14 ハッピーエンド
そして、あっという間に月日は流れ……エルと私の息子が産まれた。おぎゃあ、と泣く声を聞いて無事なのだと私も涙が溢れた。
「クリス、よく頑張った。本当にありがとう」
彼は泣きながら笑って、顔はぐしゃぐしゃになっていた。
「ありがとうございます。あなたに良く似て……可愛いですよ」
「俺は世界一の幸せ者だ」
「私もです」
彼は微笑み、私を優しく抱きしめてくれた。それからも私達の幸せな日々は続き、二年後には私によく似た娘も産まれた。
彼そっくりな息子は何年経っても私にベッタリで、エルは「まさか一番のライバルが息子とは」と頭を抱えていた。そして仲良く喧嘩しながら、私を取り合っている。
そして、私そっくりの娘も同じくその二人に溺愛されている。彼女は愛を一身に受けながらもなかなかクールで「私はもっと落ち着いた人と恋をしたいわ」と、御令嬢らしくチクチク刺繍をしている。そんな彼女が今密かに恋をしているのは、家庭教師の先生だ。年上好きなのは、私に似たのかもしれない。エルと息子に言うと煩いので二人の秘密だ。
――私はとても幸せだ。
エルは最近『鬼』と呼ばれることは完全になくなった。むしろ最近はエルベルトのような人と結婚したいと王都の御令嬢達に噂されているらしい。愛妻家で子煩悩……辺境伯でありながら騎士として自分が先頭に立って魔物と戦う姿も凛々しくて素敵らしい。
今更気がついても遅いわ。それに彼のような良い男が他にいるわけがない。たまに王都の舞踏会に参加すると、彼にちょっかいをかけてくる御令嬢がいる。
「奥様は子育てでお忙しいでしょう?エルベルト様には……そろそろ癒しを与える別の女性が必要ではございませんか」
私の目の前で、そんな失礼なことを言って側室になりたいとすり寄ってくる女がいるのだ。しかし、私が心配するようなことは一度も起きたことがない。彼の愛は海よりも深いのだから。
「はは、別の女性などあり得ませんよ。クリス以外は興味ないので」
「……え」
「まあ、でも確かに可愛い俺の妻は癒しとは違うかもしれませんね。結婚して何年経っても、俺は彼女の前では常に興奮してしまうので」
彼は御令嬢に妖艶に微笑み、私の肩を抱いてチュッとキスをしてその場を離れる。公の場でそんなことを言われて、恥ずかしくて真っ赤になってしまった。もう妻になり、二人も子ども産んだので照れるのもおかしいのだが……どうしても慣れないのだ。
彼はそんな私をチラリと見て「可愛い」と蕩けた笑顔で微笑んだ。
「もうあらかた挨拶も済んだし、君とも踊ったからホテルへ戻ろうか」
仕事で来ていたので、今日は王都で一泊の予定だ。子ども達は使用人達はお家で賢くお留守番している。
「まだ来たばかりですが、いいのですか?」
「いい。君が可愛すぎて興奮したから、責任とってくれないか?」
「……馬鹿」
私は彼を睨みつけるが「その顔も可愛い」なんて言われて、ホテルの部屋に入った途端ベッドに優しく押し倒された。何年経過しても彼は私を子ども達の母ではなく女性として扱ってくれている。
「クリス、愛してる」
彼からの愛の言葉を受けながらあっという間に、心身共に蕩けさせられてしまった。
何年、何十年経過しても私は彼に愛されて幸せだ。元々は恐ろしい彼との愛のない政略結婚……だったはずなのに、実際の私は優しい彼に溺愛されて幸せな結婚生活をおくっている。
「エル……沢山の御令嬢の中から、私を見つけて選んでくれてありがとう」
「ん?急にどうした」
「私……あなたと結婚して幸せだなって」
私はその時、素直にポロリとその言葉が溢れたのだ。隣に寝ていた彼は、ガバリと起き上がり真っ赤になった顔で私を覗き込んだ。
「それはこっちの台詞だ。君は俺の全てだ。クリスと結婚できて俺は本当に幸せだ」
それからお互い見つめ合い、久々の二人きりの時間を堪能し冷めることのない愛をたっぷりと伝え合った。
「クリス、愛してるよ」
嫁いできた時、恐ろしい彼から逃げだしたいと思っていたことは内緒だ。でも今はもし、彼が私の元を離れたいと言っても逃してあげられない。それくらい愛している。
「私もエルを愛しています」
彼にあと何回、この愛おしさを伝えられるだろうか?
