星空の下での告白
アイリは、星空を見ていた視線を、俺に向けた。
「勇者さん、怒っていますか?」
「な、何をだ?」
声をかけられるとは思わなかった俺は、突然の問いかけに、狼狽しつつ訊き返した。
「無理やりついてきてしまったことについてです」
アイリは自省しているかのように言った。どうやら彼女は、今回の冒険で自分が邪魔者になると思っているらしい。
「いや、迷惑だとか思ってないよ。回復魔法が使える仲間がいてくれると心強い」
本心だった。以前から薬草だけでは心許ないと感じていたのだ。
ミランダによる広範囲魔法による巻き込みや、ミランダの焦燥時の暴発魔法が飛んでくる可能性。リスクは其所彼所にいくらでもあった。実際レッドオオバリバチとの戦闘で、尻に飛んできた炎ダメージによる火傷の治癒は助かった。
「実は私……」そう切り出したアイリは、若干言いづらそうに言葉を続ける。「アルタイルから新しい勇者様が旅立つという噂を聞いたとき、気分が高揚していることに気がつきました。もしかしてお会いできるんじゃないかと。そして、一緒に魔王討伐について行けるのではないかと。初めて噂を聞きつけたときそんな感想を抱いてしまったんです」
どうやら俺が旅立つという話を聞いたときから、冒険に行く気満々だったらしい。そう考えると今回の流れで彼女がついてくるのは、動機としては自然な気がした。
「前も言ったが、冒険なんていいもんじゃないぞ……。昨日の感じから、大変なのはわかっただろう」
ミランダと共に行く恐怖の旅。アイリは身をもって体験したはずだ。俺は、できれば彼女が今回のことで懲りてしまった方がいいと感じていた。魔王討伐などする気はなく、いずれ逃げ出す気でいる俺に付いてきたっていいことは何もない。
だが、彼女は首を振って答える。
「いいえ、さすがは勇者様達だと感じました。徹底された危機管理には驚かされましたが、過去の悲しい勇者様達を思えば当然だとも思いました」
どうやらアイリは、ミランダの恐怖体制を肯定的に受け取っていたらしい。俺なんかは、未だにプレッシャーを全身が巡り、モンスターとの戦闘前に卒倒してしまうんではないかと思うことが度々ある。強い女性だなと思ってしまう。
「でもお父さんはいい顔をしないんじゃないか? 前の勇者は散々酷いことをやって失敗したわけだしな。俺もそんな悪い勇者かもしれないじゃないか」
自己評価としては、過去最低の勇者だと思っている。曲がりなりにも前の勇者は、魔王討伐に向かっているわけだし、世界平和を目的としていたのだろう。だが、それに対して俺ひどいものだ。最初から全てを裏切るつもりで、旅立った振りをしているだけである。心の中を覗かれてしまえば失望されてしまうだろう。
「いいえ、そんなことはありません。だって、勇者様は今だってこうして私の父を救おうと尽力して下さっています」
「まあ、それは……」
一つくらいはいいことをしておきたいという気持ちからきたものだが、当然口には出せない。
「そして私は、勇者様と奇跡的な出会いを果たしました。きっとこれは、神が定めた運命だったんだと思います」
彼女はどうやら、俺という存在に憧れていたようだ。そんな俺に、偶然出会ったわけだから、運命を感じてしまっただろう。
もっとも、俺視点から考えてみると少々微妙な話でもある。ミランダから逃げ出した挙げ句、たまたま転がり込んだ家がアイリの家だったというだけの話である。あの時は本気で死の恐怖を感じていたし、助かりたい一心で一般人の家に入ったのだ。みっともない裏事情は、真面目に感動しているアイリに告げることはできなかった。
彼女の方を向くとキラキラと眼を輝かせ、俺を見ていた。そんな彼女にドギマギする俺。みっともなく目を逸らしてしまう。
どうしても彼女は、俺を高尚な人間だと思いたいようである。『勇者』という肩書きがそうさせるのかもしれない。実際俺と会うと、あからさまに緊張するような村人も存在する。称号は所詮称号でしかないのだが、受け手によっては誇大に見せるらしい。俺としては『勇者』の称号は重荷が過ぎるし、捨ててしまいたいくらいなのだが、『血』である以上それは難しかった。
「人々の憧れの称号か……」
俺がボソッと呟くと、アイリは聞きとれなかったようで「え?」と小首を傾げる。
「いや、なんでもないんだ。でもアイリは怖いとは思わないのか? 冒険は楽しいことよりも危険の方が多い。明日……死んでしまうことだってあるんだぞ」
俺としては現実を突きつけることで、旅の憧れという呪縛から解き放とうと考えての質問だった。だが、彼女の意思は固かった。
「私の母は、魔王三大配下の手にかかり死にました」
「…………」
「父から話を聞かされた時、幼かった私は現実を受け止めることができませんでした。父は嘘を言っているんじゃないかと思ったくらいです。コッソリ夜中に街を抜け出して、母が向かったという地に走ったこともありました。途中で連れ戻されましたが」
淡々と彼女は当時の出来事を語る。痛ましいほどの過去であるが、魔物が多く徘徊する現在では至る所にこのような悲惨な話が存在する。
そして……俺にも……アイリと同じような過去が存在した。
「それで、敵討ちがしたかったということか? だが、相手はグロトネリアだ。そんな危険を冒すとなれば……」
俺が最後まで言う前に、彼女は口を挟む。
「いえ、敵討ちがしたいというわけではないんです。ただ、今のままでは、私と同じような悲しい過去を持つ者が増えてしまうと思いました。誰かが魔王討伐に行かなければ、状況は永遠に好転しません。だからこそ、立ち向かって行く勇者様に憧れを抱いていたんです」
