魔王討伐会議
会議室には、既に国のお偉いさんが出揃っていた。大きな長方形の長机が中心に置かれており、王様、兵士長、各大臣、書記官等々が間隔を開け座っている。俺たちが入ると一斉にこちらに視線が向けられた。若干、身体が強張ってしまう。
「おぉ、勇者よ。待っておったぞ。さあ、そこの椅子に座りたまえ」
さっそく王様が偉そうに命令してくる。入り口のすぐ手前に二つ並べられた椅子があり、ここに座れということらしい。俺は適当に一礼して、左側の椅子に着席することにした。
ミランダはスカートに手をやり、腰を屈め、その後上品に俺の横に着席する。それなりに様になっているのが腹立たしい。
「それでは、本日を以て旅立つ勇者に向けて、各国の情報、魔物達への対策、魔王討伐へどう応対していけば良いのか、話し合いを始めたいと思う。諸君の活発な意見を期待する」
王様がそう言うと、兵士長が立ち上がった。彼は学舎で学ぶ過程で、何度か顔を合わせたことがある。剣術を主に教わったが、俺の腕前に関しては、良いとも悪いとも感想を述べなかった。俺の腕が凡才であるがために何も言わなかったのか、元々教えた生徒に対し感想を言わない性格なのかわからない。あるいは両方であるのかもしれない。いずれにしてもやや冷淡さを感じさせる人間だった。
彼は、こちらに視線を向けることもなく、早速話しはじめた。まずはアルタイル周辺にいるモンスターの情報から始まり、各国の情勢などを簡単に説明していく。
厳格な空気の中で話は進められ、とても口を挟めそうな雰囲気ではなかった。最初から俺たちに意見を求めていないのかもしれない。
話の内容は段々と子細になっていき、それぞれの国のしきたりや習わし、歴史についての説明が始まった。学校の座学と同様、退屈な時間が続く。どうしてこうもつまらない話ができるのかと感心するほどだ。学舎で講義をしていた他の教師にしてもそうだが、生徒の頭に残るような工夫を施して欲しい。既に話した内容の九割五分を忘れていた。
俺は、思わずあくびが出そうになったがなんとか我慢する。うっかり話を真面目に聞いていないことがバレると、あとでミランダに何を言われるかわかったものではない。ちなみにそのミランダはというと、身体を硬直させたかのように真っすぐ兵士長の方を向いて、時々頷きながら話を聞いている。また重要そうと思われる部分にはメモを取っていた。模範生のお手本のような奴だ。まあこの分だと、俺は一切話を聞かずとも、重要な部分は後で彼女に聞けば問題ないだろう。
それにしても、兵士長の話の内容に、かなり不満があった。ほとんどまともに聞いてないからあれなのだが、肝心の魔王の対応はあやふやで、行き当たりばったりで勝負してこいと言っているように思える。また、内容のほとんどが各国に失礼がないようにといった話だった。要は自分の国から旅立つ勇者が、粗相を起こさないようにしたいだけなのだろう。うっかり失礼があって、国と国に摩擦が生じたのでは困る。そういった理由から、会議の時間を設けたであろうということが話の節々から垣間見えた。
そう考えると、気だるそうに座っている王様に段々と腹が立ってきた。世界各国にあることないこと彼の悪評を吹聴してやりたい気分だった。まぁコミュ障の俺には、それすら難しいかもしれないが。
結局二時間程が無為にすぎ、ようやく「以上にて私からの説明を終わります」と兵士長は言ってくれた。彼が着座すると、王様が周囲を見渡した。
「兵士長からの話は以上のようだ。ここまでで何か意見あるものは?」
王様にそう問われるが、意見なんぞあるわけがない。そもそも俺はほとんど話を聞いていないのだ。
「そうか。特に皆からの意見がないようであれば、これで会議を終わろうと思う。勇者には旅立つにあたり渡したい物があるので、この後、玉座の間まで来るように」
やれやれ。無意味な会議はとりあえず終わりのようだ。俺は無難に終わったことに安堵しつつ立ち上がろうとする。すると、ミランダが手を高く上げ、挙手しているのに気がついた。意見がありますよというサインだ。
「何か意見でもあるのかね、ミランダ?」
終わりだと思っているところに、質問する奴がいると、ぶっちゃけウザい。彼女らしいと思いつつも、俺は若干浮かした腰を、再び椅子に下ろした。
「王様、私、こう思います」
ミランダはどうやら思うところがあるらしい。会議室の一瞬緩んだ空気が、再び緊縮した空気に変わる。
「なにかね?」
「勇者が旅立つに当たって、人々に種を渡すというのはどうでしょうか?」
種? こいつは、何を言っているんだ?
