王からの賛辞
「アルタイルの勇者よ。この度は大変ご苦労であった。そなたのお陰で、我が街の民の多くは救われた。皆を代表して私が謝辞を述べよう」
グラリア王国の玉座の間で、俺とミランダは王を前で賛辞を受けていた。
「いえ、当然のことをしたまでです」
俺は心にもない言葉を返す。
「街の者を救うために危険な地へ赴き、多くの人々を苦しめていたブラックヒドラを討伐したことは賞賛に価するものだ。初代勇者であるアグストリアは、数々の街を巡り多くの人々を救ったという伝承されている。この度の活躍は、誠の勇者そのものの働きだった」
「勿体ないお言葉です」
俺は一応謙遜しておく。あんまり変なことを言うと、後々ミランダに何を言われるかわかったものではない。実際、今日ここに来るまでに、ミランダに言葉使いには気をつけろと散々忠告を受けてきているのだ。無難な会話を心がけ、心にもない言葉を返す俺なのだった。
もっとも今回は、純粋に褒められるために呼び出されただけのようなため、それほど悪い気はしていなかったのだが。
ルーラン草を持ち帰ってから、既に三日が過ぎていた。グラリア王国に帰るなりすぐに調合師(素材を組み合わせて薬を作る職業)に持っていき、レッドオオバリバチに効く薬を作ってもらった。それをすぐにアイリの父親に飲ませると次の日には快方に向かい、元気よく歩けるようになった。アイリは涙ながらに喜び、二人からお礼を言われたのだった。
まったく気がつかなかったのだが、グラリア王国の街には他にもレッドオオバリバチに苦しめられている人が少なからずいたようだった。ミランダはこの見落としにも後悔をしていたが、レッドオオバリバチに刺された人は家から出ないし、仕方がなかったようにも思う。アイリの父親の話を聞いて、その薬を分けてくれと言いだした人がいたのだ。
そういった事情で、街でレッドオオバリバチに刺されたという情報を再び集めることにした。そうして、患者を見つけると薬を飲ませてあげた。
そういった行動を繰り返していくことで、噂は瞬く間に広がり、王の耳にまで入ったということだ。翌日お礼がしたいということで、俺とミランダは王城までやってきたのだった。
「これは私からのほんのお礼だ。受け取るがいい」
王は俺たちに向かって、そんな言葉を口にする。
兵士が二人豪奢な宝箱を俺たちの前に置いた。俺は宝箱を開く。正直、アルタイルの王に貰った貧相な銅の剣の件もあり、期待は全くしていなかった。だが、中を見ると予想以上に物が入っており、俺は驚嘆した。
まず装飾を施した鉄の盾と、腰回りを強化できる鎖帷子が目についた。それからミランダが装備できる魔法防御の上がるローブとハットまで入れてある。さらにお金も入っており、二千五百フォルツという大盤振る舞いだった。
どこかのケチな王様にも見習って欲しいほどの羽振りの良さだ。
「王様、先ほど勇者も言いましたが、私たちは当然なことをしただけです。このような豪華な品々の数々受け取るわけにはいきません」
ミランダが余計なことを言った。
「ふぉっふぉっふぉ。いいのじゃ。今回の勇者の活躍は、これでもわしには少ないように思える。折角、準備をしたのだ。遠慮なく受け取ってくれ」
王に明るい調子でそう言われたミランダは、少し逡巡したのち了承の言葉を示した。
「確かに断ってしまうのは逆に失礼かもしれませんね……。わかりました。有り難く頂戴いたします。この装備品に見合うだけの活躍をし、必ず多くの人々を救うということをお約束いたします」
意識の高い魔法使いは、また勝手に約束する。
「うむ。おぬし達こそ必ず魔王を討伐してくれると信じておる。頼んだぞ」
ミランダがその気にさせたため、王様は満足そうにそう言い放つ。
否定したい気持ちも強いが、当然そんなことを言えそうな雰囲気ではない。王様は陽気そうな表情で俺たちを賞賛し、周囲の兵士達も顔を綻ばせ、俺たちのやり取りを見ている。今回のめでたい結果もあり、みんな浮かれているようだった。
だが、俺の心中は複雑だった。今回のブラックヒドラに勝てたのは奇跡といってよかった。たまたまミランダの攻撃タイミングが良く、さらに踏み潰そうとしてきたため下に潜りこんでいた状況が功を奏しただけである。
