休憩とおしゃべり
軽い食事を取りながら、木陰で休憩をとる俺たち。
三人は背中合わせに座り、背後から突然襲われぬように、多少警戒しながらの休憩となった。ただ、広範囲まで見渡せるこの場所は、何かいればすぐにわかる。そのため、ここでは多少の会話を許されることとなった。
「あと少しで、ミンクの丘だな」
「ええ、間もなく、見えるはずよ」
ミランダは地図を見ながらそう答える。いよいよ辿り着くのかと思うと、多少なりとも気分が弾む思いだ。
緊張感はそれほど持っていなかった。ブラックヒドラがいるとは聞いているが、ここまで危なげなくきているし、仮に出くわしてもなんとかなるんじゃないかと思い始めてきている。ミランダもいることだし、最悪逃げに徹していれば、大丈夫なんじゃないかと。
こんなことを吐露してしまえば、確実にミランダの説教二時間コースが待っているだろう。しかし、今まで無難にことが運んできたため、つい楽観的な考え方になってしまう。
「ルーラン草、すぐに見つかればいいけどな」
現状の一番の心配点は、求めている植物がすぐに見つかるかどうかだ。目当てのルーラン草さえ見つかりさえすれば、ブラックヒドラに出会う前にそそくさと退散すればいいだけだった。危なげもなく帰ることができ、アイリの父親は救われる。街からの人々からの祝福もあるかもしれない。理想的な展開ではあるが、そこかしこに咲き乱れている植物ではないため、難航するかもしれない。
「父の情報によれば、ルーラン草は比較的高く、陽の良く当たる場所に生えていることが多いそうです」
「なるほど」
アイリは事前に父親に情報を聞いていたようだ。やはり植物などを探す際には、彼女がいると心強い。素材を探す父親に何度か付いていったと行っていたし、俺たちよりは発見する力はずっと優れているだろう。
「ということは、それだけ私達がモンスター達に発見される可能性も高くなるわけね」
ミランダがアイリの言葉を受けて、そんな感想を呟く。
確かに俺たちが高い位置を捜索していれば、離れた場所からも視覚に入りやすい。万が一ブラックヒドラが飛翔していれば、簡単に見つかってしまう。
「できるだけ素早く見つけられて、戻れればいいけどな」
「そうね」
ミランダは目的が達成できるのであれば、過程はそれほど気にしない。そこだけは価値観が合うため有り難かった。魔物に対して正々堂々と戦おうとしても、ろくな事がないのだ。それは実際過去に、旅立って散っていった勇者達が証明している。
俺がどうやってブラックヒドラから逃げ出し、効率よくルーラン草を採取しようか考えると、遠方で動いている何かが目に入った。
「ん?」
はっきりとはわからないが、俺が座っている前方。森の前の辺りに、人のような者がこちらを見ている……気がした。だが、そいつはこちらを視認したかと思うと、森の方へ姿を消す。まるで最初から何もいなかったかのように、忽然と見えなくなってしまった。
「どうしたの? 勇者」
「いや、あそこに人のようなものがいたんだ。って、今は見えないが」
俺は指で森の方へ指し示して、今あった状況を簡素に説明した。ミランダは目を凝らし、そちらへ視線を向ける。
「何も見えないわ」
「ああ、今はな。俺たちを見て、森の方に引き返したみたいなんだ……」
正直なところ、今いる木陰から森までは大分距離があるため、俺の情報もかなり曖昧なものだった。
「あそこは深淵の森ですね。何処までも続く森林。魔物も多く存在していると聞きます。ただ、あんな所に人がいるようなことはないと思います。素材屋も中で迷うと危険なので近づきませんし、私の知る限り、深淵の森へ入ったという人の情報を聞いたことはありません」
グラリア王国に住んでいたアイリが言うからには、確かな情報なのだろう。ということは俺の見間違いだったのだろうか。俺の視力は結構いい方だが、距離もあるため自信がなくなってきた。
少女のような小柄な人間が、森の前でこちらを見ていたような気がする……こんな追加情報を出せば、俺の頭の方を疑われるだろう。実際、小柄な女の子が、俺たちを発見して一人で森に引き返すというのは、どういったシチュエーションなら成り立つのか想像し難かった。
「コボルトやゴブリンなんかと見間違えたのかもね。遠方から視認すれば人と見紛う可能性は十分あり得るわ」
ミランダがそんな理論的な推察をする。確かに彼女の言うとおり、それが一番自然なような気がした。魔物が俺たちを発見し、不味いと考え森へ引き返す。少女が一人で森の前に立っているというよりも、その方がよほど現実的だ。
「早めに出発した方がいいかもしれませんね。こちらの姿を見られ、森に戻ったのだとしたら、仲間を呼びに行った可能性があります」
アイリはミランダの言葉を受けて、そんな予測を立てた。アイリも俺の情報を信じているものの、見間違いの可能性が高いと思っているようだ。
ミランダが「そうね」と言って立ち上がる。俺とアイリも同様に立ち、尻や足についた草や土を払った。改めて、森の方へ目を凝らしてみる。鬱葱と茂る木々が見えるばかりで、何者かがいるようには見えなかった。
しばらく呆然とその場で森の方を見る俺。
既に歩き出していたミランダとアイリが足を止め、振り返る。
「勇者?」
俺はミランダに声をかけられ、「ああ、すまない」と言い、彼女たちを早歩きで追う。
それでも、俺の視線は森の方へと固定されていた。どこまでも続くような暗い森からは、不気味な雰囲気を感じさせてくれた。確かにあんなところに好き好んで入るような人の気が知れない。アイリも、ここへは誰も人が寄りつかないということを言っていた。
今見たものも気になっていたが、俺は別の思想を繰り広げていた。
誰も寄りつかないということは万が一、俺が深淵の森へ逃げ込めば、誰かに発見されるという可能性は相当低いということだ。
それなりに強い魔物はいるのだろうが、魔王を討伐しに行くよりは遙かに死の危険はないはずだし、森は資源も豊富だ。サバイバルな生活になるかもしれないが、ミランダと共に旅をするよりはよほど気が楽なはずだ。水は川が流れている場所を探せば良いし、隠れ蓑として最適であるかのように思えてきた。
「深淵の森か」
俺が森を見ながら意味深に呟くが、ミランダから怒声が入った。
「勇者! さっき見たのは一旦忘れなさい。行くわよ!」
俺は、慌てて列の先頭にいき、前を向いて歩いていく。
やれやれ、物思いにふけっている暇もありやしない。何はともあれ、今すぐ雲隠れするわけにはいかなかった。今は二人から見られているし、アイリの父親を助けると自分で言った以上、果たそうとするのは最低限の礼儀だと思っていた。だが、今後、逃げ出した際に、隠れ場所として選択肢の一つにはなるはずだ。
俺は『深淵の森』という場所を頭の中に深く刻み込んだ。