唐突なミランダの意見に、俺は、疑問符を頭に浮かべる。彼女は補うように話を進める。
「この国に咲くアルタイルの種のことです。出会った人々に、勇者が直接、種を渡していくことで、きっと人々は喜んで貰えると思うんです」
「なっ……」俺は思わず声を漏らしてしまった。正直言ってモンスター討伐だけで頭を悩ましているのに、余計な仕事を増やされてはたまったものではない。何よりも俺は人見知りで、初めて話しかける相手に尻込みしてしまう性格なのだ。普通に話しかけるだけでも難しいのに、そのうえ種を渡して廻るというのはあまりにもハードルが高すぎた。
俺はなんとかこの案を却下してもらえるように、思案を巡らせた。そもそも種なんぞ貰ったところで、人々は嬉しくもなんともないと思うのだ。魔王の復活により、困窮する人々が増え、その日の暮らしさえ精一杯だという者も多いと聞く。そんな人たちに花の種を渡したところで、どういう意味があるというのか。正直、自己満足に過ぎないと俺は思ったのだが、他の列席者の考えは違うようだった。
「それは素晴らしい考えだ! 人々はいま希望を失っておる! 勇者から直接手渡された種はきっと民達の希望の光となるであろう!」
鼻息荒く、王はミランダの案を称賛した。
他に座っている人たちも、顔をほころばせ賛同の雰囲気を醸し出していた。なんだったら拍手喝采をしそうな気配すらもあった。どうやら、反対意見を持っているのは俺だけらしい。
このままだとまずい。
採用されてしまったら、ただでさえきつい俺の旅は地獄へと変わってしまう。なんとか不採用にしてもらおうと意見を考えていると、ミランダは追加で余計なことを言った。
「実はこの意見、私が考えたわけではありません」俺は、彼女がなにを言うか大体想像がついた。彼女は立ち上がり、俺を手で指し示す。「種を渡すというアイデア……。考えついたのは、ここにいる勇者なのです!」
「おい……」俺は小声でつっこむ。他の列席者に、俺の声は聞こえなかったようで、口々に感嘆の声を漏らした。
「勇者様が……!」「さすが意気込んでおられる!」「素晴らしい発想力!」
全員が俺に視線を向け、この案を称賛した。皆、種を渡すという行為に肯定的なようだ。これではとても拒絶できそうもない。
もちろん、ミランダの言った『俺が考えついた』というのは嘘だ。彼女なりに俺を立てようとしたのか、それとも俺の名前を出すことで、意見を通しやすくしようとしたのかはわからない。いずれにしても、迷惑な話だった。ミランダは再び言った。
「王様、私、こう思います」
お前はもう何も思うな。俺はそう心の中でそう文句を言ったが、ミランダは止まらない。
「おそらく勇者は種を渡すことで、民達と打ち解け、情報収集をしたいという目的もあるのだと思います。王様、如何でしょう? アルタイルの種を渡すという案。採用していただけますでしょうか?」
種なんぞ渡したところで打ち解けるとも思えないが、ミランダは本気でそう思っているらしい。心の中で拒否してくれと思うが、無駄だった。
「もちろん採用だ! 後で兵士に用意させよう!」
王様としては自国の名を売ることもでき、願ったり叶ったりなんだろう。嬉々としてミランダの案を可決した。いずれにしても、こうなってしまってはもはや否定もできそうもない。貰うだけ貰って、コッソリ投げ捨てようとも考えたのだが、ミランダが同行する限りそれも難しいかもしれない。
その後もミランダが余計なことを発言して、周囲の皆が称賛するような流れが続く。俺としては意味のないような発言ばかりに思える。種の案にしてもそうだが、どうも勇者とは尊い存在であるべきだという固定概念に囚われすぎている気がする。正直、今は魔王を討伐することのみを集中するべきだと俺は思う。極端な話、少々荒くれ者であっても、元凶である魔王さえ倒せば問題は解決できるはずなのだ。本来の目的以外のことに集中して、魔王対策がおざなりになっては意味がない。俺はそう思うが、ここにいる全員そうは考えてもいないようだった。最も口下手な俺が発言したところで、うまいこと伝わらず、全員からバッシングされることが容易に想像できた。そのため仕方なく下を向いて、黙然としているしかなかった。
このままでは駄目だ。
まだ旅に出る前だが、強くそう感じてしまった。自己主張が弱く、周囲に流されやすい性格ではいつまでたっても不幸であり続けるばかりだ。俺は変わる。この旅で強くなってやる。そして、魔王討伐なんぞしたくないと堂々と言える人間になるのだ。俺は、会議で白熱している言葉を耳から左へ聞き流し、強くそう決意するのだった。