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絶体絶命

「一旦下がって、アイリさんに治療してもらってきて。私が少しの間、時間を稼ぐわ」

 ミランダに治療を命じられ、俺は一旦後方に下がることになった。


「わかった……でも、無理をするなよ」


「ええ……大丈夫よ」


 アルタイル最強の魔法使いとはいえ、ブラックヒドラを一人で相手にするのは厳しいはずだ。特に、接近戦に持ち込まれてしまうと、離れて戦うことになれている彼女は危険だろう。そういう意味で、遠方攻撃もでき、近距離攻撃も強力なブラックヒドラは敵として非常に厄介な存在だと改めて感じてしまう。


 今回巻き込んでしまったミランダに申し訳ない気持ちを持ちつつも、俺はアイリのいる場所まで移動した。このまま長期戦になるなら、出血した状態で戦い続けるのも危険だ。


「勇者さん服を脱いでください。すぐに治癒魔法を唱えます」


 アイリの所まで行くと、早速俺に上半身の服を脱ぐように促された。


「ああ助かる」


 シャツを脱ぐと、痛々しい三本の傷跡が視認できた。思ったより深いようだ。まるで剣などで受けた創痍のようだ。改めてブラックヒドラの殺傷能力のヤバさがわかる。

 彼女は早速杖の先端を傷口に近づける。そうして詠唱を唱え始める。杖が光り出し、俺の胸に心地の良い温かな感触が巡る。


「お二人が戦われているのに、こんなことしかできずに申し訳ないです」


 傷口に治癒魔法を使いながら、アイリは言葉を返す。

 アイリの本心なのだろう。悔しげにそう言う。彼女の性格的に、俺たちとともに前線で戦いたいのかもしれない。


「いや、アイリが後方にいるから、俺たちは安心して戦えるんだ。助かるよ」


 実際、薬草を塗っておくだけでは、今回のような怪我の場合心許ない。そう考えると、アイリ抜きで来ようとしたのは、かなり無謀だったのかもしれない。


 少しすると傷口は完全に塞がる。改めてアイリの……治癒魔法の凄さを目の当たりにした気分だった。前回は尻に受けたダメージだったため、視認できなかったのだ。


「はい……大丈夫です。治りました」


 少し涙ぐんだアイリにそう言われる。


「ああ、ありがとう」


 お礼なんて、俺的にガラでもない気もするが、アイリが相手だと自然と言葉にできる。人徳という奴なのかもしれない。


「勇者様」とアイリは口にして、「絶対に……ご無理をなさらないで下さいね」


 彼女も今の戦闘でブラックヒドラの強さがわかったのだろう。沈痛な表情でそう訴える。だが、発見されてしまった以上、戦わざるを得ない。飛翔しているドラゴンを相手に逃走するのは、それこそ至難の業だったのだ。


「大丈夫だ。今戦った感じ、なんとかなりそうだってわかったからさ」


 結局俺は強がってしまう。不思議とアイリの前では、ビックマウスになるようだ。

 シャツを着終わり、再び前線へと走る。

 心配そうにしているアイリを背に、俺は再び前線へと向かうのだった。



 再び走ってミランダの前までやってくる。

 見るとミランダが必死の形相で、ブラックヒドラに魔法を打っていた。ドラゴンは空中から炎を浴びせ、物凄い魔法合戦を繰り広げていた。地面に炎の玉による穴があちらこちらに空いている。僅かの休憩で凄まじい戦闘が繰り広げていたのがわかる。


「ミランダ、無事か!」


 俺が声をかけると、少し安堵した様子のミランダが一瞬こっちを振り向いた。いくらミランダとはいえ、一人で相手をするのは相当プレッシャーがかかっていたようだ。


「ええ、でも、敵に致命的なダメージも与えてはいないわ」


 どうやらミランダは攻撃を受けていないようだ。遠距離攻撃に持ち込み、魔法合戦に持ち込むことに成功したらしい。


 しかしこれでは、敵にもダメージを与えるのも困難なようだ。互いが離れてれば離れているだけ攻撃は当てづらくなるのだ。


「飛行している状況をなんとかしないと駄目か……」


「え?」


「羽だ。羽を集中的に狙おう。飛ばなくなれば、こっちの攻撃も当てやすくなるはずだ」


 自然と内緒話のようになってしまう。声を潜めながら、ミランダに作戦を提示した。


「ええ……それは構わないけれどどうやって?」


 ミランダはブラックヒドラに氷魔法を放ちながら、問い返してくる。氷の刃は簡単にブラックヒドラに避けられてしまった。


「さっきのように俺が前にでれば、接近してくる可能性が高い。その隙を狙おう。右翼だけでいい。俺が隙を作るからミランダは後方でタイミングを見計らって、強力な魔法を右翼にぶっ放してくれ」


 ブラックヒドラは先程の戦いで、知能があることがわかった。俺がもし別の箇所を狙っていると思えば奴の右翼に隙ができるはずだ。詠唱の時間をミランダに与え、右翼に全力で魔法を放ってもらう。これが咄嗟に考えた俺の作戦だった。


「……わかったわ。やってみる」


「ああ、頼んだ」


 そうして、再び俺は前に出る。後方にミランダという布陣で対峙することになった。

 俺が前に出ると、ブラックヒドラは俺を見据えてきた。そうして宙より火の玉を吐き出してくる。


「当たるかよ!」


 俺はブラックヒドラが放つ火の玉を次々と回避していく。


 こちらの魔法攻撃が遠方であれば当たりづらいのと同様、向こう側の攻撃も当たりづらいのだ。体力の問題があるが、向こうの魔力も無限ということはないはずだ。いずれ痺れを切らして、爪での攻撃を仕掛けてくるに決まっている。