ミランダとは種類は違うが、アイリも随分と真面目な考え方をもつ女性のようだった。
だが、実際の俺は、彼女の中の勇者のイメージとはあまりにかけ離れている。今この場で、全てを告白したい気持ちもあったのだが、ずっと待ち焦がれていた彼女の『勇者』のイメージを壊してしまうことは躊躇われた。
やっぱり早めに俺は逃げ出すべきなのだ。結局のところ、俺がきっぱりと魔王討伐などしたくないと言えないから、世界中の期待を寄せている要因となっている。今回、無事ミンクの丘から生還することができたら、真面目にリタイアを考え、次の勇者に全てを託すべきなのかもしれない。
そんなことを考えていると、アイリは、真剣な眼差しで俺を見つめ、言葉を発する。
「勇者様、私も、魔王討伐への仲間に加えてもらえませんか?」
これまでの話の流れから十分予見できていたことだが、アイリの思いはどうやら本気のようだ。今回だけではなく、今後も付いていきたいと力強く宣言された。きっと彼女は父親だけではなく、世界中の人々を魔の手から救いたいと願っているのだろう。
俺がもし、彼女と同じような志を持って旅をしていたら、現在の一齣はどれほど輝かしいものだっただろうか。
満天の星空の下での決意表明。
運命の出会い。
新たな仲間の予感。
きっと今のシチュエーションは、最高なものであるはずだった。
ミランダはやる気満々で、世界を平和にすることを疑っていない。同様にアイリも自らの危険を顧みず、困っている人々を救おうと考えている。
だが、当の勇者だけが、まったく違う方向を見ていた。俺は魔王討伐など不可能だと考えているし、無謀なことはやらない主義だった。それは、アイリのような真っ白で澄んだ心に触れても、全くブレない信念だった。
彼女のお願いに即答できかねた俺は、先延ばしの回答しかできなかった。
「まあ、そうだな……無事ルーラン草を持って帰ることができた時に、もう一度聞くよ。その時にアイリの意見が変わっていなければ、改めて返事する」
あやふやな言い回しで、即答することを回避した。
本当のところはすぐにでも断ってしまいたかった。俺は魔王討伐に行くつもりもないし、三大配下とも相まみえるつもりはなかった。
途中で離脱するなら、残されたアイリを困らせてしまうだけだ。だったら最初から拒絶しておく方が彼女のためにもなる。だが、純真な思いをぶつけられた俺は、駄目だという言葉を即座に返すことができなかった。今回のミンクの丘への旅で、嫌気がさすかもしれないし、彼女の考えが変わってしまうことを望んだのだ。
「わかりました。無事戻ることができたら、その時に改めて勇者様に申し出ることにします」
彼女は真剣な様子で返答する。俺の先延ばしの回答は、試練だと捉えられてしまったのかもしれない。
彼女は、決して意見が変わることはないという風な雰囲気を漂わせていた。この分だと多少辛いことがあっても彼女の心は揺るぎそうにない。
本音を言えば、アイリのような女性と楽しく旅をしたい願望もあるのだが、俺たちが向かう先には確実な死の淵が待っているだけだ。命を犠牲にしてまで、一時の幸福を求めることなどしたくはなかった。
「勇者さん、そろそろ交代の時間ですから、テントに戻って下さい。後は私一人で見張りしますから」
俺が、リアリスト的な思考を全開に繰り広げていると、アイリに休むように促された。話している内に大分時間が経っていたようだ。
「いや、アイリも休んでないだろう。もう少し見張りやっているから、寝てきていいぞ」
「大丈夫です。さきほど少しは眠れていますから。あれで十分です。勇者様こそしっかり休んでもらわなければ私が困ります」
さあさあといった感じで、彼女は立ち上がり、手をパタパタさせてテントの方を示す。ここでもう一度俺が「いや、アイリのほうこそ」と言っても、堂々巡りになるだけだろう。結局俺は彼女の好意に甘えることにした。
「わかった。じゃあ、任せるよ。ただ、あまり気を張らないようにな」
勇者としては問題発言だったのかもしれない。ミランダに聞かれていたら、また怒られそうな気もしたが、朝まで気を張っていたら次の日支障が出てしまうかもしれない。
「はい。大丈夫です。勇者様こそ、ゆっくり休んで下さいね」
彼女に優しく声をかけられ、俺は「ああ、頼む」と言ってテントに入っていく。
青い三角型のテント。俺は入り口のシートを開け、中へ入っていく。テントの中は狭く、それでも二人が寝る分にはなんとかなる程の広さだった。俺がテントに入った瞬間ミランダが目に入ったが、最初目が開いていた気がした。すぐに目を瞑ったし、暗いからはっきりと見えなかったが、恐らく見間違いではないだろう。
狸寝入りか……。
真面目なミランダの盗み聞きは珍しい気もするが、気になってしまったのだろう。アイリが仲間に加入するかどうかは、俺たちの今後を左右する重大な出来事だ。聞き耳を立てたくなるのは、当然であるといえたのかもしれない。
一応、最悪な事態を警戒して、ヤバい発言はしないように心掛けていたつもりだが、聞かれていたと思うと途端に悪寒が走った。ただ、今回はミランダも黙って聞いていたという後ろめたさがあるだろうから、細かい駄目出しはしてこないかもしれない。
俺は自分の寝袋を被り、横になる。
色々と考えることがあったが、疲労していたのだと思う。目を瞑るとすぐに眠りへと誘われてしまった。




