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勇者、尻に攻撃を受けてしまう

 先頭にいたハチが俺の剣の間合いまで近づいた。俺は、長剣を力いっぱい振るった。縦に真一文字に振り下ろす。


 ……が、ギリギリ回避されてしまった。逃げたハチは旋回し、一旦俺から距離を取る。


「……やっぱり、少し重いな」


 今まで持っていた銅の剣に比べ、二倍以上の重さがある。そのため振りが僅かに遅れるようだ。完全に身体に馴染むまでは、多少時間がかかるかもしれない。


 だが、俺は、長い木刀で剣の稽古をやっていたこともあったため、距離感自体はすぐに掴めそうな感じがした。いつか来るべく日に備え、念のために訓練しておいて良かった。こんなに早い段階で手に入るとは思ってもみなかったのだが。


 次々と向かってくる蜂の群れ。

 今度は近くに飛んできた蜂に向かって、剣を横に薙ぎ払う。

 すると、今度は狙っていたのとは別の蜂にヒットした。剣の先端が当たったようで、当たった蜂は一発で絶命する。


 ——いける!


 時間は必要かもしれないが、全く使えないというわけではない。

 続いてやってくる蜂を回避しながら、俺は剣を振るっていく。一匹、二匹と、順調に打ち落とすことに成功していった。動きがそれほど素早いわけではないレッドオオバリバチ相手なら、不慣れの剣でも戦えるようだ。それでも数が数だ。一人では、全てを回避するのは厳しそうだった。背後から声が飛んでくる。


「勇者さん、後ろ!」


 アイリの声に反応し、背後を振り向くと二匹の蜂が襲ってきていた。俺はそれを前転によって回避する。すると、すかさず、蜂の大群が俺に襲いかかってきた。

 回避不能の数。しかし、ここで後方からの援護が入った。


「大いになる星々に宿りし神よ。正義を振りかざし栄光の女神よ。奇跡の力を齎し、我らに炎の力を与えたまえ。ムルタ・フランマ!」


 ミランダが詠唱を唱えると、俺の目前に炎玉が無数に飛んでいった。固まっていた蜂の群れは、横から飛んできた炎に次々と当たり、地面に打ち落とされていく。

 集まっていたため、大半は今の炎に直撃したようだ。打ち落とされた蜂は、地面で燃えながら悶えている。


 少し離れて飛んでいた蜂は、ミランダの炎魔法を免れたようだった。あと、二匹……といったところか。俺は剣を強く握り、そいつらに備え、剣を構えた。


 残ったレッドオオバリバチが襲ってくる。

 一閃入れ、二閃入れる。あっさり回避されて旋回する蜂。


 やや振り遅れているのが自分でもわかる。頭でイメージするより素早く動かせていないのだ。


 俺はかつての稽古を思い出す。アルタイルにいる時に、長い木刀で藁人形に向かって打ち込んでいた過去のことだ。俺はその藁人形に敵の顔を思い浮かべながら、斬り込んで練習をしていた。ちなみに敵の顔とは、魔王ではなく、うちの偉そうな王のことだ。


 その時と同じように憎き敵と思い、向かってくるレッドオオバリバチを仕留められるよう集中する。深呼吸をし、五感を研ぎ澄ます。そうして王の顔を思い出す。

 勇者として旅立つことが決まっていた俺は、たまに王の謁見が義務づけられていた。その度に奴は玉座にふんぞり返って言うのだ。


「勇者よ。お主は、魔王を討伐することを使命として生まれたのだ。そのために、今はしっかりと準備を整え、強靱な身体作りに励むが良い。また勇者という者は、民から強い期待をされていることを忘れぬようにして欲しい。一人ではなく、皆の思いを背負っているということは、それだけ多くの命を抱えているということだ。では勇者よ、いずれ旅立つ日が来るまでに、しっかりと訓練に励むが良い」


 俺は一言も行くとは言ってないにも関わらず、奴は勝手に愚説を垂れるのだ。王の言っていることは言わば自己犠牲の最たるものだ。要約すると、青春の全てを捨てて、危険な目に合ってこいということだ。深く物事を考察しない上の立場のせいで、結局困ってしまうのは、命令を受けた側である。ましてや王は城から出ることもなく、安全な場所で吞気に生きているだけだった。


 そんなことを思い出していると、俺の集中力はさらに増していくかのようだった。

 集中すると蜂の羽音がよく聞こえてくるようだった。二匹の居場所が見ずともよくわかる。


 レッドオオバリバチが近づいてくる。俺はタイミングを見計らい、剣を縦に一閃振るう。確かな感触。向かってきていた蜂は真っ二つになって地面に落ちていく。


 俺は、返す刀で、右斜めを飛んでいた別のもう一匹に剣を振った。剣先が腹部に触れ、切り裂く。死骸となって地面へと落ちていった。一瞬にして二匹のレッドオオバリバチを始末することに成功した。


「ふぅ……」


 俺はため息一つつくと、ツーハンデットソードを背中にある鞘にしまった。


「勇者!」「勇者さん!」


 二人が駆け寄ってくる。


「さすがです勇者さん。最後の攻撃凄かったですね」


 アイリは早速称賛してくれた。いいところを見せられたようで俺は安心する。


「いや、まだまだだよ」


 照れくささから、思わず格好をつけてしまった。というより、最後の攻撃は鬱憤を晴らしたいだけだったため、あまり褒められたようなものでもない。


「勇者の剣は、アルタイルでもよく褒められていたのよ」


 珍しくミランダまでもが、良かったと言ってくれる。


「いや、そんなことは……。ミランダの魔法も助かった。ありがとな」


 一応、幼い頃から剣を振るってきたため、それなりには見えるらしい。


「それじゃ、行くか」


 俺は地面に置いた大きな荷物を拾いに行こうと、投げ捨てた場所まで戻っていく。すると、背後からミランダの驚きの声が上がった。


「勇者、後ろ!」


 その声に反応して、俺が後ろに顔を向けると、一匹のレッドオオバリバチが俺を目がけて飛んできていた。


 仕留めそこなった奴か……!