 再び吐いた炎を、俺は横に飛んで簡単に躱す。


「遅いな! うちの冷酷兵士長よりよっぽど遅い!」


 言語認識能力はないとは思うが、俺はブラックヒドラに向かって悪態をついた。悪口や嫌味といった陰湿な精神攻撃は、俺の得意分野だ。ついでに兵士長の文句も言っておく。


 俺の言葉が伝わったのかわからないが、ブラックヒドラは大きな雄叫びを上げた。怒りの咆哮がミンクの丘へこだまする。

 そうして、先程と同じように低空飛行から俺に向かって飛んで来た。


 ——来たか。


 俺の緊張が高まる。

 正直、チャンスはそう多くはないと思っていた。奴は頭が切れるし、一度こちらが羽を狙っていると認識すれば、今度は羽を守りながら戦うことになるだろう。そうなれば、余計に地上戦に持ち込むのが困難になる。


 心なしか背後にいるミランダからも緊張が伝わってくるかのようだった。

 俺は剣を構え、近づいてくるブラックヒドラに対して、じりじりと左方向へと移動していく。


 緩やかな丘の上に立っている俺。左へ移動していくと、当然奴も左へ追従してくる。飛んでいるブラックヒドラは重心を左に傾けなければならず、右翼だけが浮く格好になった。

 魔法が当たりやすい絶好な御膳立てが整った。ミランダの詠唱が聞こえてくる。


「全てを氷結せしむる精霊シヴァよ。その大いなる力を我に貸したまえ! コンゲラーティオー!」


 ミランダが叫ぶと、彼女の杖から冷気を帯びた風がブラックヒドラの右翼へと向かっていく。冷気の風は右翼へとぶつかると、当たった部分が瞬時の間に凍る。羽は氷に包まれ動かすことができなくなったブラックヒドラは、バランスを崩し、丘の下へと落ちていく。


「ナイスだ! ミランダ!」


 ミランダに向けて賞賛の言葉を送る。

 こうも上手くいくとは思わなかった。奴は俺をターゲットにしていたために、ミランダの攻撃に反応ができなかったのだろう。


 チラリとミランダを見ると、満足げに笑みを浮かべている彼女がいた。

 だが、まだ油断するわけにはいかない。移動制限はできたが、奴の強靭な爪と炎はまだ健在なのだ。


 俺は落ちたブラックヒドラを目指し、丘を下っていく。

 今の攻撃で不意を突かれ狼狽しているはずだ。その隙を縫って弱点部分に攻撃を加えてやる。


 苦しそうに倒れているブラックヒドラ。俺は接近し、攻撃を加えようと剣を振り上げる。

 だが、ここで思いもしない行動を奴はとった。俺が接近し間合いに入る前に、二本の前肢で起き上がったかと思うと——そのまま突進してきた。


(なっ……)


 予想外の行動をとられ、足を止める俺。


 ブラックヒドラの駆ける速度は、思っていたよりもずっと速く——そのまま奴の顔面を俺の身体に当てられ、吹っ飛ばされた。重量のあるドラゴンの身体の突進は重く、凄まじい痛みを胸に伴う。


「勇者!」「勇者様っ!」


 後方にいるミランダ、離れた位置にいるアイリが同時に叫ぶ。

 俺は数メートルほど吹き飛ばされ、地面に接地した後も転がっていく。

 なんて様だろうか。今さっきアイリに治癒してもらったばかりだというのに、前戦に復帰してすぐにこんなことになろうとは。俺は自身の惨めさを悔しく思った。


 だが、ブラックヒドラの攻撃はこれだけに留まらなかった。

 奴は口から炎の球を俺に向けて放ってきたのだ。

 炎球は立っている時であれば、それほど苦もなく避けられるが、倒れている状態では避けるのは困難だった。なんとか立ち上がろうとしたところで、速球はそのまま俺の身体目がけて飛んできて——俺の鳩尾に直撃した。


「ぐはっ……」


 ぶつかった痛みに呻き声を上げる。その後全身に巡ってくる熱。


「勇者!」


 遠くで心配そうにしているミランダの声が聞こえてくる。

 これはヤバい。今まで受けたこともないような痛みを受け、意識が混濁としてきた。


 終わり。

死。

全滅。


 そんな単語が頭の中に浮かんでくる。ブラックヒドラの羽根は潰したものの、奴の戦闘力はまるで変わっていない。飛べなくしただけで、ダメージは全く与えていないも同然だった。


 俺は今の攻撃で、身動きが取れなくなっていた。戦意も削がれていた。


(だから嫌だったんだ……)


 俺は心の中で呟く。

やはり俺なんかが頑張ろうと思ったのが間違いだった。


 元々、特別な才も持たず、無理やり冒険に送り出され仕方なく始まった旅。やる気もなかったし、即逃げ出すべきだった。続けていれば遅かれ早かれ、こうなる運命になるのはわかっていたはずなのだ。それが、周囲に流されて、自己主張できないばかりにこんな醜態を晒してしまった。恐らく四番目の勇者は、最も情けなく、弱い勇者だと後世に語り継がれるだろう。俺のせいで、二人にも迷惑がかかってしまった。


「勇者様っ! 今、傷の手当てを!」


 意識が朦朧とした中で、アイリが駆け寄ってきたのがわかる。

 駄目だ、放っておいてアイリは逃げてくれ……。心の中でそう思っているが、強烈なダメージを喰らってしまった俺はその言葉すら出せなかった。


「アイリさん、もう一度勇者の手当を頼むわ! 私がなんとか食い止める」


 ミランダ……お前も逃げろ……そう心の中では思っているが口は動かない。

 やがて、俺は周囲の雑音さえ聞こえなくなっていき……完全に意識を失った。

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