捜索と種植え
平原を歩くことさらに小一時間。
前方の方に小高くなっている丘が見えてきた。陽光に照らされた緑豊かな丘は壮観であり、ようやく目的地に辿り着いたという思いもあって、俺は素直に感動していた。見る限りブラックヒドラも他の魔物らしき姿も見えず、危険だと噂されていたのが実は嘘だったんじゃないかと思う程美麗な景色に、俺は一瞬足を止めてしまう。
「ここが、ミンクの丘……ようやく辿り着いたのね」
ミランダも目の前に広がる丘を見ながら、そんな感想を漏らす。呆けている俺を叱ることもない。こいつもこいつで感慨深い思いでいるようだ。
「私も初めて見ます。美しい景色だとは聞いたことはありますが、これほどとは……。こんな場所に、ブラックヒドラが生息しているとはとても思えないですね」
アイリも感激しているかのようで、ミンクの丘を見ながらそう言った。
だが、アイリから出たブラックヒドラという単語で危機感を取り戻したのか、ミランダは「勇者っ」と俺を引き締めにかかった。俺は「ああ」と言って、再び緊張感を持って歩き出す。
確かにここまで来れば、いつブラックヒドラと遭遇してもおかしくない。周囲に視線を巡らしながら丘へと向かって歩を進める。
ミンクの丘は丘陵地帯となっており、小高くなっている場所が広範囲に点々と広がっている。
俺はモンスターには詳しいが、植物には詳しくなく、見る限り草花があちこちに咲いてはいるが、種別を判別できなかった。珍しい物があればついでに持って帰ろうと考えていたが、どれが貴重種になるのか全くわからない。
一応ルーラン草に関しては事前に図鑑で調べてきているため、実際に目にすれば見分けられる自信はある。だが、俺が今探している範囲にはそれらしき草は発見できなかった。
もしかしたら捜索に時間がかかるかもしれない。
俺たちは、ばらけてルーラン草を探すことにした。範囲が広いため、それぞれが離れ過ぎない程度に距離を取って、捜索をしていく。
俺は好機と見て、アルタイルの種を丘の土に少しずつ植えていくことにした。本当は全部捨ててしまいたいのだが、露骨にやり過ぎるとミランダにバレる恐れがある。そのまま地面に投げ捨ててしまえば、うっかり種を発見されてしまう危険もあった。また、あまり多く捨て過ぎるのも問題だ。減りが激しすぎると、それはそれで後々ミランダに訝しがられる恐れがある。彼女は感が鋭いのだ。だから、あまり多く植え過ぎない程度に、捜索する振りをしてアルタイルの種を植えていく。
「ふう、これくらいでいいだろう」
俺は額の汗を拭い、満足げに呟いた。まだ種は半分くらい残っているが、あまり減らし過ぎるのは得策ではない。後日、チャンスがあれば同じ戦法で減らしていくことにしよう。種渡しの精神的負担はできるだけ早く終わらせたかった。
そんなことをしていると、突然背後から声をかけられ、俺は身が竦んでしまう。
「何か珍しい植物でも見つけたんですか?」
俺はビクリとして振り返ると、アイリが覗き込むようにこちらを見ていた。
「ア、アイリか……」
俺の過剰な反応に、逆にアイリを驚かせてしまう。
「ご、ごめんなさい、驚かせてしまって。勇者様が熱心に地面を見ているような気がして、何かあったのかと思いまして」
感が鋭いのはミランダだけではないらしい。
俺のおかしな行動はアイリに捕捉されていたようだ。
「いや、なんでもないよ。珍しい植物があればついでに持って帰りたかったんだけど、俺にはさっぱりだ。アイリこそ何か発見したのか?」
俺が今、何をしていたか説明するわけにはいかない。種を減らすために、植えていただけだ。
「はい、さすがはミンクの丘ですね。通常見られない植物を見つけることができました。これを持って帰れば、きっとグラリア王国の皆さんも喜んでくれると思います」
そう言って、アイリはバッグに入れた植物を見せてくれた。花や草などといった植物が、バッグの中に結構入っている。俺にはそこら辺に生えている植物と区別はつかないが、アイリが言うからには稀少種なのだろう。
俺が熱心に種を植えている間に、彼女はグラリア王国の人達のために精を出していたということか。俺は恥ずかしくなった。
「さすが素材屋の娘……だな。きっとお父さんも、それらを持って帰れば喜ぶと思うよ」
「いえ、そんな……。でも、ルーラン草は中々見つからないですね。ありそうな場所を探してはいるのですが」
「ああ、俺も探しているが、全然それらしき草は見つからないな」
俺は遠方に視線をやると、陽が落ち始めているのがわかった。このまま見つからなければ、この周辺で再び野宿をする必要になる。このまま成果もなしに、すぐに帰るわけにはいかないのだ。
だが、できるだけ野宿をすることは避けたかった。現在周辺に魔物はいないが、逗留すればするほど強力な魔物に出くわす確率は増える。
基本、不意をついて奇襲することを基本戦略に置いている俺は、同じ場所に長く留まることは避けたかった。
なにより本当にここにルーラン草は生えているのだろうか? 情報は確かなのだろうが、今現在ミンクの丘にはどこにもないという可能性がある。
元々、稀少な植物であるわけだし、絶対にあるという保証はどこにもなかった。
そう考えると段々と焦りも出てくる。始めからない物を探していても見つかるわけがない。そうなった場合、一体どう今回の旅に決着をつけていけば良いのかわからなかった。
「ルーラン草、見つからなかったけど仕方がない。アイリのお父さんには悪いけど、自然治癒するのを待とう!」
俺はこんな言葉を、ミランダやアイリに切り出す勇気はなかった。そして、グラリア王国に帰り、「ありませんでした」と言った時の空気感は最悪なものになり、想像するだけで恐怖にすくみ上がる思いだった。「え? この勇者、マジで言ってるの?」みたいな目で見られるに決まっている。
かといって、永遠とミンクの丘でルーラン草を探し続けるわけにもいかない。そもそも今回の旅は、本来の勇者の目的からは逸れているわけだし、ないならないでどこかで見切りをつけるべきなのだ。
まだ探し始めてから数時間しか経っていないが、悲観的な俺は、早くも最悪な状況を想定してしまっていた。少なくても、もう一日くらいは粘る予定ではいるのだが、どこを探し尽くしても発見できなかった時のことを、今から考えておくべきなのかもしれない。
チラリと視線を別の所に向けると、少し離れた場所のミランダと目が合った。
こちらに険しい視線を送ってくる。
おそらくミランダは、俺とアイリが雑談を交わしていることに不満を覚えたのだろう。そんなことをしている暇があれば捜索をしなさいと。
俺がアイリの方を向くと、彼女もなんとなく察してくれたのか、俺から離れ再びルーラン草を探しに向かった。
確かに現在の状況を考えていると、のんびりしている暇はない。今、明るいうちに探しておかなければ、見つけることがどんどんと困難になっていくからだ。ルーラン草は夜になれば光り出すとか、そんな有り難い草ではないのだ。
俺はめざとく周囲に目をやりながら歩いていく。目的の草を探していくのだった。




