表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/45

激戦の果てに

 ブラックヒドラの羽は未だ氷っており、飛行することは不可能である。それでも、先ほどの体当たりを考えると、地上でも十分スピードがあるので注意をしなければならない。

 ブラックヒドラは咆哮を上げる。凄まじい雄叫びは、ミンクの丘へけたたましく響き渡る。その後、こちらへ向かって突進をしてくる。


「……速い」


 地上にいても圧倒的な威圧感を与える風貌。巨体が素早く迫ってくる様は、覚悟した俺でも萎縮してしまいそうになる。

 接近してきたブラックヒドラは、爪での攻撃を仕掛けてきた。


 俺は後ろに飛び、その攻撃をギリギリのところで回避する。

 素早い動きだが、予測をしていれば回避できないほどではない。


 俺は攻撃後にできた僅かな硬直を狙って、剣を振り下ろす。カキンッとブラックヒドラの硬い皮膚に当たるが、ダメージは殆ど期待できない。俺は構わず、二撃目、三撃目と繰り返す。


「うおおおぉ!」


 俺は闇雲に攻撃を放っていく。弱点部分に攻撃を加えたいが、ブラックヒドラも警戒しているため、隙を待つしかない。


 俺の連撃に多少痛みはあるのか、ブラックヒドラは呻き声を上げる。そうして、再び反撃を繰り出してきた。爪で攻撃した瞬間を見計らって、俺は前転し前へと回避する。


 集中しているからなのか、相手の攻撃がよく見える。爪の攻撃はかすりもせずに後方へ回り込むことに成功した。そのまま、奴が振り向く前に攻撃を続ける。

 何かに八つ当たりをぶつけるかの如く、俺は剣を振り下ろしていく。


 俺の一心不乱の攻撃は、ブラックヒドラの背中に次々と命中していく。剣の重さに慣れてきているのか、集中しているからなのか、力が段々と増しているのがわかる。ブラックヒドラの硬い皮膚に傷がつき始めていた。


 斬って斬って……斬る。ただひたすら俺は剣を振るった。かつて、剣を合わせた父とのことを思い出しながら、ブラックヒドラの背を切り続けた。


 たまらずといった感じで、ブラックヒドラは急速に前方へ逃げて距離を取った。

 このまま逃げ出してくれれば俺としては有り難かったが、ブラックヒドラは向き直り憎悪の視線をこちらに送っている。


(やっぱり簡単に決着はつかないか)


 奴は、先ほどの余裕そうな表情は消え、警戒したように動きを止めた。それは、俺の攻撃が全くのノーダメージではないという表れでもあるのだが、これからはさらに注視せねばならないだろう。頭のいい奴を怒らせても、ろくな事がないのだ。


 ブラックヒドラは、俺に向かって再びダッシュしてくる。爪での攻撃を警戒して、俺は剣を構える。だが、奴は中距離で立ち止まり、炎の玉を俺の前の地面に吐いた。

 地面からは土埃が上がり、視界が遮られた。


「……また目くらましか」


 この一瞬の土煙を利用して、接近して爪での攻撃が来ると読んだ俺は、バックステップで後ろに下がって距離を取る。ブラックヒドラの攻撃が空を切った瞬間に、再び反撃を加えてやろうと考えたのだ。


