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お説教

 幼馴染みの女の子がいる部屋に入るというのは、本来心をときめかすイベントなのかもしれない。美人で面倒見がいいとなると尚更だ。


 だが呼び出しを受けた俺の気分は憂鬱で、嫌で仕方がなかった。部屋に入る時、悪いことをして職員室に呼び出されたようなそんな心持ちがした。ドアの前に立つと一応ノックをして、彼女の返事を待つ。「どうぞ」という抑揚のない声が聞こえてきて、俺はドアを開けた。


 奥側にベッドがあり、手前に丸テーブルと椅子が二脚。ミランダは腕組みしながら椅子に座っている。部屋に入った俺を睨みつけている。不満がありますよという態度を隠そうともしない。彼女の顔を見て、俺は蛇に睨まれた蛙ようい身体をすくめてしまう。一体どういう種の説教を受けるのか検討もつかなかった。


「座って」


 ミランダに端的な命令をされ、俺は彼女の対面に着座した。


「俺、疲れてるんだけど」


 一応、先手を打つつもりで、さっそく不平不満を口にした。主導権を握られるわけにはいかない。


「すぐ終わるわよ。でも、今のうちにしっかりと話し合いをしておく必要があると思ったの」


 どうやら意識の高い彼女は、今日の俺の行動に思うところがあるらしい。考えてみれば、これまで学舎にいた頃からも散々注意を受けてきた。勇者らしくしなさいとか、勇者とはこうあるべきという自説をぶつけられ、ねじ伏せられてきた。俺としては好きで勇者として生まれてきたわけではなかったし、勝手に理想像を語られても困る。確かに彼女の言うことにも一理あるのだが、結局、自分は自分で他人は他人だ。今更、根源的な性格を変えられるわけもなかった。


「なにをだよ」


 恐怖心を悟られないように声を荒げて応対する。俺の頭の中で戦闘BGMが流れ始めた。

「今日のことよ。全体的にあなたの行動に不満があるわ」


 早速ミランダは冷淡にそう告げた。彼女の淀みない流暢な発話は、それだけで俺の心を挫かせてくれた。俺のHPが五十だとすると、いきなり三十ダメージは負ってしまった気分だ。モンスターとの戦闘であれば、次の行動で『逃げる』コマンドを選択していることだろう。とはいえ腐れ縁である幼馴染みから逃げられるわけもない。


「全体的な行動ってなんだよ」


 オウム返しする俺。今日という抽象的な言い回しでは、サッパリ理解できない。城でのことなのか、広野でのことなのか、あるいはライライ村での出来事か計りかねる。


「民達への態度のことよ。アルタイルでもそうだったし、ここライライ村でもそうだったわ」


 どうやら人々との対応が不味かったと言いたいらしい。


「俺、そんな失礼な対応だったと思えないんだけど」


 今日の俺は自分で言うのもなんだが、非常におおらかだったように思う。手を振っていた人達に仕方なく振り返してあげ、ライライ村でも仕方なく種を渡してあげた。それなりに頑張っていたのだ。咎められる筋合いなどないように思う。


「勇者として問題だったわ。皆さんが集まって下さった時にも、無愛想に立っていただけだったじゃない。種を渡すときだって笑顔の一つもなかった」


「種を渡すなんて、俺が発案したわけじゃないんだけれど」


「種を渡した時のことだけを言ってるんじゃないの! 私はあなたの態度について話をしているのよ。勇者は昔からそういうところがあるわ。自身の強さしか求めていないというか……。周りの人たちに配慮が足らない気が私にはするの。あなたにだって不安はあると思う。けど、それを表に出してしまっては駄目だと思うのよ。これから私たちは各国を廻っていくことになる。世界各国の人たちは皆、魔王の復活により困り果てているはずよ。あなたがそんな対応をしていたら、民は皆不安になるじゃない」


 少し口答えしただけで、百倍くらいにして返された。


 どうもミランダは俺の性格を誤解しているようだ。口下手で自己表現が苦手なため、彼女に俺の思いが伝わっていないらしいのは仕方がない。しかし、どうも根本的な勇者像が、俺と彼女とでは徹底的にズレていた。そもそも俺が強くなろうと努力したのは、自分が死にたくないからで、強さを求めていたわけではない。旅に出なくていいのなら、ずっと家で寝ていたかった。それから不安についての種類についても、彼女とは認識の違いが生じている。ミランダは魔王が倒せるのかで、思い悩んでいると思っているのだろう。対して俺は、逃げ出した後に無事隠居できるかの不安を感じているのだ。


 とはいえ、少し不満を口にしただけでこれほど反問されたのでは、とても口答えする気力も湧かなかない。隙を見て、彼女からこっそり離れて行くことにしようと俺は心に決めた。


「わかったよ……」


 諦めた振りをして肯定する。この時点で疲労困憊状態になっており、思考能力を失っていたという理由もある。これ以上議論を伸ばしたくないし、早く寝てしまいたかった。


「わかってくれたならいいわ。明日からは少しは意識して動いてちょうだい」


 ミランダはそう命令する。

 これで終わりかと思いきや、次に本日の細かい内容を振り返った。アルタイルでの会議室のことから始まり、ここの宿に至るまで、そんなことよく覚えているなという内容まで駄目だしが入った。また、今後の民への対応の改善策と、ついでに明日の予定まで子細に決められた。


 俺は適当に頷き、話を聞いてますアピールをし続けるしかない。長々と思いの丈を吐き出せたおかげなのか、それで満足し「勇者、私たちは人々の希望の光よ。必ず魔王を討ち滅ぼして世界を平和にしましょう」と最後に締めくくった。世界を平和にしたいのなら、しっかりと睡眠時間を確保する必要があると思うのだが、彼女にとっては談合することの方が重要らしい。結局二時間くらい時間を取られ、ようやく俺は解放された。


 やはり、早いうちに逃げ出すなり、魔王討伐やめます宣言するなりした方が良いのかもしれない。初日からこれでは、今後とても身体が持つ気がしない。俺はベッドに潜ると、疲れからすぐに眠りに落ちてしまった。

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