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ブラックヒドラ、現る!

「勇者っ!」


 呆けていた俺の意識は、ミランダの声によって呼び覚まされた。


「アイリは後方に下がっていてくれ! ミランダは魔法で支援を頼む!」


 俺は即座に指示を出す。

 発見されている以上、奇襲は不可能だ。正面から戦うしかない。


「わかりました!」「わかったわ!」


 そう言って、俺から二人は離れて行く。


 俺はデカい荷物を投げ捨てて、ツーハンデットソードを鞘から抜く。

 正々堂々という言葉は、俺の性格には到底似合わないが、たまにはまともに戦ってみるのもいいだろう。


 今回、旅を出る前に様々な悪辣な手段を考案してみたのだが、ブラックヒドラに対しては有効な考えが浮かばなかった。どこかに毒入りの食べ物を置いておくとか、大きな花火を上げて聴覚を麻痺させるとか、睡眠時に襲いかかるとか、案は色々出たのだが、実用は難しいと判断して止めることにした。


 毒入りの食べ物はブラックヒドラに発見させることがまず困難だろう。花火は別の魔物を引き寄せる要因を作ってしまうかもしれない。ブラックヒドラの巣がわからない以上、睡眠時に襲いかかるという案もナンセンスだ。大体、会わないかもしれない敵にこちらから近付いていくのは危険を増やすようなものだ。


 結局俺は最悪見つけてしまったら、隠れてやり過ごすのが一番だと結論づけた。先にこちらが発見して、隠れるのが最善ではないかと思ったのだ。過去に、魔物の報を聞き、一目散に逃げ出していた俺の得意戦法だった。


 だが、向こうに気がつかれている以上、それもできなくなった。

 不思議なことに俺は、戦ってみたいという欲求がふつふつと湧き上がるのを感じていた。俺らしくもない戦闘本能だったが、ツーハンデットソードという憧れの武器を装備したことで、今の実力を試したかったのかもしれない。


 ブラックヒドラはどんどんと近付いてきている。俺を目がけて一直線に飛んでくる。

 剣を構え迎え撃とうとする俺。


 ——デカい!


 近くにその姿を現して、マジマジと見ることで改めてブラックヒドラの巨大さを確認することができた。


 事前に調べていた資料では、ブラックヒドラの全長は約十メートル、体重約二トンという大きさだった。規格外の大きさ。実際対面してみてそれだけで尻込みしてしまいそうである。さらにこいつは〈炎〉魔法を扱うことができ、口からの魔法で攻撃してくることが特徴だった。


 ブラックヒドラは、俺の近くまで来ると、空中でホバリングし、口を大きく開け俺に向かって炎の球を吐いてきた。

 俺は一回転して、真っ直ぐ飛んでくる炎を回避する。


 高速で飛んできた炎は地面に当たり、その周囲に衝撃波を生む。炎の当たった地面に一メートルほどの穴ができていた。


「おいおい……」


 俺はその惨状を見て、思わず声を漏らす。

 ミランダの炎魔法も何度も見てきたが、おそらくブラックヒドラの扱う魔法はそれ以上だ。


 まともに直撃すれば、深いダメージを追うことは間違いなかった。一撃喰らい、動けなくなったところに、もう一発飛んできたらジエンドかもしれない。

 自分の楽観的な考えが、ここにきて甘かったことを思い知る。実際対峙してもなんとかなると思い込んでいたが、とんだ見当違いだったのかもしれない。俺は歴代で最も弱い勇者なのだ。


「勇者っ!」


 ミランダから声が飛んでくる。

 ブラックヒドラは空中から、さらに炎の玉を繰り出してきていた。一発、二発、三発と……。俺はその玉の数々をなんとか回避していく。……が、とても反撃できそうにない。ブラックヒドラは数メートル先を飛んでおり、とても剣で届く距離ではないのだ。