 後ろを向いたまま、俺は背中にあるツーハンデットソードに手をかける。まだ若干距離があいており、これならなんとか攻撃が間に合うはずだ。

 だが、何を焦ったのか、ミランダが高速で詠唱を唱え始めた。


「ま、まて……ミランダ!」


 俺の叫び声も空しく、ミランダの掲げた杖からは、炎の球がレッドオオバリバチ目がけて飛んでいく。レッドオオバリバチは俺の尻目がけて飛んできているわけで、必然的に炎の玉は俺の尻に目がけて飛んでくることになった。


 ミランダが放った炎の球は、まずレッドオオバリバチに直撃し、その後俺の尻に直撃した。


「あぢぃっ‼」


 俺は尻に痛みを感じ、悲痛の声を上げて、飛び跳ねる。


 尻に炎が着火したようで、熱さからその場を走り回ってしまう。走りながら急いで着火した炎をバタバタと手で叩き、素早く消し去る。無事消え去った俺は、そのままその場に倒れてしまった。後ろを見ると、燃えかすとなった蜂の残骸が空しく地面に転がっている。ふと俺は、前日に同じように亡くなったコウモリを思い出した。


「勇者さん! 大丈夫ですか⁉」


 アイリが心配そうに駆け寄ってくる。俺は、地面に伏したままで尻を押さえている。触ってみると地肌が手に触れた。どうやらズボンに穴が開いてしまったようだ。


「勇者、刺されていない?」


 同時にミランダも近づいて来て、声をかけられる。


「ああ、刺されてはいない」


 俺は立ち上がり、若干身構えながら言った。刺されてはいないが、火傷はしているようだ。尻がヒリヒリとして痛みを発している。


「良かった。間に合ったようね。危なかったわ」


 魔物に刺されていないとわかると安堵した様子のミランダ。自身が放った魔法についての謝罪は一切ない。


「勇者さん、傷口を見せて下さい」


 対照的に、アイリは俺の心配をしてくれていた。それはありがたいのだが、若干躊躇してしまう。傷口は尻であり、俺のズボンは穴が空いているのは確実なのだ。

 アイリは構わず俺の背後に回りこみ、傷口を眺める。


「火傷していますね。今治癒魔法を使いますから、お待ちください」


 アイリはそう言って、杖を俺の尻に向けた。俺は恥ずかしくて赤面してしまう。初めての治癒魔法が、こんなことに使われるのは正直情けないし、申し訳なかった。


 アイリが短い詠唱を行うと、杖先に光が灯り、俺の尻に温かみを感じ始めた。柔らかく心地の良い感触が体中に巡るかのようだ。


 だが、客観的にこの状況を見ると、彼女は俺の尻に杖を向けている状況だ。遠目から見ると、細長い棒が尻から伸びていて、変なことでもしているのかと勘違いされるのではないかと思って嫌だった。


 幸いというべきか、唯一この周辺にいるミランダは少し離れた位置で、周囲を警戒している。こちらを気にしている様子はなかった。


「終わりましたよ。勇者さん」


 尻から杖を離し、アイリは優しげな口調でそう言う。俺は複雑な思いから「ああ、ありがとう」とそっけなく返すことしかできなかった。


「怪我の方は大丈夫ですけれど、ズボンの方は穴が空いています。余裕があったら縫ってあげたいのですが」


「いや、後でいいさ」


 強がってみたものの、尻がスースーしていて落ち着かない。しかし、レッドオオバリバチが出たこの場で、あまり長い時間留まっているのは危険が伴う。まだ他にも仲間の蜂がいるかもしれないのだ。


 俺はミランダにも声をかけ、一先ず、先を急ぐように促す。

 地面に投げ捨てたデカい荷物を拾い、三人で再び広野を歩いていく。俺が先頭で、次いでミランダ、最後尾がアイリだ。


 全員で周囲に気を配り、緊張した趣で魔物はいないかギョロギョロと目ざとく警戒しながら再び歩いていく。再び和やかな空気とは正反対の、緊迫した雰囲気が流れる。


 こんな状況だが、俺は穴のあいたズボンが気になってしまっていた。ミランダにしても、アイリにしても、突っ込むような性格ではないが、逆にそれが、今の俺にはキツかった。いっそのこと笑い話にでもしてくれた方がまだマシだ。


 俺は先頭を歩いており、後ろ二人は、穴の空いたズボンがチラチラと目に入っているはずなのだ。しかし、後方を歩くミランダの表情は真剣そのもので、とてもおちゃらけた空気にはなりそうもない。


 そんな状態で会話もなくしばらく平原を歩いていった。小さな魔物との戦闘がありつつも、無難にミンクの丘へ向かって歩を進めていく。

 やがて、陽が沈み、俺たちは安全そうな場所を見つける。そこでテントを張り休憩を取ることになった。

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