようにパタパタと廊下を走って出て行った。そして今……俺は呆然と立ち尽くしてきる。ノエルが「旦那様、ご愁傷様です」と憐れみの目で見つめていた。
――だからあいつを帰したかったんだ!こうなると思っていた!!
恥ずかしがり屋の彼女が、来客を気にしないはずがない。でもさすがに彼女に全く触れぬままなんて、耐えられるわけがない。
俺はすぐにクリスの部屋をノックし、中に入った。彼女は「今夜はだめですよ」と念を押してくる。
「クリス……抱きしめさせてくれ。君に三日も触れていないから辛いんだ」
俺が両手を広げると、彼女は照れながらも胸の中にぽすんと入ってくれた。ギュッと抱きしめると、柔らかくてふにふにしてて……いい匂いがする。
そのまま頬に手をかけ、ちゅっと長めのキスをすると蕩けそうな程気持ちがいい。
一回で終われるわけもなく、ちゅっちゅ……くちゅ……と激しい口付けになり彼女から色っぽい声が漏れた。
「ふっ……んんっ」
その瞬間に「これ以上はだめです。ジェフ様に聞こえてしまいます」と胸を押されて拒否された。あいつは密偵をしているため確かに耳が良い。だが、これだけ離れた部屋で声が聞こえるはずなんてない。けど、嫌だと言う彼女に無理矢理なんてしたくない。
「今夜は優しくするから。だめ?」
絶対優しくなんてできないのに、俺は甘えるように嘘をついた。
「だ、だめ。絶対声出ちゃうもの」
彼女は真っ赤になってそんなことを言っている。ああ、可愛い。いっぱい声を聴かせてほしい。そのためには早くあの男を追い出して、クリスといちゃいちゃするしかない。
「……わかった。でも、あいつが帰ったら覚悟して?おやすみ」
彼女はボッと真っ赤に頬を染め、目を見開いている。
「お、おやすみなさい」
俺は彼女のおでこにおやすみのキスをして、その場を去った。そして俺はあいつが使っている客間に酒を持って強めにドアを叩いた。
「あら、ダーリン。大事な奥様放っておいてこんなところに来てていいのかしら?」
ジェフは色っぽい流し目をしながら、俺の頬をするりと触ってくる。
「触るな、その口調もやめろ。気持ち悪い」
「くくっ、ご機嫌ななめだね。まあ、入れよ」
「入れって……そもそも俺の家だけどな」
楽しそうなこいつとは裏腹に、俺は不機嫌なまま部屋に入った。