 ブラックヒドラは俺の上空をグルグルと飛翔し始めた。まるで次の攻撃をどうしようか迷っているかのように、空中を彷徨っている。俺は、ここに来て投擲武器でも持っておけばよかったと後悔する。チャクラムや手裏剣といったアイテムがあれば、牽制くらいにはなったはずだ。最も、投擲武器の熟練度が低いため、全く当たらないだろうが。


 ミランダは後方で、魔法を放つ機会を伺っているようだ。魔力には限りがあるし、ここぞというタイミングで打つつもりなのだろう。顔は強ばっているが、冷静な奴だ。


 このまま炎ばかり空中から吐き続けられたらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わる。


 ブラックヒドラの方から俺へと近づいて来たのだ。地面すれすれに飛んできて、攻撃してくるつもりらしい。

 所詮は魔物だと、俺は感じてしまう。あのまま空中で攻撃し続けていれば、俺からは手の出しようがなかったのだ。


 剣を構え、低空を滑空してくるブラックヒドラを迎え撃つ。


 徐々に近づいてくるドラゴンは接近することで、その威容を存分に捉えることができた。漆黒の皮膚は見るからに硬そうで、赤い目でこちらを睨み付けている様はそれだけで尻込みしてしまいそうだった。更に俺の何倍もありそうな巨体を見ると威圧感を感じてしまう。これだけで戦意喪失してしまいそうだった。


 だが、こちらには最強の魔法使いミランダがいる。俺が引きつければ引きつけるだけチャンスが生まれるはずだ。端から俺が剣で倒してやろうとは、微塵も考えていなかった。

 ブラックヒドラが俺を目がけて飛んでくる。俺はドラゴンの首元を狙って、ツーハンデッドソードを喰らわそうと構えた。


 ブラックヒドラは俺の間近まで来ると、その強靱な爪を身体目がけて振り下ろした。

 ドラゴンの手だけで俺の身体くらいはありそうで、迫力は相当なものだ。

 俺はその攻撃をバックステップで回避し、その後ツーハンデッドソードを首元に向けて振り下ろす。


 ——カキンッ!


 金属のぶつかる無機質な音が、ミンクの丘に響き渡る。

 俺は攻撃の反動から二,三歩後退することとなった。ブラックヒドラは、何事もなかったかのように、再び上空へと上がっていく。


「固いな……」


 俺の手は痺れを感じていた。全力で振り下ろしたはずだったのだが、まるで手応えを感じることができない。


 それにしても武器屋の主人にツーハンデッドソードを恵んでもらってよかった。アルタイルの王にもらった銅の剣だったら、今の一撃で折れて使い物にならなかったかもしれない。


 ある程度予測はしていたが、ブラックヒドラの表面は硬質で、非常に固いようだ。全身を鎧で纏っているようなものだ。これでは今のように何度斬りかかっても、ダメージは皆無だろう。


 事前情報によると、ドラゴンは全身固い表皮で覆われてはいるが、全てが固いわけではないらしい。例えば口腔や目、そういった場所であれば剣による攻撃でダメージが通るとのことだ。だがいずれにしても非常に狙いづらい。他にも関節部分を狙うなどの方法があるらしいが、一流のハンターでなければ厳しいだろう。俺は素人なのだ。


 後は、先程狙った首の反対側……人でいうと喉に当たる部分は比較的柔らかいとのことだ。だが、先程ドラゴンはそんな弱点を晒すような様子を見せなかった。なんとか接近して喉元に飛び込むことができれば仕留められるかもしれない。いずれにしても、それは最終手段になるだろう。かなりの危険を伴うからだ。


