キャンプと沈黙
いつの間にか夜は更け、上空には敷き詰められたかのように、数多くの星が瞬いていた。平原にポツンと置かれたテントは、自然いっぱいのこの場所には不釣り合いな様相を醸し出していた。あちこちから聞こえてくる虫の鳴き声や、遠方から聞こえてくる不気味な魔物らしき鳴き声は、まるで我々がこの場にいることを歓迎していないかのようだった。
俺はテントの外で独り、星空をボンヤリと眺めながら、くつろいでいる。本当は警戒していなければならない時間ではあるのだが、俺の眼は満天の星空に固定されていた。
魔物がいつ襲ってくるかわからないということで、俺たちは交代でテントの外を見張るということになっていた。魔除け(モンスターを寄りつかなくさせるアイテム)を使用しているために油断しているというのもあったが、昼間に緊張しっぱなしで歩いてきたため、疲れていたのだ。
ちなみにテントの中では、現在、アイリとミランダが睡眠を取っていた。俺の次がアイリで、彼女が独りで見張りをすることになっている。
元々はミンクの丘へ行くというのは、俺とミランダの二人だけで行く予定だった。だから、最初はミランダと俺の二人交代をしようということになっていたのだが、アイリが断固拒否した。
慣れない旅で疲れもあるだろうと、気遣ってのことだったが、自分も交代で見張りをすると言って聞かなかったのだ。顔に似合わず、随分と強情な性格のようだ。結局俺たちが折れ、三人で交代をするという流れになった。
そういうわけで、ミランダ→俺→アイリという順番でテントの外へ出て見張ることにし、残り二人は身体を休めることになった。
俺は慣れないテントでの就寝で、さらに隣にアイリがいるという状況だったため、もしかしたら眠ることができないかと思った。しかし、杞憂に終わる。寝袋に入り、目を瞑るとまたたく間に、深い眠りに入ることができた。おそらく相当疲労が溜まっていたのだろう。平原での徒歩というよりも、今朝のミランダからの逃走で、精神を削られてしまっていたためだ。
気がつくと三時間経っており、交代の時間となった。そこでテントに入ってきたミランダに声をかけられる。「勇者、交代よ。魔除けを使っているとはいえ、決して油断しないで。この三時間何も起こらなかったけれど、あなたが見張っている時に魔物が襲ってこないとは限らない。頼むわよ」そんな言葉で起こされた。
寝起きにミランダがいるという事実だけで疲れてしまうのに、こんなことまで言われてしまって、俺は三時間分の睡眠分が一気に吹っ飛んだ気分にさせられた。
彼女としては、見張りという仕事は重要なものだと考えているようだ。確かに、見張り役が油断していれば全滅してしまう恐れもでてくるため、彼女の言い分もわからないでもない。しかし、視野が広いこの場所で不意を突かれる可能性は低いし、物音がすればすぐに気がつく。また、調べた限り、この辺りに夜行性の危険な魔物は存在しなかった。
そういうわけで、俺は現在一人で、テントから少し離れた位置に座り、緊張感もなく星を眺めている。
広大な宙を見つめていると、自分はなんてちっぽけな人間なのだろうと、ありきたりな感想を抱いてしまった。思えばここまでの旅で、一人で落ち着ける時間はなかったように思う。
寝ているとき以外は、常にミランダが傍におり、何か間違いを起こせば即座に叱責が飛んでくる苦しい時間が続いた。今ぐらい何も考えず、壮美な星達を眺める時間があってもいいのではないか。そう思っていたのだが、突然テントから出てくる布のすれる物音が聞こえてきた。
————ミランダか⁉
俺は反射的に姿勢を正し、周囲を警戒する振りをした。大袈裟に彼方此方視線を巡らせる。だが、背後からかけられた優しい声は、ミランダの声ではなかった。
「勇者さん」
背後を振り向く。そこにはアイリが立っていた。俺は緊張が解け、ホッとする。彼女に言葉を返した。
「アイリか……どうした? まだ交代の時間ではないだろう」