 さき程と似たような攻撃のパターン。所詮は魔物だと感じてしまう。

 しかし、ブラックヒドラは俺の読みを上回った。土埃がから出てきたのは、奴の自身ではなく……速球の炎の玉だった。


 煙から突如現れた炎球は、真っ直ぐ俺に向かって飛んでくる。


「くっ……!」


 俺は左への横っ飛びで対応する。奴自身ではなく、炎の球が飛んできた意外性から反応はやや遅れたが、辛うじて回避に成功した。


 ホッとしたのも束の間、それすらも囮だった。ダッシュしてきたブラックヒドラが俟っている土煙から出現する。爪での攻撃が俺の身体に向かって、斜に振り下ろされた。


「まずい!」


 身体をよじらせ回避しようとしたが微妙に間に合わない。左腕に爪が入り肉を抉られたのがわかった。


「痛っ……!」


 左腕に激痛が走る。

 自分の腕を見ると、三本の爪痕が痛々しく残っていた。傷跡からは出血が見られ、少し動かすだけで痛みが走った。


 俺は再び素早い動きで、後ろへ下がっていき、距離を取る。


 やはりこいつの恐ろしさは、知能が高いことだと改めて実感させられる。視界を遮り、その後にもう一段囮を用意し、俺へ直接攻撃を加えてきた。集中しているためか、致命傷を避けたが、一瞬のうちに勝負が決まってもおかしくなかった。

 こいつを怖れ、人々がミンクの丘へやってこなくなってきたという理由がよくわかる。百戦錬磨の魔物を相手にどう立ち回れば勝利できるのか、見通しがまったく見えなかった。


 やはり駄目なのか。そう考えていると、頭に再びあいつの声が入ってくる。


「グレイブ、何度も言うがお前は見切りが早すぎる。卑怯な手を使うなとは言わない。だが、基本的な攻撃をしてからこそ、他の手が生きるということを忘れるな」


 ああ、確かにそうだ。

 またすぐに投げそうになったが思い直す。左腕は動かすのも困難なほどだが、利き腕の右腕は健在なのだ。まだ戦えるはずだ。


「攻撃は最大の防御。ありきたりでもあるが至言でもある。自分が不利だと感じているときは、敵も有利だと思っているはずだ。守りに徹すると、ますます相手を有利な状況にするということを忘れるな」


 俺は痛みなど忘れ、ブラックヒドラに向かっていく。

 このタイミングで攻撃に転じてくると思わなかったのか、ブラックヒドラは虚を突かれたように動かない。


「うおぉぉお!」


 俺らしくもないがむしゃらな攻撃をドラゴンに繰り出す。


 隙だ。一瞬の隙を見つけてやる。硬い皮膚に覆われた、ドラゴンをいくら斬りつけようとも、決定打にはなり得ない。どこかで大きな隙を見つけ、弱点部分に剣を突き刺す隙を見つけてやる。


 剣の攻撃によってドラゴンの皮膚に傷がついていく。ドラゴンは呻き声を上げる。時々鬱陶しそうにくる攻撃を避け、剣を叩き込んでいった。


 客観的に見れば、俺が押しているように見えるかもしれない。

 しかし、状況は完全に不利だ。

 ブラックヒドラも傷はついているが、一撃が浅いため地上での動きには問題がない。対して俺の左腕はかなり深いダメージを負い、出血も続いている。


 また、体力的な問題もあった。元々俺は体力があるほうではなく、怪我と慣れない剣を振るい続けたことで息が切れ始めている。ブラックヒドラの体力はミランダと俺の攻防によって、多少は鈍ってきているものの、未だに鋭い爪での攻撃から見て、まだ余裕があるように思える。


 このまま、戦闘を続けていけば、先にへばるのは確実に俺だ。

 俺が弱点部分の目を狙おうとすると、ブラックヒドラは顔を上げ、炎を吐いて牽制してきた。


(駄目だ……読まれてる)


 炎による攻撃をなんとか回避し、再び背中に回り込み、攻撃を叩き込んでいった。

 じり貧になっているとしか思えないが、手を止めれば確実に仕留められてしまう。

転換はドラゴンの背中を斬っている時に起こった。


 それも俺にとっては、最悪な転換となった。ブラックヒドラはまだ隠し球を持っていた。俺は爪と炎による攻撃のみを警戒していたが、突然ぐるりと回転し、尻尾での攻撃を仕掛けてきたのだ。


「しまっ……!」


 尻尾による攻撃は、俺の身体に見事にヒットし、吹っ飛ばされる。

 完全に奴に読み合いの上をいかれた。攻撃のパターンを固定化させておき、尻尾による攻撃を切り札に持っていたのだ。


 ブラックヒドラはそのまま走ってくる。そうして今度は踏み潰そうとしてくるのがわかった。


(終わった……)