 ブラックヒドラは宙へ浮き、再び俺目がけて炎を吐いてこようとしている。

 そのタイミングで援護が入った。


「氷を司る精霊よ。我々の正義を見守りし神々よ。悪しき魔物に強力な天罰を与えたまえ。グラキエース・サギッタ!」


 ミランダが杖を天に向かってかざす。するとそこから複数の氷の矢がドラゴンに向かって飛んでいく。


 俺に向けて攻撃しようと宙に留まっていたドラゴンは、不意を突かれたのかそのままミランダの魔法が直撃することとなった。

 氷の矢がブラックヒドラの顔面に命中する。ドラゴンは悲痛な声を上げ、そのまま地面に落下した。重量からズドンと大きな音を響かせる。


「でかしたミランダ!」


 俺はそう言うが、当の本人は得意げになっているわけでもなく、


「勇者、今よ! 追撃を加えて!」と抜かりない。


 俺は走って、ブラックヒドラが落下した地点まで急いだ。


 ブラックヒドラは苦痛な表情を浮かべ、態勢を立て直そうとしている。

 狙うのは首元か目だ。俺は走りながら、ドラゴンの正面へと突っ込んだ。だが、ブラックヒドラも冷静だった。近づいた俺に対して、斜に爪での攻撃をしかけてくる。俺は反射的に後ろに飛びギリギリ回避する。


(危ねぇ……!)


 今の一撃もまともに喰らっていたら、それだけで即死していたかもしれない。それだけ俊敏で猛烈な一撃だった。切れ味のありそうな爪は、ツーハンデッドソードの刃となんら遜色がない。隙ができたと勝手に思っていたが、ブラックヒドラほど強力な魔物になると、そんなものは存在しないのかもしれない。


 俺は改めて気を引き締めて、剣を構えブラックヒドラに向かっていく。目に突き攻撃を喰えようと突進していった。


 だが、ドラゴンはそんな行動を読んだかのように、顔を一旦上に向けたかと思うと——真下に向かって、炎の玉を吐き出した。


 その攻撃を受けて、立ち止まらずを得ない俺。炎は地面にぶつかり、その周辺の土を撒き散らす。俺は、土が目に入らないように顔を覆う。

 その刹那、ドラゴンは空中へと飛び立っていた。


「こんなこともするのかよ……」


 俺は戦慄が走った。

 このドラゴンはただの脳筋馬鹿じゃない。今までの魔物と違い、知能を持ち、臨機応変に対応をしてくる。


 今の炎はこちらを狙うものじゃなく、確実に俺の足止めをするものだった。

 もし炎を真っ直ぐ俺に飛ばしてきていたら、俺は多分回避できていただろう。その後突進していった俺は、ドラゴンの目に向けて剣を突き刺せたかもしれない。


 だが、こいつは自身の炎魔法を足止めのために使った。

 また、可能性は低かっただろうが、俺のスピード次第では、地面に放った炎に巻き込まれていた可能性もある。


 ブラックヒドラは、落下した直後のことだったため、慌てふためいていると勝手に考えていた。だが、こいつは冷静に最善の選択をした。俺は、魔物という存在を軽侮しすぎていたのかもしれない。


 再び宙に浮いたブラックヒドラは、上空から赤い目を俺に向けていた。

 まるでこれからどう料理してやろうかといっているかのような冷徹な視線に、俺は悪寒が走る。


「勇者! 胸、怪我をしているわ!」


 離れていた位置のミランダが声を上げる。

 俺は自身の胸元を見ると、服が裂け三本の斜めの赤い線が入っていることに気がついた。手を当てると、血がべとりとついた。


 いつの間に……?


 俺は戦闘の回想をする。ブラックヒドラが落下した直後……俺は突撃しに行った。その直後、奴は反撃してきたことを思い出した。爪での攻撃。俺は後ろに下がって回避したつもりでいたが、あの時ダメージを受けていたということか。


「これはまずいかもな……」


 元々ネガティブで、あれもこれも最悪な結末を予想していた俺だったが、今回は過去にあったどの出来事よりも悲観的にならざるを得なかった。勝手に勝てると思い込んで来たわけだが、とんだ見当違いだったのかもしれない。

 俺は手についた血を見ながら、絶望的な気分に苛まれていた。

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