あらゆる面でブラックヒドラにすら劣っている俺たちが、今後どうやって魔王三大配下や魔王本人と対峙すればいいのかわからない。
当然王様は、今後の事細かな事情まで掴んでいる訳ではないだろうし、今後に期待するのも無理もない話だった。しかし、今後の課題を考えていくと、賛辞を送ってもらっても素直に喜べそうになかった。
その後、王様と少しの雑談をし、もう一泊していくと良いと言われた。宿代までサービスしてくれるとのことで、随分と気前のいいことだと思ってしまう。俺たちはお礼を言って王城を後にした。
城を出て街を歩くと、様々な人達から声を投げかけられる。
「お、勇者さんじゃないか! 頑張ってよ!」
「勇者様! あんたは英雄だ。今度は魔王も頼むよ!」
「ブラックヒドラにも勝ったあんた達ならきっとやってくれると信じてるよ!」
この街の人々の反応も随分と変わってしまったと感じる。すれ違う人々から、激励の言葉が飛んでくる。三番目の勇者がいい加減過ぎたばかりに、ギャップから俺が良く見えるのかもしれない。確かに、街の人々を救ったのは確かだが、俺はやる気がないのだ。あまり期待されても困る。
そんな中、アイリが前から歩いて来る。俺たちを待っていたようだ。
「勇者様!」
「アイリか。お父さんはもう大丈夫なのか?」
快方した姿を見てはいるが、一応聞いてみる。
「はい。随分元気になって、今日はもう仕事に復帰したみたいです。数日くらい休んでいたほうがいいんじゃないかと私は言ったのですが」
「そうか。とにかく元気になって良かった。ミンクの丘で頑張った甲斐があったよ」
「全て勇者様のお陰です。お礼の申し上げようもございません」
「いや、アイリとミランダのサポートがあってこそだよ。皆の力で掴んだ勝利だ。俺一人では到底無理だった」
俺らしくないなと思いつつ、どうもアイリの前では格好をつけてしまう癖が抜けないようだ。勇者然とした物言いで、全員の勝利だということを強調しておく。
アイリは、俺の言葉を受け、少しはにかむ。ミランダも先ほど貰った紫色のローブとハットを身に纏い、明るい調子でそんな俺たちを見ている。
客観的に見れば、これから新たに魔物を討伐する勇者一行として、これほど理想的な状況はないだろう。
街の人を悩ましていた病を治し、人々からも祝福された。本来なら三人で盛り上がり「よっしゃ! この調子で魔王をぶっ倒すぞ!」くらいの気概を見せるべきだったのかもしれない。
だが、俺は精神論が嫌いで、現実的に物事を考えたいが故に、適当なことはあまり口にしたくなかった。理想論を語るのは勝手だが、世の中には実現困難なことの方が多いのだ。
アイリは黙って、何か言葉をかけて欲しそうに立っている。
彼女が何を求めているのかを察してはいたが、俺はその言葉が出せないでいた。
ミンクの丘へ向かう途中、テントの宿泊で言ったアイリの告白。「私も連れて行ってくれませんか?」という問いの回答を欲しがっているのだろう。俺はあの時、ルーラン草を入手し戻ったときに返事すると逃げた。実際こうして目的を達して、帰ってきたが、今日まで答えは返せていないのだった。
アイリはあれほどの激闘があったにも関わらず、冒険について行きたいという意思を感じる。彼女のあの日の決意は、本物だったのだろう。
「勇者様、明日旅立ちの予定ですよね?」
「あ、ああ」
俺はアイリの質問に、頷く。
「私たちは明日、朝八時に出発予定よ。アイリさん」
ミランダがアイリに情報を伝える。
「わかりました。それでは勇者様、今日はゆっくり休んでくださいね。ではまた明日」
アイリとしても、一緒に行きたいと再び告げることは、勇気のいることだったのかもしれない。明日、改めて、聞くという雰囲気を残しつつ、アイリは俺たちから離れて行った。
その後、王様に指定されていた宿に向かって歩く俺たち。
行く途中でミランダに声をかけられる。
「勇者……」
「わかってる」
ミランダとしては、俺から話題を振ってやってくれと思ったのかもしれない。だが、今後のアイリの命に関わる重大な決断だ。本人が行きたいからといって、あまり軽はずみに了解するのは如何なものだろうか。俺は未だに考えをまとめられないでいた。
結局このまま一言も交わさずに、俺とミランダは二人で宿へと向かうこととなった。