 ダウンを取られている上に、今の一撃によるダメージにより、とても避けられそうにない。


 徐々に近づいてくるブラックヒドラ。俺はダメージを負い地面に伏している。死の覚悟をする。

 ドラゴンの足は、俺の全長よりも大きく覆うような形で身体に落とされていく。俺は目を瞑る。


 走馬灯のように、これまでの出来事が頭の中を駆けめぐった。

 行きたくもない旅に出て、ミランダに怒られ緊張感の続いた日々。思えば、小さい頃から勇者という血筋に生まれた時点で、幸福は望めなかったのかもしれない。小さい頃は訓練ばかりで、街を歩くにも人の眼が鬱陶しくて仕方がなかった。


 仮にブラックヒドラに勝ったとしても、俺の人生はお先真っ暗だ。魔王討伐を続ければ、どちらにしても死期が遅まるだけで、再び緊張感ある日々が続くだけである。逃げ出すことに成功したところで、人々の目を避け完全な隠居生活をするのは難しく、窮屈な日々を強いられてしまうだろう。


 ここで死ねて良かったのかもしれない。次の五番目の勇者は、もしかしたら才気に溢れる若者かもしれないし、民達にとってもその方が有り難いだろう。こんなやる気のない勇者はどちらにしてもこの世からいなくなるべきなのだ。


 ——グレイブ……お前の勝ちだ。よく粘った。


「あっ? 何を言ってやがる」


 迫るブラックヒドラの巨大な足。俺の身体全体に落とされる。

 しかし、直前で軌道が変わり、俺の真横にドラゴンの足は接地した。ドスンという振動が全身に響く。


 一体何事かと思って見てみると、ブラックヒドラはバランスを崩していた。そうして、鋭い視線を別方向に向けている。その方向には……杖を手にした魔女がいた。


「勇者! 待たせたわね。援護するわ!」


 かなりの遠方から声が聞こえてきた。どうやらミランダが攻撃を加えてくれたようだ。アイリが近くにいることから、意識を取り戻した瞬間にこちらへ向けて魔法を放ったのだろう。ドラゴンの腹にでも魔法を当てたようだった。まさに危機一髪。焦ると即座に魔法をぶっ放す彼女の性格が、良い方向へ転んだようだった。


 俺は剣を手に取り、バランスを崩しているブラックヒドラに向かい剣を放つ。長いツーハンデッドソードを、弱点である喉元を狙い突き刺した。一瞬ミランダに注意を向けたため、俺への注意が僅かに逸れたのが、ドラゴンにとっての不幸だった。力いっぱいに入れた剣は、ドラゴンの喉に刺さり、緑色の血が首から大量に放たれていく。


 ブラックヒドラは悲痛な雄叫びを上げる。


 剣を刺したまま、俺は、急いで奴から少し距離を取った。

 もがき苦しむブラックヒドラ。動けば動くほど、剣の深く突き刺さった場所からはとめどなく出血していく。出血箇所から、生命自体が抜けているかのように見えた。


 やがてブラックヒドラはその場に倒れ、恨めしそうな視線を俺に送る。負けるとは微塵も考えていなかったのだろう。その大きな目はこんな奴に負けるとは……とでも言いたげであるかのように俺には思えた。


 目を閉じて、絶命するブラックヒドラ。巨大な生物はそのまま完全に静止した。

 俺は用心深く近づいていき、ツーハンデッドソードを首から引き抜いた。回収し、鞘に収める。


(やれやれ、なんで勝てたのかわからない戦闘だったな)


 激闘といって良かった。そしてあからさまに経験が足りていなかったことを実感できる戦いでもあった。ブラックヒドラにあらゆる面で上をいかれ、実力では完全に下回っていた。最後に勝利できたのは、ただ単に運が良かったのだろう。