俺の次の見張りは確かにアイリになっている。だが、交代時間まではまだ一時間以上もあるはずだった。時間を間違えたのではないかと一瞬思ったが、どうやら違うようだ。
「なんだか眠れなくて」
彼女はそう言い、俺の横にちょこんと座る。アイリの横顔を見ると、はっきりと覚醒した様子があった。あまり眠れていないのかもしれない。今は大丈夫かもしれないが、後々響いてくる可能性がある。俺は心配から再度戻るように促した。
「そうか、でも少しでも眠った方がいいよ。朝になれば、すぐにミンクの丘へ向かうようになる。昨日より、多分過酷になると思うからな」
ミンクの丘にはブラックヒドラがいるかもしれない。また、グラリア王国周辺に比べ、強い魔物がうろついている可能性も高い。だが、彼女は首を振る。
「大丈夫です。あ……そういえばこれ、勇者さんのズボンです」
彼女はそう言って、俺にズボンを差し出してきた。見ると尻の部分が縫われており、穴が塞がれていた。レッドオオバリバチとの戦闘で負った箇所(といってもミランダの炎魔法が原因だが)を直してくれていたらしい。
「ああ、ありがとう」
俺はすっかりパンイチであることを忘れていた。いや、上は着ているが。
貰ったズボンを立ち上がり、履いてみる。アイリは気を使って顔を背ける。履き終わって後ろを見ると、縫われた後はあるが、スースーする感じは全くなくなった。これでミンクの丘へ向かう際に、羞恥心というストレスから解放されることとなるだろう。
「すまないな、こんなことまでしてもらって。助かったよ」
俺は座り直して、アイリに改めてお礼を言った。
「いえ、少しでもお役に立てて良かったです」
彼女は微笑みながら言葉を返してくれる。
だが、アイリはテントに戻る様子を見せなかった。まだ出会って間もないが、彼女の意固地な性格はよくわかっていたつもりである。俺が再び戻ってくれと言っても、彼女は聞いてくれないだろう。俺は結局、彼女が横にいることを認めてしまう格好になった。
アイリは遠く方に視線を向けている。その眼はキラキラと輝いており、期待に胸を膨らませているといった感じを受けた。恐怖心など微塵も感じていない様子は、彼女の芯の強さを感じさせてくれた。アイリの父親が冒険好きと評していたが、実際その通りなのだろう。
「アイリは、父親について素材取りの手伝いとかしたことはなかったのか?」
ふと疑問に感じたため、彼女に質問してみる。
「ええ、何度かはありますけど、ほとんどがグラリア王国周辺です。あまり遠くへは危険だと言って連れて行ってはもらえませんでした」
「そうか……」
恐らくは、彼女としては彼方此方付いて行きたかったのだろう。
だが、素材屋は危険な場所にも行かなければいけない職業だ。突然魔物に出くわすこともあるし、高所などでは転落することや、天候災害などに見舞われる恐れもある。娘を気にしながらの仕事は、どうしても効率が落ちてしまう。
アイリ自身も邪魔はしたくなかっただろうし、母親の件もあり自制したのかもしれない。
その後しばし沈黙が続いてしまう。
何か気のいい台詞や、楽しい話題を口にしたいところだったが、俺本来のコミュ障が弊害となり会話は止まってしまう。
何一つ言葉がでてこなかった。
そもそも俺は、異性とあんまり会話したことないのだ。ミランダはアレだし、幼い頃は勇者ということで、あまり人が近づいてくることはなかった。
出会った人々は皆、どこか俺たちとは若干の距離感を保っているような感じが覗えた。うっかり仲良くなってしまい、魔王討伐に行くというのが嫌だったのかもしれない。冒険に行くことになれば、ミランダの秩序ある統制に従わなければならず、地獄が待っているのは目に見えている。
あるいは、俺自身の近寄りがたい性格に起因していたのかもしれない。気の利いた言葉を返すことが苦手な俺は、他人と仲良くなることが苦手だった。いずれにしても、アルタイルでの十六年間は、あまり親しい友人ができることはなかった。
お互い黙った状態で、遠い宙に向けて視線を巡らせている。
そんな中、アイリが沈黙を破った。