「エル、長生きしてね。できれば私より一日だけ長く生きて」
私が悪戯っぽく彼にそう言うと、エルは困ったような顔をした。
「いくら君の頼みでも、その願いは聞けないな。クリスは俺より長く生きてくれ。俺は君がいない世界では、一日だって生きられない。それに……俺は君より十歳も年上だからね」
エルは私の頬を手で包み、柔らかく微笑んだ。
「では……頑張って長生きしてくださいませ。私は若いですから、あなたが早くに死んでしまっては寂しくて再婚してしまうかもしれませんから」
「ええっ!?」
「だって十歳も若いんですもの」
私がわざとニヤリと笑うと、彼はさーっと青ざめた。
「で、でも!ほら、俺らには子ども達だっているし。再婚というのは……」
「そうですわね。では、再婚はやめて恋人を作ります」
「ク、クリス!前言撤回だ。俺が君より長く生きる!!君が他の男のものになるなんて耐えられない。俺が死んでても絶対にだめだ。その男をあの世から呪う自信がある」
彼は急に大声で私の肩に手を置き、ガタガタと揺らした。呪う自信って……子どもっぽいことを言う彼に笑いそうになったが、エルは真剣な顔をした。
「……なんて器が小さい男だと思うだろうが、どうしても嫌なんだ。君に触れていいのは俺だけだ」
彼は切ない顔で、私の頬にちゅっとキスをした。
「ごめんなさい、私恋人を作るなんてひどい嘘をついたわ」
私は彼に素直に謝り、ガバリと頭を下げた。
「嘘?」
「私はもしあなたに二度と逢えなくなったとしても、一生あなたが好き。きっとどんなに良い人やどんなに格好良い人が現れても、私はあなた以外は愛せない」
彼の顔は真っ赤に染まった。
「だからお互い長生きしましょう」
「ああ、そうしよう。命が尽きるまで……いや俺は生まれ変わってもまた君を愛するよ」
「ふふ、見つけてくれる?」
「もちろん。クリスなら、どこに居てもどんな格好でも見つけられる」
私達は微笑みあってぎゅっと抱きしめ合った。今もこれからもずっとずっと彼と過ごしていきたい。そんな幸せな気分の中……彼の胸で静かに眠りについた。
♢♢♢
「きゃー!!これって……まさか」
私はある本を最後まで読んで、驚いてバサリと床に落としてしまった。
王都では今、ある恋愛小説が流行っているらしい。だから、興味本位でそれを取り寄せて読んでみたのだ。
内容は恐ろしい鬼に無理矢理嫁がされた姫が、その明るく優しい心で接するうちに二人は仲良くなり真の夫婦になっていく……そして姫の愛で呪いを解かれた鬼が人間に戻ってハッピーエンドになるというものだ。
そう……これは設定こそ違えど、性格や見た目がまるでエルと私のようではないか。なぜこんなものが書かれて、流行っているのか!
「クリス?どうしたんだ」
「あ、あ、あの……この小説を読んだんだけど」
私は恥ずかしくてプルプルと震え出した。エルはこの小説の存在を知らないのかも知れない。
「ああ!俺とクリスが元の小説だろう?よく書けている。俺達の愛が本になるなんて最高だ」
知ってるの!?しかも最高とか……そんな恐ろしいことをキラキラした眼で言っている。
「あなた本物の鬼にされてますよ」
「ははははは、まあ君のお陰で人間に戻れるから良いじゃないか」
彼は呑気に笑っている。私が恥ずかしがり、彼が喜んだこの小説は人気を博して舞台化までされてしまった。
私達はある日この舞台に招待されて、観に来ていた。ボックス席で他人からあまり見えないのを良いことに、彼は私を膝に乗せ、後ろから抱きつきながらご機嫌に舞台を観ている。私は舞台の内容も、彼の膝の上にいるのも恥ずかしくて真っ赤になって照れてしまった。
「照れてるの?可愛い」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるので、観劇に集中できない。しかも舞台上のキスシーンでは、同じタイミングで彼にちゅっと唇を奪われる。
「軽いな。俺達のキスは、いつももっと蕩けるように濃厚なのにね?」
そんなとんでもないことを、耳元で色っぽく囁かれる。舞台の役者さんが、そんな濃厚なのするわけないではないか。
見えにくい場所とはいえ派手にイチャついていたので、そんな仲良しっぷりを目撃した人々に『舞台より本物の二人の方が甘い』とさらに噂になってしまった。私は頭を抱えたが……確かに彼との生活は毎日が驚く程甘く幸せだ。彼が望んでくれてこれでもかと愛されている。
――私はふと結婚式の日のことを思い出した。
『いついかなる時も、彼を夫として慈しみ愛する事を誓いますか?』
そう聞かれた私は、初めて会った鬼と呼ばれている恐い顔の旦那様を愛せるかわからないなと思いながら事務的に返事をした。
――今なら心から誓える。
『はい、一生愛します』
エルと一緒の人生は、きっと舞台や小説以上のハッピーエンドが待っているに違いないのだから。
本編はこれで最後になります。
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