 ミランダとアイリが駆け寄ってくる。


「勇者、やったのね⁉」「勇者様、ご無事ですか!」


 心配そうな二人の声が同時に被さる。


「ああ、なんとかな。ミランダこそ平気だったか?」


「問題ないわ。アイリさんに治療してもらったから大丈夫よ」


 ミランダはアイリを見ながらそう言う。


「いえ、私は大したことはしていません。お二人のお力が素晴らしかったのだと思います」


 彼女らしくそんな風に謙遜した。だがアイリという回復役がいなければ、間違いなく敗北を喫していただろう。いてもらって助かったと今にして強く思う。彼女の活躍なしにして、今回の勝利は有り得なかった。


 俺の左腕を見たアイリが驚き、即座に傷の手当てに入った。

 言われるまで気がつかなかったが、左腕は手傷を負いひどい有様だった。


 詠唱をして杖を傷口に当てると、見る見るうちに傷が塞がっていく。大したものだ。


 ミランダはこんな状態でも周囲を警戒しているようだ。別に新手が現れないか心配している風だった。勝利の余韻に浸らないのは彼女らしいが、さすがにこの周辺に別の魔物がやってくるとは思えなかった。ブラックヒドラはこの周辺最強の生物で、そいつが散々大きな声を上げているのだ。魔除け以上の効果はあったはずだ。


 遠方に目をやると、日は沈みかけ、もう暫くしたら完全に暗闇に支配されるだろう。真っ暗になる前に決着をつけられてよかった。ドラゴンは人よりもずっと夜目が利くのだ。


「あ、れ?」


 傷を手当てしてくれているアイリが、唐突に不思議そうに声を上げた。


「どうしたアイリ?」


 彼女の視線は俺の背後のほうに向けられている。一瞬ドラゴンが復活でもしたのかと思い、背後を見やる。ドラゴンは先程の状態と変わらず、永劫の眠りについているように思えた。


「ミランダさん、ブラックヒドラの横にある植物……見てもらえますか?」


 周囲を警戒していたミランダが、アイリに呼びかけられ、視線をドラゴンの死体の辺りに向けた。


「植物ってどれのこと?」


「えっと、あそこです。ブラックヒドラの頭の辺りに生えている背の高い草なんですが」


 ミランダはアイリの指定した方向へ行き、屈み込む。そうして一驚した。


「勇者っ!」


 ミランダの叫び声が飛んでくる。

 俺とアイリは、まさかと思い、ミランダがいる方に近づいていく。

 ミランダが見ている草、それは図鑑で見た通りのルーラン草にそっくりだった。俺とミランダは、アイリを見る。


「ええ、間違いありません。ルーラン草です」


 アイリは力強く断言する。

 あれほど難航したルーラン草だったが、まるで戦闘後の報酬かのように、ドラゴンのすぐ傍で元気よく生えていた。


 俺は近づいていき、生えているルーラン草を土から引き抜き、手にした。

 茎が長く青々しいルーラン草は、この状況も相まって神秘的な物に俺には思えた。

 ミランダとアイリも、感慨深そうにその植物を見ている。


 ——グレイブ、よくやったな。


 暗くなっていく夜空から、あいつからのそんな声が聞こえた気がした。


「てめぇのお陰じゃねーよ」


 反射的に俺は、もういないあいつに向かって言い返す。


「え?」


 俺が急に声を出したため、ミランダが疑問そうにこちらを見た。


「いや、なんでもない。とりあえず目的は達したし、一安心だな」


 俺は慌てて言いつくろう。


「ええ、そうね。でもまだグラリア王国に戻るまで油断しては駄目よ。帰り道にだって魔物は潜んでいるのだから」


 ミランダらしい物言いで釘を刺される。それでも、いつもより口調が柔らかくなっているように感じる。なんだかんだで彼女も、無事手に入れることができて安堵しているのだろう。


 俺たち一行はこうして——ルーラン草を手に入れたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